第二百七十一話 猫の口入屋 | ねこバナ。

第二百七十一話 猫の口入屋

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大東京のド真中、萬世橋のたもとに、小さな祠が御座います。
其処を潜つて二町程進みますと、大きな店が見えて参ります。

「イラツシヤイ、イラツシヤイ」

猫の小僧さんが大きな声で呼ばわります。店の看板には、

「スグ親切紹介」
「労働猫省認定」
「奉公先急デ世話シマス」

などと書かれて居りますので、直ぐ判るかと存じます。
此処は猫の口入屋。老舗のチヅカヤで御座います。
今少しハイカラに申せば、職業紹介斡旋所といつた処で御座いませう。
江戸の昔から続く大店チヅカヤには、今日も大東京での職を探して、アチコチから猫達が集つて参ります。さうして大東京ぢうから、猫の色々な仕事の話が、舞ひ込んで来るので御座います。
安心確実な仕事から、チヨツト怪しい仕事マデ。
さてさて、今日はドンナ猫が、ドンナ仕事にありつくので御座いませう。

   *   *   *   *   *

「次のかた」
「はいッ」

店を仕切る雌猫オトミの声に元気よく応じましたのは、背筋をピンと伸ばした雄猫タロでございます。

「マア猫の癖に背が伸びて居るとはめづらしい。えゝとあんたは」
「自分はッ、帝都猫大学体育学科を主席で卒業いたしましたッ、タロと申しますッ。将来は御国の御為に尽くせればと、斯様に考へてをりますッ」
「ああもう、頼むからそうシヤチホコばらないておくれよ。此処は軍隊ぢや無いんだからね」
「ハイ失礼致しましたッ」
「ふうん、猫にしちやめづらしく、律儀さうな性格だね。で、あんたは何が出来るんだい」
「はッ、大学に於て、仔猫の成育に係るカツヲブシの物理的及心理的影響関係を」
「何だつて? あのねえ、其んなこたア此処ぢや何の役にも立たないよ」
「ハア」
「大学ハ出タケレド、ッてやつかねえ。学問以外で、あんたの得意なことは何だい」
「運動は得意でありますッ。鉄棒ではニヤツト空中三回転を我国で初めて成功させましたッ」
「何だい其れは。まあいい、体力に自信が有るのだつたら、えゝと...」

さうしてオトミは帳面を繰つて、暫く探してをりましたが、やがてペエジの端に目を留めますと、パチンと其処を叩きました。

「うん、是だね。ホラあんた、此処へ行つておくれ」
「は、此処とは」
「肥後国の根子岳に詣でる参拝猫達の添乗員サ。毎年バスに並ばせるのが大変なんだよ」
「成程ッ、整列ならば得意でありますッ。張切ッて一等元気に整列させて見せますッ」
「まあいゝよ程々で。ぢや頼んだよ」
「では失礼致しますッ」

さう云つて、タロは意気揚々と、仕事に向かつたのでありました。

   *   *   *   *   *

「次のかた」
「ハアイ」

艶ッぽい声で現はれたのは、スラリと長い尻尾を持つた三毛猫コマで御座います。

「あらァオトミ姐さん、又来たわよ」
「何だいコマかい、此の間紹介した乾物屋は何うしたンだい」
「それがサ、あすこの親父がサ、長い尻尾の猫はネズミを獲らないからって、あたしをいぢめるのよう」
「ほう、そんな迷信深い親父さんだとは思わなかつたがね。今流行りのサボタアジュぢやないだらうね」
「労働争議ぢやないんだから、其んな事しないわよう」
「さうかね、で、今度はどんな仕事がしたいンだい」
「あのねえ、あたしねえ、キヤフエーとか劇場とか、さういふ現代風の処で働き度いわ」
「は、何を云ひ出すかと思へば」
「だつて素敵ぢやない」
「其んな処に猫の働き手が有るもんかい」
「さうかしら」
「マア探しては見るけれどね...」

さうしてオトミは帳面を繰つて、暫く探してをりましたが、やがてペエジの端に目を留めますと、フウムと其処を見つめました。

「おや、こんなのがあるよ」
「どれどれ」
「横濱からヨオロツパ行の船に乗るのさ。船倉のネズミ獲りが本職だがね、船内では自由に動いて良いさうだよ。其処にはキヤフエーもあれば劇場もある。ちいと覗いたつて怒られないだらうさ」
「マア素敵」
「あんたが三毛猫で良かつたよ。三毛は航海の守り神として有名だからね」
「矢張あたしの魅力の御陰ね。有難うオトミ姐さん」
「船酔ひには気を付けるんだよ」
「えゝ、ぢや御機嫌良う」

さう云つて、コマは長い尻尾を揺らして、機嫌良く横濱マデ出かけたのでありました。

   *   *   *   *   *

「はい次のかた」
「へ、へいへい」

次に現はれたのは、上方訛りの猫デンスケです。

「あのう、仕事を探してるンやけども」
「お前さん、何が出来るんだい」
「何て、せやなあ、何やろなあ。飯はようけ食へるで。三ニャン前は朝飯前やな」
「大飯食ひは好かれないよ」
「さよか。ほな、一日中寝てられるで。寝付いたら次の昼までは絶対起きひんからな」
「グウタラな奴も勘弁願ひ度いね」
「あとは...うゝん、何があるかなあ」
「ぢや、ネズミ獲るのは得意なほうかい」
「イヤ、狩りは苦手やねん」
「苦手ッて、少し位ひは獲れるんだらうね」
「イヤア、生まれてこのかた、掴まへられた試しが無いわ」

オトミは呆れて、ヘエと声を挙げました。

「何だいだらしの無い。大飯食ひで寝坊助で、其上ネズミも獲れない猫なンか、雇つて呉れる処が有るもんか」
「其んな殺生な。此処なら何とか成るかも判らんて云はれて、遙々上方から出て来たんやで。何とかしてえな」
「何とも成らないね」
「袖振り合うも多生の縁て云ふやんか」
「其んな言葉は知らないね」
「つれない事云はんと。ナア頼むわ」

ぱんぱん、と拝み倒されて、オトミはふうと息を吐き、ブツクサ云ひ乍ら帳面を繰つて居りました。

「全く近頃の若いもんは...おや、さうだね」
「ど、どないしたんや」
「是なら、あんた、何とか成るかも知れないね」

オトミの言葉に、デンスケはホゝウと声を挙げて喜びます。

「どこ、なあそれは何処やねん」
「落着きなさいな。ハチオウジのイナリ神社つて処だよ」
「ハチオウジ?」
「其処でオイナリさんの眷属になる猫を募集して居るね」
「オイナリさん? ケンゾク?」
「神様のお使いになれッて事さ。三食昼寝付、住処も立派な祠が有るとさ」
「おお、そらえゝわ」
「気に入つたかい。ならサッサと行つとくれ、向うは早く来て欲しいとさ。さあ」

オトミはさう云つてデンスケをせき立てます。するとデンスケは、眉を顰めてかう云ひました。

「何か怪しいな。危険な商売とちやうやろな」
「危険ぢや無いさ。疑うなら他を当たつとくれ」
「ううむ、さう云はれると弱いわ」
「直ぐ其処の萬世橋駅から電車に乗つて行くんだよ。是が紹介状。サア行つた行つた」
「えッ、それだけかいな」
「はい次の方ドウゾ」
「うわああああああ」

押寄せる猫達の波に揉まれて、デンスケは外にハジキ出されて仕舞ひました。

「ヤレヤレ、漸く決まつたよ」

オトミはホツとした顔で、帳面に「済」の判子を押しました。

   *   *   *   *   *

さて、その後タロ、コマ、そしてデンスケは何うなつたでせう。
チヨツト覗いて見ることに致しませう。

「整列ッ、番号!」

タロはバスのまへで、一等元気に声を挙げますが、

「ナニやつてるのお兄さん」
「其んな事してないで、サアなまり節でもおあがンなさいな」

根子岳への参拝猫達は、一向に並ぶ気配が有りません。
だらりダラリと丸まつて、日向ぼつこをしてをります。

「ムムム、是はいかん。参拝猫の規律といふものが」
「猫に其んなもの有つてたまるかイ」
「おうバスが来た」
「サア出発だ」

さう云つて猫達は、押合ひヘシ合ひ、バスに乗込んで行きました。

「ウワア、押さないでおさないでッ」

タロは猫達の波に呑まれて、到頭ぎうぎう詰のバスに連込まれ、肥後国へと旅立つて行きました。
さぞ不本意な事であつたでせう。

   *   *   *   *   *

さてコマはと云へば。

「はあ、キヤフエーもレヴユウも飽きたわねえ」

大きな客船の梁のうへで、だらりと横になつて寝てをります。

「オー、ヂヤパニイズ、キヤツト、ワンダフル」

と、外国人のお客がコマを見つけて、喜んでをります。

「ネエあんた、何時になつたらマルセイユに着くのか知らん」

コマは先輩猫にたづねますと、先輩猫、髭をひねつて云ひますには、

「さうだね、あと一と月半ッて処かね」
「其んなにかゝるの。あゝ、あたしはモウ駄目。早く帰り度い」

げんなりしてコマは云ひました。
何事も、全て上手くは行かないもので御座います。

   *   *   *   *   *

さて、電車に乗つて、ハチオウジ迄やつて来たデンスケは、とぼとぼとイナリ神社に向ひました。
       
「あゝ、此処やな」

古ぼけたお社の前には、毛むくぢやらの、大きな猫が居りました。
デンスケを見つけると、猫はムフと笑つて云ひます。

「ホウお前さんかね、チヅカヤが紹介して呉れたのは」
「ヘエ」
「アア良かつた。是で儂は漸く隠居出来ると云ふもンだ」

さうして猫は大きく息を吐き、デンスケを見てフウムと唸ります。

「成程、儂が所望したとほりの猫ぢやな」
「ヘエ?」
「お前さん、狩りは苦手ぢやな」
「ヘエ」
「大飯食ひで、昼寝が大好きぢやな」
「ヘエ」
「其れは重畳。お前さんは此処にピツタリぢや」
「あのう、わての仕事云ふんは、何やろか」

デンスケは心配になつて聞きかへします。すると猫はノンビリと説明を始めました。

「大した事ぢや無い。此処に来る人間共の願いを只聞く丈け」
「只、聞く丈け、かいな」
「さうだ。此処に居れば願ひを叶へられる神通力が、チヨビッとは授けられるからの」
「ハア。あの、何でわてら猫なんやろか。オイナリさんやのに」
「最近は養蚕が当たるやうにと願ひに来る輩が多くての。稲荷神さんも眷属のキツネ共も忙しいから、ソツチまで手が回らない。で、儂等猫の手も借り度いと、さういふ訳ぢや。現代風に云へばサイドビヂネスぢやな」
「ハア」
「食ひ物は神社の神主が毎日呉れるし、社と祠も使い度い放題。どうぢや」
「ヘエ」

此処でデンスケ、或事に気が付きました。

「ほんで、わては、何時まで此処に居ればえゝんかいな」
「さうだな、まあザツと三百年」
「さ、三百年!」

デンスケは仰天して、大きな目をぱちくりさせました。

「其んなに、わて、生きてられへんわ」
「心配せんでも大丈夫ぢや。此処に居れば死ぬ事は無いからの」
「ぢゃ、あの、あんさんは、どの位ひ此処に居るんや」
「フウム、儂は百二十年と三ヶ月ぢや」
「ヒヤア」
「然しのう、儂は飽きて仕舞つてのう。三食昼寝付はモウ沢山ぢや。見た処、お前さんには素質が有る。三百年位ひ訳無く過ぎて行くぢやろうて」

ムフフと猫は含笑いをし、

「では、宜しくな」
「エッ、チヨツト待つて」
「さらばぢや」
「うわあ」

ゴウと旋風が起こつたかと思ふと、跡形も無く消えて仕舞ひました。

「此処で三百年、かいな」

デンスケは改めて、周りを見回して溜息をつきました。が、

「...まあエエわ。何とかなるやろ」

と、大きなおなかをポンと叩き、お社の中へ、のそりと入つて行きました。
とまれ、怠け猫のデンスケも、かうして仕事にありついたのでありました。
是が世に云ふ、ネコイナリで御座います。

   *   *   *   *   *

サテサテ。

「イラツシヤイ、イラツシヤイ」

猫の口入屋チヅカヤは、今日も元気に商売繁盛。
親切に奉公スグ紹介。怪しい仕事も多々有れど、猫の仕事はお任せを。

皆様の家に居る猫も、若しかして、イヤ若しかして。
オトミの計らひで、今其処に居るのかも知れませぬ。
コツソリ訊いて御覧なさい。キツト、そつぽを向いて、知らぬ振りを決込む事で御座いませう。



おしまい





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