国境線上の蟻 #7
海峡を越えてゆく、君が走らせるピックアップ・ヴァンは本土とシシュウを繋ぐビッグ・ブリッジを走行していた。
かつてのように整備されたアスファルトではない、剥がれて凹凸をつくり、路肩の切れ目から痩せた雑草が伸びているのが確認できた。
君はいま、運び屋としての職務を全うするスペシャリストとしての手腕で以て、速度を緩めず、同時に超過することもなく、安定速度を保つようにアクセルを踏み続けている。
「長いのか?」
ワン・イーゼンが君に問う。それだけでは真意を図ることはできない。
意図的に主語を省略している、君はそのことに気づいていた。
「何がだ?」
「この仕事だ。正業とは言えないだろう……もちろん、私が言えることでもないがね」
「十年になる。選んだわけじゃない。選択肢がなかった。それだけだ」
「素直だな……。私がお前のことを探っているとすれば、どうする?」
「……ハンドルを握っているのは俺だよ」
「私に主導権はないと?」
「俺はあんたを運ぶだけだ。それが契約だろう」
それを最後にワン・イーゼンは口をつぐんだ。
だが、君は助手席の彼が忍び笑いを浮かべていたことに気づいていた。
不愉快なはずだった。
苛立つはずだった。
しかし君はそのような感情を殺していたわけではなかった。
君は君のなかにあるべきはずの感情が消えつつあることをまだ知らない。
ポケットのなかのナイフの感触を確かめる。
初めてそれを手にしたときのように硬く冷たい。真冬の海に棄てられていたように凍りついたままだ。
刃を開き、その尖端に親指をあてがう。体温ほどの液体が微かに流れる。
その温度の差は君を連れ戻してゆく、もう戻れないと確信した日の朝に。
あの日の、朝。
君は兵かテロリストか、暴虐を尽くした獣が置き忘れたナイフを手にした。
農機具小屋で震えているだけだった君が、溢れ返る鮮血の地で、ワン・イーゼンの名を、そしてその嗤う声を知った日の朝のことだ。
『これで良かったので? ミスター・ワン』
『なにを言いたい?』
『……あなたは……そもそも……』
『私に祖国はない。故郷もだ。これでいい』
君は小窓から殺戮者の背中を見ていた。街の誰よりも大きかった。彼らは楽しんでさえいた。
二足歩行の獣だった。その中心で泣いているようにも見えた、最も惨めな獣こそがワン・イーゼンだった。
…………続劇
<前回まで>
⇒国境線上の蟻 #1
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⇒国境線上の蟻 #6
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