「砂時計のクロニクル #9」
「君はいま、どこへ向かって歩いているの?」
僕は少し考えてから答える。
「未来。うん、未来なんだと思う」
「未来って?」
「僕たちが笑顔でいられるはずの、いまより少しだけ先にある場所」
「そこにはたどりつける?」
「たどりつけるまで歩くって決めたから」
東へ東へと僕は歩き続けている。まっすぐ前にあるのは夜明けのかすかな太陽の光。大切な人の笑う顔。
いまの彼女を思い描くことができる、そんな気がした。
『いつか。
リヒーナ、いつか、僕は戻るよ。いや、戻るんじゃない。過ぎた時間は戻ったりはしない。夜明けが遠くて遥か未来になったとしても、僕は必ず君の待つ街へたどりつく。
オルゴールを鳴らすたび、いつだってその音色が僕を連れてってくれるんだ。いつかの、夜明けに』
そこまで書くと、もう続きは言葉にならなかった。
人は夜明けを待つことなんてできなかった。どこにあるのかさえ分からない太陽を探して、誰も彼もが街を離れた。
私は……私はいま、君から届いた手紙を読み返してから、それを大切にバッグのなかに入れた。もちろん、オルゴールだって入ってる。
私もゆく。君と君が探してる未来を迎えにゆく。
この街から遥か遠い東の土地。黄金の砂が流れる大河をたどれば、君が歩いたはずの足跡をたどれば、そこでまた逢える。
「聞こうと思えば、ちゃんと聞こえるんだよ」
「うん。僕にも聞こえてる」
「たくさん話したいことがあるよ。街のこと、君が旅立ってからのこと……私のことも」
「それはいつになるかな?」
「いつか、また、未来で」
思い出のなかのフラウと話しているつもりだったのに、君の姿はこの街で過ごしたころの君とは違ってた。少し大人になって、声も変わりつつあった。
私だってそう。
待ってるだけじゃなかったんだよ。ちゃんと生きてた、毎日を生きてたんだ。
「じゃあ、いつか、未来で」
手を振ると幼い彼は光のなかに溶けてゆく。
私もまた旅に出る。
未来を迎えに行った君を迎えに。
【つづく】
【前回まで】
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