やがて夕飯の時間になり、
私の病室にもご飯が運ばれてきた。
『………じゃあ、俺たちそろそろ行くな。ばーちゃんが夕飯用意しててくれるらしいから………』
『うん、わかった……パパ、ありがとう。………ご飯しっかり食べてね。』
『ママもちゃんと食べろよ!』
夫はそう言うと、ノンを連れて病室を出ていった。
私は窓から、
駐車場に出てきた二人に手を振った。
ノンは目一杯、
手を振りかえしてくれた。
車に乗っても、
私の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
実は、
二人がいた時から少しずつ陣痛が始まっていた。
次第に痛みは増してくる。
痛みが引いたすきに、
食欲はないがお茶だけでも飲もうと、
立ち上がった、
その瞬間。
ザーーーッ!!
っと、滝のように出血した。
バケツをひっくり返したかと思うほどの量に、
自分でビックリしてしまった。
フラッとしながらも手を伸ばし、
なんとかナースコールを押した。
看護婦さんが来る早さにも驚いたが、
なんといってもこの、量だ……
私は「分娩室」ではなく、「処置室」に運ばれた。
先生が、
『…お母さん、もうね、赤ちゃんの頭が見えてるの。』
と話す。
『お母さん、痛いでしょう……もう産む時がきたのよ、産みましょう!』
先生には予想ができていたことなのだろうが、
私はついさっき、
言われたばかりなのだ。
赤ちゃんはあきらめなさい、と。
まだお腹の中で生きている我が子の命を、
あきらめる心の準備なんて、
誰ができる?
昨日までは、
確かに元気に動いていたのだ。
産んでもこの子は生きていかれない。
それがわかっていて、どうして産もうという気になるの。
嫌だ!
産みたくない!
『………お母さん、赤ちゃんは出たがっているから………辛いでしょうけど、産んでしまいましょう。』
…赤ちゃんは出たがっている……
そして、
いくら赤ちゃんが小さくても、
陣痛の痛さは普通のお産とまったく同じなのだ。
痛くて痛くてたまらない。
涙がボロボロと溢れて止まらない。
ごめんね……
あなたが一番、苦しいんだよね……
こんな形で産むことしかできなくて、ごめんね……
時期こそ早すぎるものの、
普通のお産とまったく同じだった。
私は痛みに任せて、
泣き叫びながら産んだ。
『……お母さん、よく頑張ったね……男の子だよ。』
『……………会わせてもらえますか…』
『……ええ……じゃあ、綺麗にしてから会いましょうね。』
処置室の中にある小さなベッドに座り、
点滴を受けながら、
赤ちゃんがくるのを待った。
しばらくすると、
看護婦さんが赤ちゃんを抱いてやってきた。
看護婦さんは私の両手にそっと、
赤ちゃんを乗せてくれた。
初めて抱いた、私の目にうつったのは。
あまりに小さい、
我が子の姿………
両手に乗せて、少し足がはみ出す程度……
小さいが、ちゃんと爪もある。
ちゃんと人間の形をしている。
鼻も、口も、ノンにそっくりで……
本当に本当に可愛い………
看護婦さんは、うつむいて泣き続ける私の肩をポンとたたき、立ち去った。
その手が、とても暖かく感じた。
神様………
恨むよ、神様………
せめて、
生きて会いたかったよ。
生きてさえいてくれたら、
それだけでよかったのに。
たとえ、
障害があったっていいよ。
障害があろうがなかろうが、
大切な我が子には違いないよ。
どんな姿をしてたって、
いとしいんだ。
生きて会えるって、
どんなに幸運で、
幸せで、
ありがたいことなんだろうね………