第二百七十六話 待つ | ねこバナ。

第二百七十六話 待つ

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おいらは待っていた。
八百屋の店先の、古いベンチにこしかけて。
しっぽをゆらゆら、ゆらめかせて。
じいっとだまって、待っていた。

早咲きのサクラのかおりが、おいらの鼻をくすぐったので、

「へっくちっ」

大きなくしゃみをしちゃったけれど。
おいらはまた、ゆっくり顔を上げて、空を見た。
そして、ずうっとだまって、待っていた。

   *   *   *   *   *

「こんにちは、ゲンちゃん」

となりのヨウコちゃんが、おいらをよんだ。
そうして、おいらをなでてくれたんだけど。

「なあに、どうしたのゲンちゃん」

おいらはずっと、待っていた。

「なんかいるの」

ヨウコちゃんも、おいらにつられて、空を見た。
朝日のまぶしい、空を見た。

「あ、へんなくもー」

コッペパンみたいな雲をゆびさして、ヨウコちゃんはそうさけんで、

「じゃあねー」

学校へと、かけていったんだ。

   *   *   *   *   *

「おう、ゲンタ」

向かいのじいちゃんが、おいらをよんだ。
そうして、おいらのとなりにすわったんだけど。

「なんだい、何かいるのかい」

おいらはずっと、待っていた。

「なんにも見えないけどなあ」

じいちゃんも、おいらにつられて、空を見た。
灰色がかった、空を見た。

「...ああ、そうだ、まんじゅう食べわすれとった」

ぽん、と頭をたたいて、じいちゃんはそう言って、

「ほんじゃな」

おうちへと、帰っていった。

   *   *   *   *   *

「あらあゲンちゃん、ひさしぶり」

うらのスナックではたらくアキちゃんが、おいらをよんだ。
そうして、うちの店で大根ひとつ買ったんだけど。

「どうしたの、そんな上ばっかり見て」

おいらはずっと、待っていた。

「...へんな子ねえ...」

アキちゃんも、おいらにつられて、空を見た。
雲がながれる、空を見た。

「田舎のかあちゃん、元気かなあ」

ふう、とため息をついて、アキちゃんはそう言って、

「さ、仕事しごと」

急いで歩いていったんだ。

   *   *   *   *   *

「おう、ゲンやい、どうしたんだい」

うちの父ちゃんが、おいらを呼んだ。
そうして、おいらの頭に手をのせたんだけど。

「今日はやけにおとなしいな」

おいらはずっと、待っていた。

「...ずいぶん、日が長くなったなあ...」

父ちゃんも、おいらにつられて、空を見た。
夕日でまっ赤な、空を見た。

「アツシんとこのメイも、もう小学生か...」

父ちゃんはそうつぶやいて、

「さてと...」

店へともどっていったんだ。

   *   *   *   *   *

「こらーゲン、おうちに入りなよ」

うちの母ちゃんが、おいらを呼んだ。

「ゲンってばー」

おいらはずっと、待っていた。

「どうしたっての、今日は」

むらさき色の、空を見ていた。
そうしたら。

きた。

空のむこうから、すいっと飛んできた。
今年はじめての、一羽のツバメ。
電線のあいだを、すいすい飛んで、
八百屋ののき先に、入っていった。

きた。きたぞ。
春がきた。

「ほらーもう、ゲン、いくよ」

母ちゃんがおいらをだっこする。

「にゃあおう」

ひと声鳴いて、母ちゃんのほっぺをなめて、おいらは教えてあげたんだ。
いつものとおりに、春がきた。
空のむこうから、春がきたよ。

「こらゲン、なめないでってばー」

そうして母ちゃん、空を見た。
星がまたたく、空を見た。

「あしたも、がんばろうかね」

母ちゃん、おいらにそう言った。

早咲きのサクラのかおりが、またおいらの鼻をくすぐって、

「へっくちっ」

大きなくしゃみをしちゃったけれど。
おいらはまた、ゆっくり顔を上げて。
星がまたたく、空を見た。

春がきた。



おしまい





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