私の連続3周野宿の旅のハチャメチャ珍道中を連載中!

目次:【序章】&【第1章】&【第2章】 & 目次:【第3章】

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■3章:遍路3周目■深まる絆

            5. 走れ!逃亡中の遍路は逃げて逃げて逃げまくる!

 

DAY89-2

 

40番観自在寺へ向かいながら、ようやく高知県と愛媛県の国境を越え、愛媛県へと突入する。

強風が吹き荒れて、ペダルを漕ぐのが重たい中、せっちゃんの事が、常に頭の何処かにありつつ、更に私は色々考える。

 

それにしても、勝さん。

今度、電話があるか、会ったら礼を言わなきゃな。

勝さん、なんで永久遍路やってんだろ?

勝さん、料理人で技術もあるし、まだ働けるくらいの年齢だし、別に出来が悪いどころか、勘も冴えてて、こうやって私を助けてくれたりしたのに。

だけど、勝さんのように帰る所もなく、住んでいる住所もなく、職もなければここから抜け出すのは、はっきり言って不可能に近い程難しいよね。

 

私は、1周目に漠然と永久遍路の存在を知り、その中でも乞食遍路と言われる遍路のふりをした乞食のような人達が「托鉢」と言う体のいい「物乞い」をしているのも見たけど、ちゃんとお遍路をして回っている遍路もいて、「永久遍路」と言っても様々だ。

更にそう言う永久遍路と知り合って深くつながることで、その後ろに転がっている深い背景まで考えるに至る。

職をみつけるにしても、住所不定の怪しい人は雇っては貰えないだろうし、じゃあ、先にアパートを借りたくても、その保証となる職がなければ借りられない。それに保証人になってくれる人もいないから、帰る所のない永久遍路なのだ。ましてや、借りるにはそれ相応のお金も必要だ。托鉢だけでそのお金を貯めるとしても、その日暮らしが精一杯な中で、それも中々難しい。

結局、遍路道のように永遠にここを一生グルグルしているしかないだろう。

もし、抜け道があるとしたら、手助けをしてくれるような人と出会って、きっかけを作るか。

これは、四国遍路だけに限った話ではないと思うのだけど、もし本人が望むものであれば、社会的に抜け出すための後押しが必要だと強く感じた。

ただ、この話も日本の社会で生きて行くことが、正論だという基準で物を言うならだ。

国も違えば、勝さんのような人が、普通に溢れかえっている世界もあるのだから。

 

そして、ふと栄タクシーの社長が言っていた言葉が頭を過る。

 

「遍路は、何周もするもんちゃう!」

 

そうか・・・。

私は、楽しいと言う事を基準に今、こうやって周っているし、別に何十周もしようと思って、3周目に出ているわけではない。

私は私の理由があって、この3周目をしているわけだ。

1周目は、悔しくて、次でその思いを晴らしたく、2周目へと出た。1周目は体力もだが、せっちゃんが居たことで精神的に押しつぶされ続けて正直、楽しくない事も多かったし、気持ちが疲れたのも本当だ。だから、2周目は楽しみたかったし、走りたかった。でも、沢村さんとの出会いによって、苦しみもあったものの楽しい事も多かった。ただ、自転車で走ることを諦めた。だからこそ、その両方を自分ひとりだけで叶える3周目に突入したのだ。

1周目は、自分自身が遍路としても未熟で、お経の読み方ひとつからしてもぎこちなく、手探りなことが多くて必死だった。

だから、遍路旅自体を必死にこなした達成感は、もちろんあったし、そういう意味での純粋に遍路旅を楽しめたとは思う。

2周目に入ると、自分の遍路をする事に対しては余裕が出てきたので、自分の目を他の事へと向けることができ、遍路のその裏側に潜んでいるものにまで目を向けることができたと思う。

この3周目は、その遍路の素晴らしさを含めて、その裏側にある事へも考えが及び、「遍路」と言う事に対して、多方面から物を考えられるようになったと思う。

もし、私が、この遍路を1周だけで帰っていたとしたら、確かに遍路旅自体は素晴らしく面白い物だったので、皆にも勧めただろうし、「遍路旅は最高だ!」としか言っていなかっただろう。下手をしたら、「何周でもしたいほど楽しいよ!」とだけ、良い面しか見ることができていなかったかもしれない。

ただ、この3周目まで来ると、そこに潜む色んな問題をも目のあたりにし、十分に考える時間もあった。

 

そうだ!

栄タクシーの社長が、「遍路は、何周もするもんちゃう!」と言った時に、「なんで?楽しいからいいじゃない!」とは、言ってみたけど、今ここに来て、その本当の意味が分かったような気がしたし、私が、何故かあの時、社長の言葉が頭に引っかかっていたのは、きっと自分の中の直感として、きっとそういう事なのかもしれないと感じたからだろう。

確かに・・・。

遍路は、何周もするものではない。

きっと、社長もああやって遍路をずっとグルグルする事で、抜け出すことのできない泥沼を沢山見てきたから言える発言だったに違いなかった。

 

 

そうだ!

私は、本当に、この3周で帰ろう!

 

私は、今直ぐに帰りたいと言う意味ではないが、心の底からこの3周目が終わったら帰ろうと思えた。

遍路旅に出てきて以来、楽しい事が多かったし、帰りたいなどと思ったことはなかったのだが、初めて本当に「終わったら帰ろう」と思った。いや、むしろこれ以上ここへ居てはいけないと感じる。

 

強風でペダルが重い中、ようやく4時に40番観自在寺へ到着した。

お参りを済ませ、残りの日暮れまでにどこまで行って、今夜は何処で寝るかを考える。

 

明日、夕方に宇和島港から九島にあるクジラ大師へ行くには、ここからだと45キロ程なので、明日走っても十分、間に合うだろう。

別格6番の龍光院は、宇和島にあるから明日、クジラ大師へ渡る前に打って行けばいい。

少しでも楽をするためにもう少しだけ日暮れまでに走っておけば、洗濯も溜まっているから、明日、船の時間を待ちながらコインランドリーへ寄る時間も十分にあるだろう。

ただ、日が暮れてしまってはいけないので、そう遠くへは行けない。昨日からの疲れが残っている私は、どうしても湯船にゆっくりと浸かって体を休めたかった。

私は、持っていた地図を見ていると、15キロ先にゆらり内海と言うスーパー銭湯があるのを発見した。

 

そうだ!

ここへ行こう!

ここって、沢村さんと足湯に立ち寄った、ちょっと感じのいい温泉じゃなかったっけ?

あそこなら行ってみたいし!

15キロなら日暮れギリギリに到着できるだろう。

でも・・・何処で寝よう?

 

お風呂へ入ってからでは、真っ暗になっていて、それ以上何処へも行けないし、行きたくもないので歩いて行ける程度の寝床を周囲で探してみると、バス停須ノ川が直ぐ近くにあることがわかった。

 

よし!

今日は、バス停で野宿だ!

でも、沢村さんと行ったあの足湯のとこにバス停なんかあったっけ?

 

私は、ひたすら自転車を走らせ、疲れ切った身体に声をかけながら進む。

 

おい!

頑張れ!

あともうちょっとで、風呂だー!

 

1時間ほど走ると、調度日暮れギリギリの5時半に到着した。ゆらり内海と大きく書かれた看板が目に入り、ようやく到着して嬉しかったのだが、何かが違う。

 

着いたーーー!

けど、あれ?

ここ、沢村さんと一緒に行った足湯のとこじゃないじゃん!

 

私は、勘違いをしていたのだ。

沢村さんと立ち寄った足湯のところが、雰囲気が良かったので再度立ち寄ってみたくて来てみたのだが、全く違うスーパー銭湯だった。ただ、日暮れでもう、これ以上進むのは限界だし、お風呂に入れることに変わりはないので、ここに決めた。

一旦、バス停を確認しに行き、寝床でどのように寝るのかを計画を立ててから、ゆらり内海へと行く。

昨日の水車事件で疲れ切り、今日、強風の中でなんとか漕いでなんだかんだで80キロ近くを走って来た自分の身体を湯船でゆっくりと休ませる。

バス停に戻ったところで、明かりもなく、することもないので、寝る直前の夜9時半までゆらり内海の食事処でゆっくりすることにした。

ビールを頼み、摘みやご飯も頼んで、昨日の水車事件の打ち上げでも一人でするかのように。

寝る頃にバス停へ行き、明日の始発のバスの時間を確認して、それまでに出発することを確認してバス停で寝る。

 

いよいよ明日は、楽しみにしているクジラ大師だ!

四万十大師堂でお経の上手なお婆ちゃんに会うのを楽しみにしていたのに、それが出来なかったから、次こそは!

 

ただ・・・。

せっちゃんは、何処にいるのだろう・・・。

そろそろやばい気がする・・・。

 

つづく・・・   

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