「ジョニーたちが解き放たれる!」
「いやーん、行くわよー!」
別人格が憑依したかのように普段とは違う叫び声が放たれる。
その意外過ぎる第一声に客席は静まり返る、だがジョニーは気にもせず、あるいは気づきもせずに開放弦をストロークした、限界にまで上げた音量は空間を裂くノイズとなり、そして演奏が始まる。
「あのおバカ……誰がオカマしろって言ったのよ……。カマしてやれって言ったのよ私は……!」
誤解と奇行。素直すぎるジョニーの行動原理はいつも周囲に圧巻の溜息と失笑をもたらす。
開始直前のことであった、バンドと彼らのマネージャーであるまどかさんはひと塊りになっていた。
「いい? チャンスなのよ、一山いくらのインディーからメジャーに殴りこみをかけるチャンスなの」
野望を剥き出しにした両の眼が怪しく光る。
「な、殴り込み……そんな物騒な……」
「言葉のアヤだジョニー、ほんとに殴り込むわけじゃない……」
緊張からかヒラサワくんの額には汗が光る。すでに43歳、キャリアのある彼はこのバンドがゆく先を描いていた。
「思いきりカマしてやりなさい、ジョニー! 喜左エ門! モヒカンくん!」
……なぜ俺だけ名前じゃないんだろ……キャラが薄いのかな……天野くんがつぶやく。
「オカマする、かぁ……。よーし! オカマするぞ、みんな!」
「オカマじゃない、カマすんだジョニー!」
冒頭こそオカマしてしまったジョニーだが、そのあとは灼熱のパフォーマンスを繰り広げる、モッシュ、ダイヴが客席に起きる。
血液が沸騰し細胞が炎上してゆくような圧倒的な興奮と高揚、そして解放があった。
イナズマをマシンガンのように撃つ速射砲のようなコードストローク、大気が割れるような嗄れた叫び声。
地を這い、とぐろを巻きながら獲物を捕食する大蛇を思わせるベース。
一打ごとに破裂するダイナマイトのキックと跳ね上がるスネア。
ライヴハウスが戦場と化す、だが、誰を憎みもせずキズつくものもいない。何か途方もないエネルギーが炸裂していた、その発端はやはりジョニーである。
「ジョニー聞け。インディーとメジャーの違いなんてお前には分からないだろう……ごく簡単に言えば二軍選手が一軍に這い上がるチャンスなんだ、いまの俺たちは……」
「いままで二軍だったの俺たち……」
「一軍にはすげーヤツ、すげーバンドがいくらでもいる、俺たちはそこにゆくんだ、分かるだろう……?」
「ヒラサワくん……」
「ワクワクするだろう。もっともっとワクワクするんだ!」
「……ワクワク……。よーし!」
枷を食い千切ったオオカミのように、三匹はロックンロールを撃ち鳴らす。
遥か向こう側に広がる景色、それを手に入れるために……。
set list
セットリスト
⇒左利きのテディ
⇒フリックスター
⇒∞クラクション・アディクター
⇒親愛なる機関銃
⇒アグレシオン
⇒灰とシエラレオネ
<ロックンロールはオカマとは無関係に突き進む……>
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⇒前回までのおバカでおマヌケな三人衆。
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あの夏、ぼくらは流れ星になにを願ったんだろう……
流星ツアー(表題作を含む短編小説集)
あの人への想いに綴るうた