ペットとの別れ

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ネコを動物病院に連れて行ったら、わんこが亡くなっていました。

おばあさんが泣いていて、「遺骨は納骨堂なんかにもっていかない。家にずっと置いておく」とわんわん泣いていました。ご主人が、「それは○○(わんこの名前)がかわいそうだから」としばらく奥様が泣いていたあとぽつんと言いました。

私はそれをみていたら、つーっと涙がほおを伝って落ちていくのがわかりました。

卒業式でも泣かなかった薄情な私が、です。

私は自分のイヌが死んだときのことを思い出したのと、

父がイヌが死んでみるみる年老いていったことなどを思い出して、

いつもイヌの通院とか、納骨とかのときには父が一緒で、

最後のイヌのときには父は

「もう運転はできない」

と言った。病院まで運転するのはいつもだったけれど、

火葬場にもとても自分は運転ができないと言っていました。

そういうことを思い出したら、涙が止まらなくなりました。

 

私はいい娘ではありませんし、父もいい父ではありませんでした。

だけど、私にとって父は父だけしかいないし、

立派ではないことを含めて、

喧嘩をしたりいろいろと葛藤もありましたが、

それでも、父が他界して、私は親が生きているということの守られている感は何ものにもかえがたいものだと感じました。

いろいろと考えたら涙が止まりませんでした。

 

私には母がいます。母が健在です。

よく母のいうことをいろいろときいて、無理をきいているのを、

「自分の人生を生きてない」

って言う人がいるけれど、

確かに生きてないのだけど、

他人は私の味方をしてくれないし、親のようには親身でもないし、どころか全然親身でもない人が大半ですし、

私が

「こうしたい」

ということには親は何くれと反対するかもしれないけれど、

他人が反対しないのはどうでもいい不幸になってもいいということと紙一重でもあります。

本当に失敗しても応援しているよ。いつも見ているよってそういう本当に私に親切な人なんて私に対してそういう感情を持っている人はきっといません。

 

私が命をなくすことがあっても、母以外の人は絶対に泣かないといえます。

もし知ったら教え子が泣いてくれるかもしれませんけどね。

そのくらいかな。

友達とかは

「ふーーーーーーん」

って感じだと思うし、異性で私が死んで泣いてくれる人は一切いないと断言できます。

そういう貧しい人生を送ってきました。

 

という私今日パン教室にいってきたのですが、

いろいろと私生活をきかれるのいやだなあ。

いい年して親と暮らしている、結婚してないだなんて、

もういい加減慣れなきゃね。

ていうか結婚してないのは今の時代多いんだろうけど。

とは思うけど。

親と暮らしているということは遊び回ってはないってことよね。

私生活は枯れているってことです。

 

なんかいろいろと考えましたが、

父を思い出したってことです。

親以外の人に生きていてって思われることは生まれてきた甲斐があったかどうかにものすごく関わっている気がします。

 

でもまずは自分が生きてきてよかったと思えたら他人がどう思ってもいいかなって思わないと私みたいなシングルはやっていけませんね。

私はとりあえず、それなりまあ、まあかなと思うし、

自分が悪いこともあるけれど、よくひるまずに頑張ってきたなと思います。

ひるんだけど、そこでもう完全に萎えてしまうということもなくなんとかどうにかこうにかやってきた自分をとりあえず褒めています。

 

こういう私を父はどう思っているだろうなあ。

まあ、かわいくないし仕方ないって思っているかな?

 

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