◎番外◎ ＜随筆＞珈琲あれこれ（其四）
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私の住む街の隣にあるＫ市は、江戸期から織物の街として栄えた商都で、産業が衰退した今でも商人達の気概溢れる面白い街である。坂口安吾が愛した鰻屋、某蒐集家のコレクションだけで成り立つ美術館、そしてムナカタシコウの巨大な壁画の残る路地裏の喫茶店、などなど、興味深いスポットだらけだ。
そんな街のはずれ、住宅街のひと隅に、私の好きな喫茶店がある。古い民家を改装しアンティークの家具で飾った店内は、少し暗めでしっとりとしている。そこでは驚くほど安価に、とびきりの珈琲とケーキを味わうことが出来るのだ。
そこで私は、これまた驚くほど簡単に、美味しい珈琲を淹れる方法を知った。
所謂プレス式（フレンチ・プレス）である。
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あれは或寒い冬の午後のことだった。
原因不明の諸症状に悩まされ、ドクター・ショッピングを繰り返していた頃、たまたまＫ市の某駅にほど近い某病院に行くことになった。その帰り、歩くのもしんどかったが、一時間以上ある汽車の待ち時間を持て余し、ヨロヨロと駅の周辺を歩き回る羽目になった。
ふと目についたのが、その喫茶店だった。そういえば珈琲を特集した某雑誌で読んだ...かもしれない...などとあやふやな記憶を掘り返しつつ、疲れた足を休めようと、私はおずおずと、店内に潜り込んだのである。
物の本には、プレス式はサイフォン式よりもさらに簡易で、かつ高度な技術を必要としない淹れ方と書いてある。そうなのだ。温めておいたプレス器に粗く挽いた豆を入れ、沸騰して少し冷ました湯を注ぎ入れ、スプーンで軽くかきまぜて全体をなじませる。蓋をして三～四分経ったらプレスすれば、はい、出来上がり。湯の注ぎ方もそう難しくはないし、豆を膨らませる工程もいらない。
私はその喫茶店に入るまで、プレスで淹れた珈琲など飲んだことはなかった。だから銀色のぼってりとしたフレンチプレスの器で「本日のコーヒー」が運ばれて来た時には、正直驚いた。ちょうど小さめのカップ三杯ほどの珈琲が楽しめるという。しかも四百円を切る値段！激安である。
ゆっくりとカップに注いでみる。やや濁った褐色の液体からは、香ばしい豊かな香りが立ち上る。ひと口啜ると、芳醇な豆の風味と香りが、ふんわりと口から鼻腔に充満してゆく。ナンダコリャと目を丸くして驚いた。
これほどまでに豆の個性を感じたことはなかった。「チョコレートのような」とか「フルーティーな」などと言われても、正直ピンとこなかったことが多かった。しかしここの珈琲は違う。際だつ豆の個性が手に取るように判る。普通は敬遠されると思われる粉っぽさも含めて、豆なのだ。珈琲は豆の汁なのだ！と、強く自覚させられる。そんな面白い、刺激的な珈琲である。
良質の豆の個性を楽しむならばフレンチプレスだと、とある珈琲「塾」が推奨している。この店の主もその考えに共鳴したらしい。そして、こんな田舎で（失礼）、驚くほどリーズナブルな価格で、良質な豆を使って美味い珈琲を提供している。
某病院に通うことはなくなったけれど、この店に通うのは、いまや私達夫婦の秘かな愉しみである。連れ合いは店主夫人の作るパンプキン・プリンに魅了されているので、私もそのご相伴に与ることが出来る。もちろん帰りがけには豆を買う。正直かなり高いので、どっさり買うわけにはいかない。だが、たまに夫婦揃ってのんべんだらりと過ごす午後などに、ここで買った豆をフレンチ・プレスで淹れて飲むのは、貧相な我が家において、最大の贅沢なのである。
photo by rick (flickir/jumped from igosso)
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でも、しかし、やはり、残念なことに、あの店で飲むほどに美味く感じることはない。いかに簡便な手法とはいえ、ひょっとして何か大きな秘密があるのではなかろうか。いろいろやってみたけれど、その秘密、コツというものが、私にはいまいちよく掴めない。
珈琲恐るべし。いやはや、なにごとも追究するとは困難な道である。
へなちょこな試行錯誤を繰り返しながら、今度はその秘密を、あの店でぜひコソコソと探ってみたいものだと、秘かに思うのだ。
おしまい
※ウレシイお知らせ！
いつもお世話になっている「さとる文庫」の もぐらさん が、「第三十五話 ＜詩＞ねこ と かうひい」を、朗読してくださいました！
はい、珈琲にまつわる詩でございます。
しっとりと、私のイメエジどおりに、読んでくだすっています。
ぜひぜひ、もぐらさんの「さとる文庫」当該記事 で、朗読をお楽しみくださいまし。
もぐらさん、ありがとうございます！<(_ _)>
いつも読んでくだすって、ありがとうございます
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