私が部屋で一人、
放心状態の中、
何分たったかわからないが、
廊下で話し声が聞こえた。
聞き覚えのある声…
看護婦さんと話している、あれは…
夫の声だ……!
『…………そうですか……はい、はい……わかりました。』
足音が近づき、
部屋の扉が開く。
それと同時に、
私はハッと、
我にかえって、
こらえきれないほどの感情が込み上げてきた。
『……ママ、大丈夫か……?』
夫はゆっくりと部屋に入り、
私の隣に座った。
夫の顔を見たとたん、
私は色んな感情が、
一気に溢れた。
『……パパっ…………ゴメン!…赤ちゃん、ダメだってっ………っ!』
それ以上、
なにも話せなくなった。
『………いいよ、気にすんなよ……ママのせいじゃないよ。』
夫は私の頭を撫でながらそう言った。
私は夫の腕にしがみつき、
狂ったように泣いた。
その時、
ふっと頭に、
ノンの顔がよぎった。
なんとか自分を落ち着かせ、
『………ノンの様子を見て来てくれる?』
と頼んだ。
『……ああ、わかった。ばーちゃんにも説明してくる。そのあと、すぐまたここに戻って来るから。』
夫はそう言うと、
静かに部屋を出ていった。
夫と入れ替わって看護婦さんが部屋をノックした。
『病室の用意ができましたから、行きましょうか。』
そうか………
入院になるのか………
私が部屋を出るとそとには先生がいた。
先生は静かに話始めた。
『……たまにいらっしゃるんですよ。検診もずっと順調できていながら、急に産まれてしまう方……』
『……そうなんですか……』
『…月の満ち欠けに関係があるという説もあります………今日は満月だそうですよ。』
私は先生の話をぼんやりと聞いていた。
その後、
看護婦さんに案内され病室に向かった。
『……ごめんなさいね、こういうケースでは、一人部屋にするんですが、今日はあいにく部屋が空いてなくて、二人部屋なんですよ………でも、同室の方も、同じように死産された方なので…………』
看護婦さんは申し訳なさそうに言った。
『……いえ、大丈夫です……』
私はそれだけ答え、
病室に入り、
隣の方と会釈だけして、
自分のベッドに座った。
『陣痛や出血など、なにかあったらすぐにナースコールしてくださいね。』
看護婦さんはそう言うと、
そっと病室から出ていった。
私のベッドは窓際で、
外の駐車場がよく見えた。
私が運ばれたのは昼過ぎだったのに、
外はいつのまにか夕方になっていた。
うっすらと、
綺麗な夕焼けが見えた。
しばらくして、
我が家の車が駐車場に入ってきた。
夫がノンを連れてきたのだ。
『ノン!』
病室に入ってきたノンに声をかけると、
ノンは私の胸に飛び込んで、
真っ赤な顔をして泣き出した。
『うわぁ~ん!ママ!死なないで!』
救急車で運ばれてた私を目の当たりにしたノンは、
私が思っている以上に、
そうとうな不安を抱えていた。
私はノンを抱きしめて、
『大丈夫だよ。ママは死んだりしないよ。』
と言って、笑って見せた。
『………本当?』
『本当だよ。約束する!』
ノンはその言葉に安心したのか、
にっこりと笑った。
『見て、ママ!お空キレイだよ!』
三人で雑談するのが、
なぜだかすごく久し振りに感じた。
『……パパ………』
『ん?』
『私、ノンの顔見たらさ………笑顔になれたよ。』
『……だろ?俺もさっきばーちゃんちに行った時に、ノンの顔を見たとたん、笑えたんだ。だからママにも会わせなきゃって思ったんだ。』
私たちはノンに救われているんだ……
ノンの笑顔に。
ノンの存在に。
無邪気に笑うノンの姿を見て、
心から申し訳なく思った。
ノン、ごめんね……
パパ、ごめんね……
私、
赤ちゃん守れなかったよ……
(まだ終わらない。)