第二百四話 江戸っ子猫 其二
※前回 第二百三話 江戸っ子猫 其一
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「ふあぁ、よく寝たぜぇ」
おいら、大きな欠伸をして、むーんと伸びをして、起き上がった。
「おら、サマンサ、いつまでも寝てねぇで、さっさと起き...」
「起きてるよ」
サマンサの奴、ちゃっかり大八車の車輪の上で、おいらを見下ろしてやがる。
「...」
「ずいぶんゆっくりだわねえ」
「う、うるへいっ、寝る子は育つってなぁ、昔っから言うじゃねえか」
「もうおじさんなのに...」
「口ばっか達者で小憎らしい奴だなおめぇは。半ニャン前なら半ニャン前らしくしろってんだ」
「はぁい」
「おぅし、じゃあ行くぞ、しっかりついてきやがれ」
そうして、おいらとサマンサの、長屋巡りは続いたってわけだ。
* * * * *
「いいか、ここはな、この長屋でもいっちばん注意しなきゃあなんねえ場所だ」
そう言いながら、おいらはサマンサを、長屋の一番奥まった場所に連れてった。
「どうして? 静かそうでいいところじゃない」
サマンサの奴、何も知らねぇで呑気なことを言いやがる。
「まぁ、そんなことを言ってられるのも今のうちだぜ。此処に住んでやがるのはとんでもねぇ...」
と、おいらが説明しようとしたときだ。
ばたん。
「あ、クマだー!」
「くまねこー」
「ばぶー」
「うわっ」
勢いよく戸が開いて、中から現れたのは。
此処に住む、悪ガキ三人衆だ。
「なんだ子供じゃない」
「お、おめぇなんでそんなに落ちついてられんだ。ガキ共ってなぁ、手加減を知らねぇから怖ろしいんじゃねえか」
と、おいらが言うが早いか、
「クマー遊ぼうよー」
「ねこくまー」
「ばぶー」
ガキ共が突進してきやがった。
「ふぎゃっ! さ、サマンサ逃げろ!」
と叫んで脇を見ると。
「あれ?」
「こっちだよー」
「あっ! いい何時の間に!」
サマンサめ、角の水桶の上んとこに、ちゃっかり避難していた。
「逃げるなら逃げると言いやがれ!」
「だってそんな暇ないよう」
「そんな暇って、う、うわあああああ」
ばふっ
いきなり頭から袋を被せられて、おいら不覚にも、腰を抜かしちまった。
「クマつかまえたー」
「まえたー」
「ばぶー」
袋の上からおいらを、6つの手がなでまわし、叩き、ふん掴む。
おいら、どうしていいかわからず、おたおたと慌てるばっかりだ。
「いっくぞー」
「わーい」
「ちゃーん」
一番上のヒデ坊が、おいらの入った袋を、ぶんぶん回し始めた。
「うわ、こらなにしやが、ひ、ひえええええええええ」
ぶん、ぶん、ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん
「おりゃ~~~~~」
「わーいわーい」
「ばぶー」
「あ」
どうなったのか判らねぇ。
ただ判っているのは。
おいらの入った袋は。
とんでもねぇ速さですっ飛んで。
ばりばりーん
「うわああ、やっちゃった」
「ちゃったー」
「...」
「こらっ! どこの悪ガキだい! こんな袋をうちに投げ込むのは!」
「にげろー」
「げろー」
「ばぶー」
「まったく、あとで文句言ってやらなきゃ...あれ、こりゃあ何だい」
おいら、天と地がひっくり返ってぐるぐる廻ってた。
そうしたら、袋の口が開いて、でっかな顔の女が、おいらを覗き込んだんだ。
「ひっ」
やべぇ。
こいつは悪ガキ共より、もっとたちが悪い。
こいつは。
「ひゃあああああああああああ」
猫嫌いで有名な、留吉のおかみさんの、ウメだ。
「ねねねねね猫いやあああああああああ」
ウメは、深川じゅうに響きそうな叫び声をあげたかと思うと。
「のわああああああ」
おいらを袋ごと、外にぶん投げた。
どしん。
「いってえええええええ」
板塀に思いっ切り叩き付けられて、おいらはもうふらふらだ。
「クマ、だいじょうぶ?」
おいらを覗き込むサマンサの顔が、みっつに見える。
そのまわりを、星がちかちか飛んでやがる。
「ねえ、だいじょうぶ?」
「くっそう、お、おめぇは逃げ足のはえぇ奴だな」
「ふらふらだねえ」
「な、何を言いやがる! こんなもん、か、蚊トンボに触られたくれぇのもんよ」
「そうは見えないけど...」
「おうっ、さ、さあ行くぞ! こんなところで油売ってられねぇからな」
と、おいら、もつれる足を必死に前に出して、サマンサの前を歩いたんだ。
途中、何度か気がとおくなったけどな。
* * * * *
「ここが、おいら達長屋の猫の、寄合所だ」
おいらはサマンサを、物置小屋の陰に連れていった。
「おやクマじゃねえか。あれれ、こいつぁ珍しい」
「かわいい子連れてるねえ、どうしたんだい」
書生の居候タマと、縮緬問屋の肝っ玉猫ミケが、おいらを冷やかした。
「五月蠅ぇ野郎共だな。こいつはサマンサってんだ。しばらくご隠居のとこで暮らすことになるんでな。紹介しようと思って連れて来たって訳よ」
「へええ、俺はタマってんだ。よろしくな」
「あたいはミケ。困ったことがあったらなんでも言いな」
「どうもありがとう」
サマンサはぺこりと頭を下げる。
「それにしても、見慣れない態だねえ。お前さん、舶来猫かい」
とミケが訊く。
「ううん、よくわかんない」
「何処から来たのかも判らねぇのか」
「うん...」
タマの問いに、サマンサはうなだれた。
「まだ小さいしねえ、無理もないか」
「そうだなあ」
おいらは口を挟んだ。
「まあいいじゃねえか。何処から来ようがどんな態だろうが、猫は猫だ。な。しばらく仲良くしてやってくれや」
「おう」
「あいよ」
気のいい二匹の猫は、そう請け合った。
その時。
「おらおらおらああああ」
長屋の路地の向こうから、ドスの利いた声が響いてきた。
「あ、あれは!」
喧嘩には滅法弱いタマが、毛を逆立てた。
「あんちくしょう、また来やがった」
百戦錬磨のミケが、眉間に皺を寄せた。
おいらもすぐ判ったぜ。
ひゅるるるるるるる
一陣の風が路地を吹き抜ける。
軒先の七夕飾りがひらひらとなびく。
土埃が舞って、辺りは茶色く濁る。
その向こうからやって来たのは。
「どけどけどけい、親分さんのお通りだい」
二匹の子分を従えた、ヤクザ猫のモンジだ。
ちくしょう、何だってこんな時に。
おいらは、ほとほと困っちまった。
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