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2012-02-05

Mountain Man / Made The Harbor

Theme: US Rock&Folk
AFTER THE GOLD RUSH-Mountain Man / Made The Harbor素のままの無防備な歌声。歌いたい、伝えたいという原初的な欲求が溢れ出る。アメリカ・ヴァーモント州の3人の少女が重ねる素朴なハーモニーは、切なく、可憐であるが、反面、丸裸で剥き出しであるがゆえに、過激であり、エキセントリックですらある。

波しぶき立つ海のジャケットに「山男」というグループ名もまた奇妙だ。ぼくは、このようなバランスが悪く、どこか片輪な音楽に惹かれてしまう。物凄く美しいとさえ感じてしまう。それは、ぼくがアブノーマルで歪んだ歌声フェチであるからではなく、健全に見えるものほど実は醜く屈折しているという世の摂理に沿った、しごく保守的な音楽観にすぎない。

ケルト系移民の英国トラッド/フォークと、黒人奴隷のアフリカ音楽が融合してマウンテン・ミュージックが誕生したことを、フリート・フォクシーズ同様、彼女たちの音楽もまた雄弁に主張しているようだ。アメリカの20代の若者たちが、自らの音楽的ルーツを本能的に熟知しているという事実は羨ましくもある。音楽が時代と国境の垣根を越え、さらには著作権の壁をも超え、リスナーとフリーな関係性を持つようになったネット時代の功績だろう。


Mountain Man - Animal Tracks
2012-01-21

Fleet Foxesの優しい夜

Theme: US Rock&Folk

AFTER THE GOLD RUSH-Fleet Foxes@STUDIO COAST 真冬の東京、新木場で、素晴らしい音楽を聴くことができた。フリート・フォクシーズ来日公演。シアトルからやってきた6人の若者たちは、アパラチア山脈の土を耕す農夫のように、朴訥として、飾り気が無く、しかし、一方で、ほとばしる炭酸のような清涼感に満ちた演奏でぼくらを魅了した。


ステージは、組曲風のドラマチックな展開を見せる「The Plains/ Bitter Dancer」で幕を開けた。宗教音楽のように荘厳で、モノトーンな陰鬱さに支配された楽曲が、終盤、躍動的なドラムのビートが打ち鳴らされると、総天然色の眩い音像へと一転する。何層にも重なった分厚いコーラスが、パーっと明るくカラフルな色彩を発散する。髭面の男達が繰り出すそれは、極上の絹織物の如く、滑らかに艶やかな感触で、完璧なまでに美しい。


その美しさは、中盤に演奏された「White Winter Hymnal」で頂点に達した。奇妙に捩れつつも崇高な気品に溢れたコーラスが音の壁を作り、それは、耳孔から一直線に大脳の快楽中枢を刺激し、一瞬にしてぼくを「ハイ」にした。東京に初雪が降ったその夜に、かくも美しい“冬の讃美歌”に出会えた幸運を、つくづく神に感謝しなければならない。


ロビン・ペックノールドのヴォーカルの素晴らしさにも触れないわけにはいかない。グレアム・ナッシュ、アラン・ハル、ジェリー・ラファティらをブレンドしたかのような英国的で暖かな歌声から紡ぎだされるストーリーは、ロビンの声だからこそ、かほど説得力を持ち、深く心に沁みいるのだろう。アンコールに応え、ギター1本、時に手拍子をバックにアカペラで歌った「Oliver James」の天使の声の佇まい、それはまるで聖歌隊のソロイストのようであった。


ライブを観ていくつか分かったことがあった。以下、箇条書きで。
◆フリート・フォクシーズのハーモニーの基本は、ロビン・ペックノールド、クリスティアン・ワーゴ(b)、ジョシュ・ティルマン(ds)の三声コーラスであること(曲によっては、キーボードのケイシー・ウェスコットも加わっての四声コーラスとなる)。
◆ロビンが、意外なくらいギターが達者であること。変則チューニングを駆使した神秘的なフレージングはマウンテン・ミュージックのようであり、端正なスリーフィンガーは年季の入ったフォークシンガーのようであり、さらに、鋭いエッジの効いたカッティングはロックそのものだ。ぼくは「Montezuma」と「Blue Spotted Tail」における、ロビンの美しいスリーフィンガー弾き語りにすっかり参ってしまった。
◆モーガン・ヘンダーソンのマルチ・インストゥルメンタリストぶり。アップライトベース、アコースティックギター、マンドリン、フルート、タンバリン、マラカス、サクソフォン・・・と、曲が変わる度、いや、曲中でも楽器を取っ替え引っ替え演奏。何故ベーシストが2名も在籍しているのか昨年来の疑問だったのだが、そういうことだったのか――。

AFTER THE GOLD RUSH-Fleet Foxes@STUDIO COAST

本公演を最後にバンドから脱退するジョシュ・ティルマンにも会場から大きな歓声が湧いた。終演後、何かを託すかのように、ファンにシンバルをプレゼントする姿には胸が熱くなった。リズムとコーラスの要である彼が抜けた穴は大きい。もしかすると、ぼくらは、バンドが大きな転機を迎えたその瞬間を目撃したのかもしれない。


ぼくは、少しだけ酒を飲み、そして、ひそかに泣いた。赦されたかもしれないと思った。そう思わせるほど、彼らの出す音は、その一つ一つがどこまでも優しかった。キツネ達の新しい航海に乾杯。ロビン・ペックノールドに乾杯。また、いつの日か、東京で会おう。(1月20日新木場STUDIO COASTにて)

2012-01-03

I love you & I need you 山口隆

Theme: Japan Rock&Folk
AFTER THE GOLD RUSH-山口隆山口隆の声は、貧民窟に沈殿したルサンチマンを詰め込んだモロトフカクテルのようだ。世界はいつだって、泣いているヤツ、弱っているヤツを袋叩きにする。ならば、その惨めな泣き声を、そのどす黒い恨み節を、付和雷同で陰惨な偽善に満ちた卑怯者どもが跋扈する世間を完膚無きまでに殲滅する残酷な武器に転化するがよい。山口隆よ。きみの声は、無慈悲に善良な市民の日常を破壊する。

山口隆の声は、孤立し、拒絶しながら、澄んだ瞳をした少女のように優しく抱擁する。きみが大晦日のエヌエイチケイホールに放った咆哮は、渋谷区神南2丁目から220キロメートル離れた福島県双葉郡浪江町まで届き、福島第一原子力発電所に無色透明な雪を降らせた。逞しい二の腕をした肉体労働者に寝床を、疲弊した家族が肩寄せ合うプレハブの仮設住宅に灯を送った。

山口隆の声は、もたれ合うことを嫌ったレジスタンスの孤島に屹立する。きみが歌うと、世界は暖色に変わる。きみがロックンロールというと、世界は全部玩具になる。だから、山口隆よ。ぼくは、きみの咆哮(シャウト)を、きみの屈辱(ロック)を、羨望の眼差しで見やるのだ。


2011-12-15

Nick Garrie / The Nightmare of J.B.Stanislas

Theme: UK Folk&Rock

AFTER THE GOLD RUSH-Nick Garrie/The Nightmare of J.B. Stanislas ニック・ギャリーを聴く度思う。音楽が、時を超え、海を越え、真にそれを必要としている聴き手に届くというのは、奇跡のようなことだと。年間、何千、何万という音楽が新たに生まれ、消費され、もしくは、誰にも聴かれることなく、ひっそりと消えていく。もしかすると、今この瞬間にも、世界のどこかで“珠玉の名曲”が生まれているかもしれない。でも、それをどうやって知ろう? ネット、ラジオ、CDショップ・・・。どれも限界がある。膨大な量のそれをすべて聴くことなど到底できないし、そもそも、ぼくが必要としている音楽はそこには無いかもしれない。例えば、40年前のヨーロッパで人知れず廃盤になったアルバムにぼくが求めている音楽があったとして、どうやって出会うことができるだろう。


ニック・ギャリーの「The Nightmare of J.B.Stanislas」は、その意味において奇跡と言っていいかもしれない。1970年にフランスでリリースされるも、極めてマイナーであるが故に商品として機能せず、束の間に市場から姿を消したアルバム。しかし、内容は素晴らしい。ヨークシャー出身パリ育ちの英国人ニックが創り出す音楽は、英国田園派のヘロン、ダンカン・ブラウン、ハニーバスらをミックスし、そこにフレンチ・ポップとサイケデリック・ミュージックをまぶしたかのような木漏れ日感と幻想感とポップ感に満ちた、リリカルでエレガントなフォークロック。ブリティッシュ・バロック&アシッド・フォーク(もしくはポップス)とでも呼びたい、優れて魅惑的な音楽なのだ。


本作は、2005年に元クリエイション・レーベルのジョー・フォスター主宰のRev-Olaから再発され、世界中の真摯な音楽愛好家の知るところとなった。それはまさに“発掘”ないしは“発見”という言葉で称賛するにふさわしい偉業であった。そして2010年には、再発盤を通じて彼のファンとなったティーンエイジ・ファンクラブのノーマン・ブレイク、BMXバンデッツのダグラス・T・スチュアートとレイチェル・アリソン、SSWのアリー・カーらグラスゴー勢の全面的バックアップの下、新作「49 Arlington Gardens」が発表された。これが「The Nightmare of ~」に勝るとも劣らぬ素晴らしい仕上がりなのである。ニックの歌声は、ナイーブな透明感こそ失ったものの、引き換えに渋みと温もりを得、楽曲はどれも田園にそよぐ風のように明るく穏やかな多幸感で満ちている。


かつてジョン・セバスチャンは、ロックンロールの得も言われぬ感動を讃え、「魔法を信じるかい?(Do You Believe In Magic)」と歌った。ぼくはニック・ギャリーを聴きながら、「I Believe In Miracle」と応える。奇跡とは、さりげなく春風が肩を叩くようにやってくるものなのだ。


Nick Garrie - David's Prayer
Nick Garrie - The Nightmare Of J.B. Stanislaus


Nightmare of J.B. Stanislas (40th Anniversary)
Amazon.co.jp              49 Arlington Gardens/Nick Garrie
2011-12-09

Kate Rusby / Sweet Bells

Theme: UK Folk&Rock

AFTER THE GOLD RUSH-Kate Rusby / Sweet Bells イングランド中北部のサウス・ヨークシャーは、この時期、最高気温6度、最低気温0度前後。身を切るような冷たい北風が吹く中、シェフェールドの街には、色鮮やかなクリスマスイルミネーションが煌めいていることだろう。郊外に行くと、煉瓦造りの古い一軒家。暖炉の前で子供たちが走り回り、キッチンでは母親がクリスマスディナーの準備をしている。ローストターキー、ミンスパイ、そして、ブランデーでフランベしたクリスマスプディング。着飾ったもみの木のクリスマスツリーも優しく微笑んでいる。――さぁ、家族揃って、お祝いだよ。


ケイト・ラスビーの可憐な歌声を聴いていると、そんな情景が目に浮かぶ。サウス・ヨークシャーに古くから伝わる素朴なクリスマス・キャロル集。シンプルなアコースティックギターの爪弾きに、ダイアトニックアコーディオンやシターンなどの伝統楽器があたたかな色を添える。ケイトの歌声は、静かに降り積もる雪のように透明感に満ちて、さりげなく、しんしんと、演奏に溶け込んでいく。時に軽やかに踊るように、時に切なく胸がしめつけられるように。それは、高揚感と寂寥感が入り混じったイブの夜のようだ。


「ジングルベル」など定番のクリスマスソングは一曲も無く、煌びやかな派手さも無い。しかし、このしみじみとした味わいの伝承歌達は、聴く度に、ぼくを英国の牧歌的なクリスマスに誘う。そこは、懐かしい土の匂いがする。そこは、冷たい風が吹いているけれど、心温か。――ウォントリーのドラゴンもロビン・フッドも出ておいで。此処はお前達の故郷ヨークシャー。耳を澄ませば、ほら、懐かしいクリスマス・キャロルが聴こえてくるだろう。

2011-12-04

俺はヤマトンチュ

Theme: Days

AFTER THE GOLD RUSH-中川五郎/終わりはじまる 中川五郎が18歳の時に作った「俺はヤマトンチュ」は、本土の人間の沖縄に対する無神経さを皮肉ったトピカルソングだ。この歌の中で、本土復帰前の沖縄を観光をする「俺」は、ひめゆり学徒隊が玉砕した洞窟にビールの空き缶を捨て、3ドルで沖縄の女を抱き、嘉手納基地に並んだ「カッコイイ戦闘機」に感動し、うちの子は飛行機を見るのが好きだから連れてくればよかったと呟く。


今から52年前、1959年6月30日、沖縄・宮森小学校に米軍のジェット戦闘機が墜落し、児童11人を含む17人が死亡し、200人を超す負傷者を出すという世界でも類のない航空機事故があった。事故当時、小学校では2時間目が終わり、丁度、ミルク給食の時間であった。脱脂粉乳のミルクを飲んでいた子供たちは、凄まじい衝撃と燃え盛る炎の中、ある者は全身火だるまになり、また、ある者は血まみれになり、息絶えていった。一方、パラシュートで脱出した操縦士のジョン・シュミット大尉は、墜落にあたり「嘉手納基地とコザ市を避けた」として評価され、一切責任は問われなかった。


何という不条理、何という屈辱。しかし、この痛ましい事件は、米軍占領下の沖縄で起こったということもあり、本土にはほとんど伝わらず、遺族も長い間沈黙を強いられたという。AFTER THE GOLD RUSH-フクギの雫


昨日(12月3日)、文京シビック小ホールで上演された「フクギの雫」は、宮森小ジェット機墜落事件の遺族らの証言をもとに構成された舞台劇だ。演じるのは沖縄の若者たち。事件を風化させてはならないと、遺族や体験者に聞き取りを重ね、自ら台本、作曲、演奏等を担当し、舞台を創り上げた。重たい劇だった。子供を亡くした母親のモノローグでは、客席のあちこちからすすり泣く声が漏れてきた。


入場時に配布された小冊子「『沖縄』関連資料」が、基地問題を考える上で大変有益。これによると、本土復帰後の沖縄における米軍基地関係の事件・事故は、航空機関連が497件、米軍兵による犯罪は5,634件発生。2004年には、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落・炎上している。宮森小の悲劇は終わってはいない。沖縄に基地がある限り、何度でも繰り返されることだろう。


中川五郎は「俺はヤマトンチュ」を、ウチナーンチュの視点に立ってこう締めくくる。「おまえらはヤマトンチュ/優越感のかたまり/視察という名でやってきた政治家も/いつもすまないと懺悔するばかり/どうしてよそごとで済ませててしまうんだ/沖縄をおまえの中に沈めておくれ/ぼくらの痛みは おまえのとは違うのか?」。1968年に作られたこの歌が今なおいささかも古びていないことを、私たち一人一人が「自分の問題」として受け止め、恥じ入るべきだろう。

2011-11-06

Country / Keith Jarrett

Theme: JAZZ
$AFTER THE GOLD RUSH-my song/keith jarrettカントリー(Country)。この単語が発する、どこかあたたかな響きは何だろう。同じ「くに」の概念でも、ステート(Stase)というと、リジッドで冷たい響きを持ってしまう。それは、統治機構としての「国家」。一方、カントリーは、祖国であり、故郷。その土地に生きる人の顔や風景が見えてくるのは、間違いなくカントリーの方だ。

3月の大地震の後、夜、度々電気が消えた。まるで戦時中の灯火管制のような「計画停電」。ぼくらは、蝋燭の灯りで食事を取り、ラジオを聴き、そして、iPodを小さなスピーカーに繋いで音楽を聴いた。キース・ジャレット・クァルテットのアルバム「マイ・ソング」を繰り返し聴いた。郷愁に満ちたメロディでスケッチされた小曲「カントリー」が心に沁みた。あれは、不思議なひとときだった。蝋燭の灯の中、催眠術にでもかけられたかのように、捻くれた心の防壁は開け放たれ、ごく自然に、隣人や故郷、さらには“祖国”を愛する気持ちが湧き上がってきた。あの時、ぼくは、無意識のうちに「愛国者(Patriot)」になっていた。

「愛国者(Patriot)」は、パトリア、すなわち「父祖の地」を愛する。断じて、ステートたる「国家」ではない。内田樹氏の言葉を借りるなら、「自分が今いる場所を愛し、自分が現に帰属している集団のパフォーマンスを高めることを配慮し、今自分に与えられている職務を粛々と果たすことをおのれに課す」、それがパトリオットだ。

キース・ジャレットは、ハンガリーのジプシーの血を引く。ジプシーは、帰るべき故郷を持たない「流浪の民」である。キースにとっての「カントリー」は、生まれ育ったアメリカなのか、それとも、ここではない「何処か」なのか。異郷の地、北欧で奏でられた、叙情的で美しいピアノソロに問いかける。一つだけ確かなことがある。それは、この日本にも、故郷を追われ、ジプシーとして生きることを強いられている人々が多数存在するということ。ぼくは、「愛国者(Patriot)」として、それを強いている「国家(Stase)」を容認することができないし、彼ら、彼女たちと共に生きることを誓う。
2011-10-31

SMiLE(スマイル)黙示録

Theme: US Rock&Folk

AFTER THE GOLD RUSH-SMiLE/Beach Boys ◆「SMiLE」は、あらかじめ失われていた
1966年初夏、ブライアン・ウィルソンがヴァン・ダイク・パークスと開始した共同作業は、天から降りてきたかのような美しい旋律の断片を膨大に残し、そしてそれは、1年後、アンフェタミンとLSDとパラノイアの渦の中で混迷し、頓挫し、ついには、ブライアン自身の手でスクラップされ、アルバムは完成することなく永遠に封印された。幻の名盤にすらなれなかった。産み落とされることなく堕胎され、肉体を持たぬ哀れな幽霊となったそれは、ポップ・ミュージックの霊界を、その後40年以上彷徨うことになる。


◆「SMiLE」は、絶望だった
ゴールド・スター・スタジオに埋葬された水子の霊は、ブライアンの精神を深く蝕み、レノン=マッカートニーと並ぶ“天才”と称された男は、程なくして、孤独な“狂人”へと変貌していった。同時に、彼率いるビーチボーイズの進路にも暗い影を落とした。キャンディストライプのシャツを着た少年たちは、急速に進化し続けるロック・シーンと全く歩調が合わなくなった。ジミ・ヘンドリックスは、モンタレー・ポップ・フェスティバルのステージで、ギターに火を付けながら「サーフ・ミュージックは終わった」と彼らを揶揄した。レコードの売れ行きは大きく落ち込み、ツアーは行く先々不入りで、膨大な赤字を積み上げた。(それでも、大英帝国だけは、この哀れな少年達を見捨てなかったが。)


◆「SMiLE」は、超難解なクロスワードパズルだった
時は移り、1980年代。墓は荒らされ、「SMiLE」の残骸が“市場”に出回り始めた。夥しい量のブートレグに、ファンは群がった。死肉を啄ばむ鴉のように。そして、ぼくもまた、醜い一羽の鴉であった。靄がかかったような劣悪な音の向こう側に、ティーンエイジ・シンフォニーの幻を一瞬見た。ぼくらは、音の断片を思い思いに組み合わせ、「SMiLE」を復元しようとした。しかし、それは無理な作業だった。完成形は、ブライアンの頭の中にしか存在しない、いや、そこにも存在しないかもしれない、超難解なクロスワードパズルだったから。


AFTER THE GOLD RUSH-Brian Wilson Presents Smile
◆「SMiLE」は、希望に変わった
さらに時は移り、2004年2月。ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで、ブライアンは、ジェフリー・フォスケット、ダリアン・サハナジャといった腕利きのミュージシャンを従えて、遂に「SMiLE」の“全貌”を披露するという偉業を成し遂げた。それは、ブライアンにとっての「SMiLE」が、絶望から希望に変わった瞬間であった。客席には、共作者であるヴァン・ダイク・パークスの姿もあった。彼らは、40年近く背負い続けたスティグマから、この日、ようやく解放されたのかもしれない。


しかし、彼らの希望がファンの願望をすべて叶えたかというと、残念ながらそうではなかった。2004年版「SMiLE」は、主にダリアン・サハナジャのコンピューターで組み立てられた“順列組み合わせの産物”であり、さらに、レッキング・クルーの演奏とビーチボーイズのコーラスの“劣化コピー”であり、1967年版「SMiLE」の断片から濃厚に感じ取ることのできたナイーブな狂気とリリシズムは壊滅状態であった。魔法は消えてしまったのだ。


◆「SMiLE」は、黙示録となった
そして、さらに7年が経った。今、世界中のロックファンが、発売されたばかりのビーチボーイズの“新譜”「Smile Sessions」を聴いていることだろう。オリジナル・マスターテープを使用した1967年版「SMiLE」公式リリース。44年前に中絶された胎児は、紆余曲折を経て、ようやく現世で肉体を持つことができた。


若干の不満は残る。何より、2004年版に倣った構成が気に食わない。歴史の捏造という気さえする。だが、ここは寛大になろう。2004年版が、作者であるブライアンが公認した唯一の「SMiLE」である以上、それを「原典」とせざるをえない事情もよく分かるし、そもそも、ダウンロード配信が主流の現代において、曲順を云々すること自体、前世紀の遺物的な発想なのかもしれぬ。構成などクリック一つで如何様にでも変更できるのだ。


AFTER THE GOLD RUSH-Brian Wilson and Van Dyke Parks
詰まらぬ愚痴はやめよう。この驚くべき音源を前にすれば、すべては大事の前の小事に過ぎない。鮮やかに蘇ったサウンドに身を任せ、目を瞑るとぼくには見える。マッシュルームカットの若々しいブライアンの姿が、少年のような風貌のヴァン・ダイクが、そして5人のボーイズが――。「Surf's Up」が、息を呑むほど美しい。特にブライアンのソロ・バージョン。天使の歌声が、ヴェトナム戦争の泥沼に突入していくアメリカを静かに告発しているようだ。「街を入念に調べなさい 背景を描きなさい あなたは眠っているのですか? ブラザー・ジョン(・F・ケネディ)」。覆いは外され、今、「SMiLE」は、黙示録となった。そして、ぼくらは真理に辿りつく。「SMiLE」は、アルファであり、オメガである。

2011-07-27

Fleet Foxes / Helplessness Blues

Theme: US Rock&Folk

AFTER THE GOLD RUSH-Fleet Foxes/Helplessness Blues このシアトルの若者達にはアイリッシュの血が流れているに違いない。彼らのサウンドは、60年代、ベルファストから海を渡り、アメリカ巡業をしたマクピーク・ファミリーが奏でる素朴なアイルランド古謡のようにも聴こえ、一方で、LSDに知覚を刺激され、絶え間なく痙攣し続けるスマイル期のブライアン・ウィルソンのようにも聴こえる。


1曲目「モンテズマ」を聴いてほしい。大地を踏みしめるが如くどっしりとしたリズムを持つこの曲は、ザ・バンドの船出を祝った「怒りの涙」と同種の燻し銀の風格を漂わせるが、決定的に違うのは、そこから立ち昇る土の匂いだ。ザ・バンドのそれは、南部の濃厚な泥のくさみで、フリート・フォクシーズのそれは、ブリテン諸島の霧と湿気に由来する蒼く透明な水の匂い。それらは、ブルースの悲しみに満ちた“モーン(うめき)”と、個性や感情を抑制したトラッド・シンギングの関係性のように、近いようで、遠く離れている。


彼らのハーモニーは、ほとばしるサイダーの泡の如く、清涼感に満ちて瑞々しい。しかし、注意深く聴けば分かるはずだ。炭酸の鮮烈な刺激にカムフラージュされた歌声の裏側に、奇妙に歪み、捻じれ、不可思議な痙攣運動を繰り返す異形のモンスターが潜んでいることに。その屈折した音像と、しなやかな狂気が、たまらなく美しい。


バッファロー・スプリングフィールドの「アゲイン」に倣って、1stアルバムのブックレットには、彼らのフェイバリットミュージシャンがリストアップされている。ブライアン・ウィルソン、ボブ・ディラン、ロビー・ロバートソン、ヴァン・モリソン、コリン・ブランストーン等々の大御所に混じって、カレン・ダルトン、ジュディ・シル、ヴァシュティ・バニヤン、マディ・プライアなど、「同好の士」なら思わずニヤッとしてしまう、米英フォーク・トラッドの歌姫が並んでいるのが大変興味深い。AFTER THE GOLD RUSH-Robin Pecknold


リストには上がっていないが、ジェリー・ラファティ、アラン・ハル、ギャラガー&ライル、リチャード・トンプソンといった英国フォークの面々からも大いなる影響を受けているのではなかろうか。その証拠にリーダーであり、すべての楽曲を手がけているロビン ・ペックノールドなどは、髭を生やした風貌がどことなくジェリー・ラファティに似ているのである。


彼らこそ、半世紀に渡る英米フォーク・ロック史の真摯な探求者であり、承継者であり、他方で、それらを昇華し、新たな地点を求めて航海し続ける冒険者であり、開拓者であろう。そして何より素晴らしいのは、彼らが、廃盤レコードショップで拾われた“幻のバンド”などという胡散臭げなやつじゃなく、2011年の今を共に生きている現在進行形のバンドであるということだ。2008年に発表された1stアルバムも掛け値なしに素晴らしい内容なので、未聴のロックファンには、本作と合わせて聴くことを強くおすすめする。


Fleet Foxes/Fleet Foxes


ヘルプレスネス・ブルーズ [初回スペシャル・プライス盤] [日本盤のみ歌詞/対訳、解説付]/フリート・フォクシーズ

2011-07-02

In a Station

Theme: US Rock&Folk

AFTER THE GOLD RUSH-Richard Manuel リチャード・マニュエルの声がたまらなく好きなのです。
彼の声は孤独の海で助けを求めている遭難者のような透きとおった哀しみに満ちていると思うのです。一癖も二癖もあるテクニシャン揃いのザ・バンドの中で、そしてロビー・ロバートソンによる冷徹な独裁体制の中で、リチャードは次第に自らの居場所を見失い、その疎外感から逃れるように、アルコールとドラッグに溺れていったのではないでしょうか。結果、彼の声は荒涼とした砂漠のように荒れ果ててしまうのですが、それでもそこには、彼のレーゾンデートルたる“哀しみの源泉”があったから、「Whispering Pines」や「Georgia on My Mind」はいまだに僕の胸を激しく揺さぶり続けるのでしょう。


そして、僕は「ビッグ・ピンクからの音楽」に収録された「In a Station」に、最もリチャードその人を感じてしまうのです。孤高の女性フォーク・シンガー、カレン・ダルトンのカバーもリチャードの魂(ソウル)のバトンを受け取ったがごとく素晴らしかったのですが、2人とも非業の死を遂げ、もうすでにこの世にいないということが、悲しくてしようがないのです。

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