第二百六十話 スーパー猫ポイント | ねこバナ。

第二百六十話 スーパー猫ポイント

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「今週は帰れない またメールする」

こう妻に送信した。十秒後の返信は、

「了解」

の二文字。
判っちゃいるが、やはり味気ない。俺は暗闇に向かって、白い息を吐き出した。
単身赴任生活も二年を過ぎると、お互い面倒なことは切り捨ててゆく。一人娘のこととなれば別だが、それ以外のことは至って無味乾燥にならざるを得ない。
娘は今年中学生になる。せめて入学式くらいは出たいと思う。だが先のスケジュールは全く判らない。仕事に追いまくられる毎日が、俺と俺の家族との距離をどんどん広げてゆく。

歩道にうっすら降り積もった雪の上に、二人分の足跡がついている。
その先を見ると、小さな女の子と、その手を引く父親の姿があった。
空から落ちて来る雪の粒が大きくなって、俺の視界を、隠していった。

  *   *   *   *   *

古くて寒々としたアパートの部屋に戻るのは毎日億劫だ。
かといって、会社の若い連中と飲みに行くのもためらわれる。騒いで帰っても、余計虚しくなるからだ。
足取りは重い。自然とあちこち立ち寄って、余計な買い物をしたくなる。
そうだ、確かこの近くに、まだ寄ったことのない、古びたスーパーがあったはずだ。
こんな日は、何か出来合の惣菜でも買って帰るか。俺はそう決めて、大通の歩道から外れ、街灯が瞬く細い道へと足を進めた。

住宅街の陰にひっそりと建つ、こぢんまりとしたスーパーマーケット。
「スーパー ちぐら」と、くすんだ赤い文字で書かれた看板が、いかにも古風なトタン屋根に乗っかっている。
もう夜八時を回ったというのに、意外にも賑わっているようだ。俺はコートの雪を払って、のそりと店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませえ」

大きな声が飛んで来る。
さほど広くない店内には、十数人の買い物客と、紺色のエプロンをした店員らしき人々が行き来していた。店員のエプロンには、でかでかと猫の顔が描かれている。
ぺちゃくちゃお喋りをする中年女性達の脇をすり抜け、惣菜コーナーを見てみる。時間が遅いせいだろうか、商品はふたつだけだ。迷う必要もないので、俺はその「おかかおにぎり」と「小松菜のチュー華炒め」を取り、駕籠に入れた。
そうそう、野菜も買い足しておこう。確かもうネギがなかったはずだ。野菜コーナーへ足を向けると、これまたやけに品数が少ない。じゃがいも、にんじん、大根、小松菜、そしてサラダ菜があるだけだ。

「あのう」

すぐ近くにいた店員に訊ねてみた。

「はい?」

恰幅のいい、少し髪の毛の後退した男性店員は、血色のよい顔を向けた。

「すいません、ネギはどこでしょうか」
「は? ネギですって?」

店員は眼を真ん丸にして俺を見た。

「ネギなんかありませんよ。そんな身体に悪いもの」
「身体に悪い?」
「そうですよ。中毒になったらどうするんです」
「中毒、ですか」
「ええ。だからうちにはおいてません」

ネギで中毒になるなんて、聞いたことがない。しかし店員は至って真面目な顔で言うのだ。

「あ、じゃあ玉ねぎは」
「そりゃあもちろん」
「もちろん」
「ありませんとも! うちはお客様の健康サポートをモットーにしてますからね。そんな危険な商品を置くはずがないじゃありませんか」
「はあ...」

なんとも不思議な物言いだ。

「じゃあ、この中華炒めには、ネギは入ってないんですね」
「当然ですよ。丸鶏スープに新鮮な小松菜、それにネズミ肉しか使ってません」
「ねっ、ね、ネズミ!」

俺は仰天した。ネズミだって。

「そうですよ。ほらちゃんとチュー華って書いてあるじゃないですか」

そんなこと言われても。

「ネズミなんて、く、食えるんですか」
「あれお客さん初めてですか? まあ無理もないですねえ。最近はネズミなんか獲らなくっても十分おいしい食事が...」
「は?」
「でも大丈夫です! これはね、南米のコロンビアから輸入した新鮮なネズミを使ってます。清潔な環境で食用に育てられたものですから安心・安全ですよ。そこいらのドブネズミなんかとは違います」
「はあ...」
「騙されたと思って一度食べてごらんなさい。そこらの鶏肉なんかよりずっと美味いですよ」

満面の笑みでそう言われては、棚に戻しに行くわけにもいかない。俺は観念して、この不思議な食い物を食してみることに、決めた。

  *   *   *   *   *

「毎度ありがとうございまーす」

若い女の子の店員が、てきぱきとレジを打つ。今どき手で打つのは珍しい。興味津々で見ていると、

「ポイントカードはお持ちですか?」

と聞かれた。もちろん持っていないのでイイエと応える。

「じゃあお作りしますね」

俺は慌てて、

「いいえ、結構です」

と言う。行く店行く店でカードを作られるのは、正直面倒臭いのだ。
すると。

「えっ」

女の子が仰天して俺を見る。

「ええええっ」

後ろに並んでた中年女性も。

「うそでしょ」

帰ろうとしていたケバいお姉さんも。

「まさか」

トレンチコートを着た渋い男も。
みんな俺を見ている。
信じられないという眼つきで。

「あっ、あのう」

俺はどきまぎして、うろたえた。

「あんた、カード作らないなんて、もったいないよ!」
「そうですよう」
「ほんと、もったいない」

あちこちから非難の声があがる。
なんでこんなに責められなきゃいかんのだ。

「べっ、別に必要ないですから、たかがポイント」
「たかが!!」

トレンチコートの男が、怒ったような声で叫ぶ。

「ここのポイントはね、ただもんじゃないよ」
「そうだよ。こんなにお得でこんなに役立つのに」
「じゃあ、そのポイント俺にくれ!」

後ろからおじいさんが割り込んで来て、俺にカードをつきつける。

「うわ、ちょっとやめてください」

俺はその手を振り払い、眼を見開いたままの女の子に、訊いてみた。

「あの、ここのポイントっていったい...」
「あ、ご存知ないんですか! すいません失礼しました」

女の子はすらすらと説明しだした。

「当店のスーパー猫ポイントは」
「ねこポイント」
「はい。お買い物百円ごとに一ポイント差し上げております。百ポイントたまるごとに、お買い物券もしくは猫特典サービスと交換できます」
「ねことくてん?」
「全身グルーミングサービス、のみとりサービス、近所の土管まる一日占拠サービスの三種類からお選びいただけます」
「はあ...」
「そして、毎回お楽しみビッグチャンスがございます。お買い物の際にポイントカードをご呈示いただきますと、毎日一名様に、すてきなプレゼントが当たるんです」
「へえ」
「これを楽しみに来られる方が多いんですよ~。ぜひぜひご利用くださいませっ」

と、女の子は俺にカードを差し出す。

「本日からお使いいただけますっ」
「はあ...」

ここまで勧められたら、というか、責められたら、貰わないわけにはいかないだろう。

「じゃあ、はい、いただきます」
「毎度ありがとうございまーす」

女の子は甲高い声でそう言い、レジに付いているカードリーダーらしき機械に、しゃきんとカードを通した。

「689円でーす」
「は、はい」

支払いを済ませると、がたがたとレシートがレジから出てきた。
すると女の子は、目と口を大きく開いて、

「おおおおっ、おめでとうございます!」

と叫んだ。

「は?」

何がなんだか判らない。

「本日のお楽しみビッグチャンス、当選でございま~す!」
「うおおおおおおおおおおおお」

周りから歓声と拍手が巻き起こる。

「すげえ」
「いいなああああ」
「うらやましいいい」

俺は。
ぽかんと立ちつくしたままだ。

「あ、あの...」
「お客さん、すごいですねえ。初めてのご利用で当選なんて!」
「はあ」
「さて、では、ビッグチャンスの景品です。三つの中からお選びください」

すると、大きな箱を抱えた三人の店員が、俺の前にずらりと並んだ。
なぜかその三つの箱に、スポットライトが当たっている。

「まずひとつめ! 何でもひとつだけ、ちいさな願いがかなう、ネコイナリ神社のお守り」
「おおおおおお」

周りからため息が洩れる。何なんだ一体。

「ふたつめ! アイドル猫キャサリンのサイン入りブロマイド」
「ああああああああ」
「そしてみっつめ! 夢の猫島へ二泊三日ご招待!」
「うおおおおおおおお」
「さあ、どれになさいます?」

ずい、と三つの箱が、俺に差し出される。

「やっぱキャサリンでしょ」
「いんやお守りだなわしは」
「何いってんの、猫島に決まってるわよ」

外野がやけにうるさい。それに俺には、どれがいいのかさっぱり判らない。

「さあ」

女の子は興味深げに俺をじいと見る。眼の奥が金色にきらりと光った。

「え、ええと」

アイドルには興味ない。旅行だって、ひとりで行ってもつまらない。ならば。

「じゃあ、お守りで」
「うおおおおおおおお」

またしても歓声。どうしてこんなにリアクション大きいんだここの客たちは。

「はい、ではどうぞ、お受け取りくださ~い」

差し出された箱の中にあったのは、赤い縮緬でくるまれた、小さなお守りだ。
俺がそれをつまんでしげしげ眺めていると、

「あの、願い事は、今すぐ念じてくださいね。ちいさな願い事ですよ。でっかなことはだめですよ」

と女の子が言う。

「今すぐですか」
「はい。時間が経つと、だんだん効力が薄れるんですよ」
「はあ」

何にしよう。どんな願いにしよう。
日々忙しすぎて、願い事なんて、考えたこともなかった。
どうしよう。

ふいに頭に浮かんだのは。

俺を見て笑う、娘の顔だった。

そうだ。

「じゃあ、ええっと...」

念じようとしたその瞬間。

「たいへんだっ! ボスが来たぞ」

と、誰かが叫んだ。

「えっ」
「犬のボスが来た」
「やばい、みんな逃げろ-!」

怒号と悲鳴が飛び交う。客どうしが押し合いへし合いを始める。

「うわっ、ちょっとおさないで」
「たすけてー」

どんどんがらがらがらがらががら

何かが崩れる音がする。

「いやああん」
「こらなにすんだ」
「ふぎゃーーーーー」
「うみゃーーーーー」

へんな鳴き声が。

「ぎゃわーーーーー」

「わんわんわんわん!」

ぶつん。

辺りが真っ暗になって。
俺は突然、何かに掴まれて、放り投げられた。

「うわ、うわあああああああああああ」

  *   *   *   *   *

「あいたたたたた」

気が付くと、俺は道のまん中で大の字になっていた。
腰やら腕やらを打ったらしい。あちこちの痛みをこらえて立ち上がる。

「...あれ?」

俺がいたはずのスーパー。
電気がこうこうと点いていたスーパーは。
どうしたことか、廃屋同然に、朽ち果てていた。

「わん、わん」

その前で、野良犬が一匹吠えている。
まさか夢でも見たのか、俺は。

ふと、手に持っているビニール袋を見てみる。
その中には。

「おかかおにぎり」
「小松菜のチュー華炒め」

げげっ。あるじゃないか。
それじゃあ、あの店は。

ぶるるるるるるるるるるるる

携帯電話が震えた。
電話を開くと、メールが一通、届いている。

「ああ」

開いてみる。

「パパ 来週帰ってきたら 作ってあげる いっしょに食べようね」

娘からのメールには、一枚の写真。

娘の笑顔と、大きなクッキーが。
猫の形をした、チョコクッキーが、写っていた。

「...小さな願い事、か」

俺は携帯電話と。
赤いお守りを握りしめて。

少しだけ、泣いたのだ。



おしまい




※ もぐらさん、ネタいただきました。ありがとうございます<(_ _)>


$ねこバナ。

いつも読んでくだすって、ありがとうございます



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