スリランカの少女院の構造 | 社会の窓

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スリランカの少女院の構造

 スリランカで少女院にいたことがある。いわゆるいろんなワルイコトをしてしょっ引かれた不良少女たちや、ほか様々な事情でつれてこられた女の子たちが暮らしている。

僕のような外国人の男も、もちろん許可は取るのだが、施設の中にはいって歩き回ったり、会話したりいっしょにボール遊びをしたりすることは普通にできる。広々とした敷地には花壇や畑、果樹の木がおおく、施設は平屋の建物が点在して施設の連絡通路は散歩道のようだ。ここの中にいるだけなら、通常のキャンパスの光景とかわらない。ここで共同生活をしながら勉強や職業訓練をするのである。

 敷地の境界には、刑務所にお決まりの高いフェンスとゲートが一応ある。金属製の柵フェンスは上のほうが尖っていて曲げてあり、容易に乗り越えられないようにしてあるのだが。とげとげは外のほうに向いており。塀の内側の人が乗り越えて外に逃げ出すのを防ぐためでなく、外部からの侵入を防ぐための構造になっている。おなじスリランカの少年院では、予算不足のためかそもそもフェンスもゲートもなく、サーカー場で草を食わしている牛がどっかにいってしまわないように柵が必要だというようなことを言っていた。

 つまりはスリランカのこれらの施設は、ワルイコトをする人びとが社会にでていってワルイコトをしないように閉じ込めておく場所ではなく。ワルイコトをしてしまうような弱い心のひとを、社会の悪い部分の影響から守っているのがこの施設なのである。

スリランカ仏教の考え方なのか、社会には悪は常に身近に偏在していて、心が弱かったり弱い立場の人はこの諸悪の影響を受け易い。因果応報という考え方もあり、これはよく前世の行いがという解釈をよく聞くが、これは政権や権力者の言い分であることが多く。もっとも基本的には物事には必ず原因があるという科学的な積み上げの理論と解釈されていたようである。だから本人の行動ばかりではなく、社会の影響も因果だったようである。むしろ前世より判り易いしその比重も大きいはずである。というようにかんがえるようである。

そのためスリランカでの少女院など刑務矯正施設は、悪が偏在する社会からの悪の影響を極力少なくした空間を維持して、ワルイコトをする人を悪の連鎖からリセットして社会での生業からしばらく離れてここで悪の影響を取り除く又は薄めて、社会復帰のための時期をみさだめる期間と考えられているようである。

上座部仏教の考え方なのだろうか?

 ともかく、刑務所の構造ひとつにもなるほどいろんな考え方があるものよ。そういうことはなかなか行って直に触れてみないときづかない。