娘の中学入学を機に「いじめ」への視点を記そう♫
入学式の言葉には「いじめられる子がいないように、家庭からいじめる子をつくらないようにしよう」
学校の壁には「その言葉が一生の傷になる」
というポスターがあった。
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捉え方が対処療法(西洋医学)に似てると感じた。
加害を防ぐ。
善悪があり、悪をなくす。という概念。
もちろん対処も有効だし必要と思うのだけど、私は自己愛の観点をシェアします。
○加害者は自分で加害を止めれないほど心が荒れ痛んでいる。
加害したくなる心のケアをする。
○被害者は、加害する心と共鳴してしまっただけ。
傷ついた心は自分がケアできると知る。
自分を責める自分の心、自分の存在を否定する自分の心に温かな対処をする。
○責任の矛先を加害者、家庭、先生などに転嫁するだけでなく、事実を把握できる環境整備に意識を向ける。
事実には対処を、個々人の真実には理解をする。
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懐かしい記憶では、私も中学の時に1ヶ月半程、クラスや部活で仲良しだと思っていた人達から無視が続いた日々がある。
当時の関係者に加害意識があったかどうかは分からない。
当時の私は自分の真実と繋がっていて精神力が鋼だったので、被害立場だったとしても被害者意識にはならなかった。
ただ経験した。
人間関係は自己概念により、見え方や感じ方は多様だから、加害(悪)被害(可哀想)で括りたくない。
人は経験により磨かれていくと私は信じているので「いじめ」を子供達の人間関係の経験向上として捉える方が好み。
子供達にも大人達にも、まずは自分に優しく接する心が育まれますように♫♫♫