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Kierkegaard

その前の話 (1)

『降り積もる』

窓から空を見上げる、雨空が広がっている、下を見ると、傘がくるくる回っている。

くるくると。

***

毎日届けられる紫の薔薇、マヤは、その花びらに唇を寄せ、口づける。

甘い香りが、胸に甘い痺れを引き起こす。

あの人への想い、あの人からの想い、薔薇は、その象徴。

「痛(ツ)」

マヤの指先に薔薇の棘が刺さり、赤い血の雫がポタリと落ちた。

一枚の花弁が下に落ちた。

***

鷹宮邸の紫織の居室には、大量の薔薇が飾られていた。

「わたくしは、薔薇がきらい」

そうやって花びらを指でむしっていたのだが、一日で飽いた。

花には、罪はないのだが、否定されたことが、ショックで、何かに八つ当たりしたかったのかもしれない。

紫織は、両手の指が、薔薇の棘でところどころ血で滲んでいるのを見つめた。

静かに目を閉じる、ぽっかりとした空洞が胸の中にあるようだ。

紫織は、ベッドから降り、上着を羽織って、庭に出た。

先ほどまで雨が降っていたせいで、芝生が青々している。

祖父が大切にしている庭には、水が引き込まれており、築山と川が調和し、見事だ。

「価値観が違っていたのね、わたくしたちは」

初めてお会いした時から、美しさ、そして垣間見られる、優しさに惹かれていた。

「わたくしは、あの時からあなただけを見つめておりましたの。だから、いまは、まだ・・・」

紫織は、ギュッと手を握りしめた。

「お、お嬢様、安静になさらないと」

「ばあや、ごめんなさい」

愚かだったと、自分のなしたことで、心を痛めた人に謝らないと。

「ですが、あなたを、わたくしは、赦しませんは、・・・今は・・・」

紫織は、雨が上がった空を見上げた、台風が去ったのだろう、空は美しかった。

***

窓から外を見やると、雨が上がっていた。

「わしの命令か・・・」

窓に己の顔と義父の顔が映る。

あの暗い海の底から、ずっと己の中にある昏い感情、もう少しというところで、思わぬ事態になってしまった。

降り積もった澱、ドンッ、バシッ、真澄は、窓を叩いた。

「俺は、決めたんだ」

真澄は唇が、何か柔らかいものに触れたような気がした。

それは、何時か触れた時と同じだった。

「マヤ、君か?もう少しだけ、待っていてくれ」

真澄は、受話器をとると、内線を押した。

「水城君か、俺の予定は、どうなっている」

「会議がいくつか入っておりますが、何か急用でも?」

「鷹宮邸へ行く」

「1時間くらいなら、調整できますわ、薔薇を投げつけられに行きますの?」

「八つ当たりでも、何でもいい、あのひとが元気になれば」

真澄は、上着を羽織ると、社長室を後にした。

つづく その3