第７話
お泊まりデート最高のキス！？
純情オトコ心で破局の大ピンチ
村沖） えっ、家に泊まらせておいて
何もしなかったんですか？
零治） それはどういう意味だ？
村沖） キスの一つもすれば
よかったじゃないですか。
零治） 彼女に泊まって行けと誘ったことを、
もっと評価してもいいんじゃないのか？
帰ろうとしたのを、引き止めたんだぞ。
村沖） 泊めといて何もしないのであれば
止めないほうがよかったと思います。
零治） はっ、そこまで言うか。
村沖） 勇気を出して社長の家に泊まった
彼女がかわいそうですよ。
零治） じゃあみささんは、キスされる覚悟は、
あったというのか？
村沖） 当然です。そうじゃなければ
社長の家には上がりません。
零治） キスを覚悟してる顔には
見えなかったけどな。
村沖） もしかして社長は興味ないんですか？
零治） キスに興味ない男が
この世にいると思うか？
村沖） まさか…ご経験がないということでも
ありませんよね？
零治） バカにするのもいい加減にしろ。
キスといったら…鮫島零治だ。
何だ、その沈黙は。
村沖） これまでどうされてたんですか？
零治） そんなもん、
向こうから勝手にしてくるもんだ。
村沖） それは社長の財産目当ての
女性たちですよね。
零治） もう何年も前の話だ。よく覚えてない。
村沖） 社長。ホントに自分から一度も
キスしたことないんですか？
零治） 俺の記憶にない。
村沖） じゃあ、ないですよ。
零治） そうだよ。ないよ！
何度も確認しなくたって分かってるよ。
村沖） じゃあ、今回はご自分からキスして
みましょうよ。せっかく大好きな方と
お付き合いされてるんですから。
零治） ごちゃごちゃうるさいな！
そんな言われなくたって
いずれするに決まってんだろ。
村沖） 先ほどこのような記事を見つけました。
零治） ん？ 「20代の女の子が憧れる、
初めて彼氏とキスする場所BEST３」？
３位、彼氏の家。２位、夕方の砂浜。
１位、夜景が見える、観覧車…。
やはり、３位の「彼氏の家」じゃ、
みささんに失礼だ。
村沖） そんなことはないと思いますが。
零治） それは違う。
仕事も恋愛も目指すのは１位だ。
みささんに、歴代１位のキスを
プレゼントすることが、鮫島零治の、
役目だと思わないか？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
零治） 「好き」の２文字にも、散々苦しめら
れたが、まさか、「キス」の２文字にも、
こんなに苦しめられるとはな…。
村沖） 社長。
零治） あぁ…。
村沖） 例え話だと思って聞いて頂きたいので
すが…。もし私が、ホテル業界で競合し
ている会社にお勤めの方を好きになっ
たと言ったら、社長は当然反対されます
よね？
零治） 和田だろう？ 何にも俺が気付いてない
とでも、思ったか？
村沖） お気付きだったんですね…。
零治） えっ、マジか？
ホントに和田が好きなのか？
村沖） 今、気付いてたとおっしゃった
じゃないですか。
零治） 当てずっぽうで言ってみただけだ。
それがホントに当たってるとは。
村沖） 今の話はなかった事にして下さい。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
零治） さっきの、和田の話だが…。
別にいいんじゃないか？
俺は全く気にしない。
村沖） どうしてですか？
零治） お前の相手が、和田だろうがニシキヘ
ビだろうが、俺の知ったことか。プライベ
ートにまで口出しする気はない。それに、
少なくとも、お前がどんな女かってことは、
長年の付き合いで、分かってるつもりだ。
なぁ、石神。
石神） ええ、もちろんです。
村沖） それはどういう意味でしょうか？
零治） 鮫島旅館を辞めるはめになったのも、
妻子ある男に手を出したからだろう？
お前は、危険な男に燃えてしまう女だ。
だから俺が最も敵視している、和田に
惹かれてしまうのも、自然といえば自
然。お前もそろそろ、相手を見つけなき
ゃいけない時期だろう。えり好みしてい
る時間はないんだし、残り者同志、ちょ
うどいいじゃないか。
村沖） ありがとうございます。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
零治） 俺はな、石神。本当に好きな人と、キス
したらどんだけ幸せだろうかと思ってたよ。
石神） はい。
零治） でも違うんだな。本当に好きな人とは、
キスなんかしなくてもいいと思うんだよ。
だってみささんと一緒にいるだけで、
十分、満足なんだ。隣で寝ててくれる
だけで、十分幸せなんだよ。
石神） はい。分かります。
零治） でも、村沖に説教されたよ、家に泊めと
いて、キスしないのは、可哀想だって。し
かも俺は、２回続けて、何もできなかった。
石神） 社長のお気持ち、痛いほど分かります。
好きな相手であればあるほど、性的な
感情が湧いてこない人間の神秘。
零治） 男って、不思議な生き物だよな。
石神） ただこのまま何もしないという
わけにはいきません。
零治） やっぱ、そうか。
石神） はい。人類が誕生して以来、互いの
愛を確認する行為として、受け継が
れてきた儀式ですから。
零治） お前だったらこの状況でどうする？
石神） え？
零治） いや、俺がここにいて、みささんが、
お前のその布団で寝てるとしたら。
石神） 私もこの手の事に関しては、苦手で。
零治） 聞くだけ無駄か…。
石神） 私がもし社長の立場でしたら、いっそ
のこと、ベッドの脚でも折れて、転がり
落ちてくれればなぁなんて思っちゃい
ますね。ハハハ…。こんな事しか言え
ないから、私もこの年まで独身だった
んですね。お恥ずかしい。
零治） それだ。
石神） え？
零治） いや…それしかないぞ。
石神） いや、社長、落ち着いて下さい。
零治） いいか。大の男２人が、こんだけ悩
んでもいい解決方法を思い付かない。
しかも俺に、自分から行く勇気はない
んだぞ。
石神） 開き直るのが早すぎませんか？
零治） じゃあこのまま、キスすらできずに
もんもんと過ごすのと、事故に見せ
かけてでもいいから一度キスしてし
まうのとでは、どっちが健全だ？
石神） その二択でしたら、後者でしょうか。
零治） だろ？
石神） いや、しかしそんなうまく
いくでしょうか？
零治） 試しにやってみようじゃないか。まぁ、
トライしないでガタガタ言ってても何も
始まんないぞ。明日の夜から、合宿だ。
石神） 分かりました。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
美咲） 今のは、何ごとですか？
零治） いや…俺も何が起きたか、分からない。
美咲） 私のこと、嫌いなんですか？
零治） 嫌いなわけないだろ。
美咲） じゃあ、どうして逃げたんですか？
零治） これか？
これは逃げるための装置じゃないぞ。
美咲） じゃあ、何なんですか？
零治） いや…俺も何のヒモか分からず
引っ張ったらこのありさまだ。あっ！
石神だ！ これは、あいつがこういう、
ドッキリを俺に仕掛けては、楽しむよ
うなヤツなんだ！
美咲） ウソつき！
どうしてウソをつくんですか？
零治） いや…これは…。みささんに、喜んで
もらうために作った、サプライズベッドだ。
美咲） 私、何か誤解してたかもしれないです。
零治） そうだ。これはまさに誤解だ。
美咲） 社長は仕事ができて、大人の余裕が
あって、時に厳しいけど、お茶目な人。
そういう印象だったんです。
零治） おぉ…そうだ。そんなに間違ってない
じゃないか。それより、プライベートで、
「社長」と呼ぶのはやめるという約束じ
ゃないか。
美咲） いい年して何してるんですか？ ベッド
に細工する前にもっとやることがあるん
じゃないですか？ 意気地なし！ こんな
に意気地のない男の人は初めてです！
零治） 俺も…
こんなに気の強い女は初めてだ！
そういうところだよ。まさにそういうとこ
ろに問題があったんじゃないのか！？
美咲） どんな問題でしょうか？
はっきり言って下さい。
零治） 結局、俺がキスしなかったのは、俺に、
キスしたいと思わせられなかった、そち
らにも問題の一端はあるんじゃないの
かと言ってるんだ！ 俺が一方的に悪い
のか？ それはどうだか！
美咲） こんなに器の小さい人だったとは。
零治） 何？
美咲） この期に及んでキスできなかったのを
こっちのせいにするんですか！？
零治） 全部君が悪いとは言ってない！ 悪い
のはお互いさまだと言ってるんだよ！
美咲） その、発言が小さいって言ってるんです
よ！ 私今あきれてます。自分が、こんな
にも人を見る目がなかったとは。社長の
こと、一瞬でも器の大きい人だと思ってし
まった自分をぶん殴ってやりたいです。
ただ意気地がないだけで何もしてこなか
ったのを、大人の余裕と勘違いした自分
をぶん殴ってやりたいです！
零治） ク…。クビだ！！
お前は、たった今、クビだ！！
美咲） そうですか。
短い間でしたがお世話になりました。
零治） あっ！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
村沖） やっぱり…和田さんとは
お付き合いできません。
和田） どうして？
今更それはないんじゃないの？
村沖） 私やっぱり、鮫島のことを
裏切ることはできません。
和田） だって、彼は「いい」って
言ってくれたんだろ？
村沖） 無理してたと思います。ホントは快く
「行って来い」なんて言える人じゃない
んです。申し訳ございません。
和田） どうして君ほどの女が、
あいつをそこまで気にするんだ？
あいつにそんなに価値があるのか？
村沖） ええ。もちろんです。
和田） どこだ？ 言ってみてくれないか？
村沖） 言葉にしても伝わりません。鮫島の
いいところは人からは理解されにくい
んです。もし私が和田さんの元に行
ってしまったら、鮫島を…零治さんを
守る味方が誰もいなくなってしまいま
す。ですから私がそばにいなくてはな
りません。それは８年前に拾って頂い
た時から心に決めていたことです。
和田） 鮫島君の事、そんなに…好きなの？
村沖） ええ。好きです。大好きです。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
本当に好きな人とは、
キスなんかしなくてもいいと思うんだよ。
だってみささんと一緒にいるだけで、
キスなんかしなくてもいいと思うんだよ。
だってみささんと一緒にいるだけで、
十分、満足なんだ。
隣で寝ててくれるだけで、
十分幸せなんだよ。
相手から仕掛けられるばかりで、自分からキス隣で寝ててくれるだけで、
十分幸せなんだよ。
したことがない男。つまりは、本当に好きになっ
た人とキスした事がない。気持ちの上ではまる
で童貞…。男の人は、好き過ぎて、逆に何もで
きなくなる人もいるとは聞くけれど…。おかしい
やらバカバカしいやらｗ まるで初恋…いや、ま
さに初恋。しかも小中学生レベルの初恋のよう。
分かるんだけどね。好きな人と、一緒にいるだ
けで幸せだって気持ち。最初はみんなそうだし。
傍から見ている分には面白いし可愛いけれど。
美咲の身になれば、相手はかなり年上の、しか
も社長。少年の心を持った大人かと思いきや…
恋愛関係は本当に少年どころかガキだった…。
器の大きさ以前の問題で、そりゃがっかりぽん
してしまうよ。意気地がなさすぎて、呆れちゃう。
変な小細工した揚げ句に、社長モードでクビを
言い渡してくるなんてサイテー！ となるわなぁ。
早い段階で２人の関係が進展したので、これか
らまだまだ、何かあるとは思っていたけれど…。
零治の心のママ代わりに見えた村沖が、どう絡
んでくるかが見どころ？ 楽になれる好きと、心
がかき乱される好きと、好きにもいろいろあるか
らね～。地道にコツコツ積み上げて来た好意の
貯金がなくなり、マイナススタートからの恋模様。
どんなどんでん返しを見せてくれるか楽しみ～。
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