第百九十三話 ツクモとコトラ、空をはしる...F/「駅長猫コトラの独り言」
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「こんにちは」
「ぬぁ？」
いきなり声かけられて、わし、びっくらこいて起きてしもうてん。
わしな、吉ヶ原駅の駅舎の前で、箱に入ってな、昼寝してるとこやったんや。
助役猫のホトフもな、ベンチの上で、ぐうぐう、寝てたんや。
ゆっくり目を開けたらな。
「こんにちは」
まんまるな目で、おかっぱ頭の、女の子や。
クリーム色のシャツに、真っ赤なオーバーオールを着た小さい女の子がな。
わしに向かって、あいさつしとるんや。
「こ、こんにちは」
わしも、あいさつしたったけどな。
なんか不思議やわ。
なにが不思議って。
「そこで、なにしてるの」
「見たらわかるやろ。昼寝や。昼寝」
って、ちょい待ち。
「な、なんや。わしの言葉がわかるんかいな」
わしは箱から飛び上がるほど、びっくらこいたわ。
そらそうやで。そんな人間、おらんもんな。
「うん。わかるよ」
「すごいなあ。感心するわ」
「えっへん」
その女の子は、腰に手を当ててな、えらそうにしよったんや。
「自分、どっから来たん」
「あたし？ あたしはねえ」
女の子は、きょろきょろ辺りを見回しよる。
「えへへ、ないしょ」
「ないしょかい。名前は」
「ツクモ」
「へんな名前やなあ」
「そうかしら。コトラだってちょっとへんな名前よ」
「へっ」
わしはまた、びっくらこいたわ。わしの名前知ってるなんてな。
「おひるねばっかりしてるの？」
「何ゆうてんの。わしはな、駅長猫やで」
「駅長猫」
「そう駅長猫や。猫駅長とちゃうで。猫の、駅長、やなくて、駅長のしごとをしてる、猫なんやで」
「ふうん」
「わかるか」
「なんとなくね」
女の子は小首をかしげてな、わしをじいっと、見たんや。
不思議な子やなあ、て、わしは思ったんや。
明日は、片上鉄道の展示運転の日や。今日は保存会のみんなが、いっしょうけんめい作業してるんや。
でも、そんな日に来てもなあ。列車には乗られへんのになあ。
「ここ、座ってもいい？」
「あ、ああ」
女の子、ツクモちゃんはな、わしとホトフの間に、ちょこんって、座ったんや。
そうして、じいっと、保存会のおっちゃんたちが作業してんのを、見てるんや。
「あした、動くんだもんね」
「え」
「列車は、あした動くんだもんね。楽しみねえ」
うれしそうに、ツクモちゃんは言うんや。
「楽しみやったら、明日来たらええのに」
「いいの。だいじょうぶだから」
何が大丈夫なんか、わしにはわかれへん。
けどな。
ツクモちゃんはな、ほんまに楽しそうにしててん。
わくわくして、身体をゆすってな。
今にも走り出しそうやった。
「コトラ、小休止やで」
保存会のおっちゃんたちが、保線業務から戻ってきてな。
わしの頭をなでてくれてん。
「おっちゃん、この子がな、この子がな」
わしはおっちゃんたちに、ツクモちゃんを紹介しょ、思たんやけど。
「あれ？」
おっちゃんたちは、ツクモちゃんのこと、見もせずに、駅の中へ入ってしもうた。
「なんで？ なんで？」
子供のお客さんが大好きな、おっちゃんたちやのに。なんでやろ。
「見えないんだよ」
「へ？」
わしは、ツクモちゃんのほうを見た。
ツクモちゃんはな。
にっこり笑ってんけどな。
身体が、ふわふわ、浮いててん。
「うわっ、ちょ、どないしたんや」
「ふふふ、コトラにはおしえてあげようか」
ツクモちゃんはそう言ってな。ふわりと浮かんだまま、線路の上に立ったんや。
「あたしはツクモ。ツクモガミにはまだなれないけど、いっしょうけんめい修業中なの」
「は、ツクモガミ」
「そう。人間に使われた道具はね、百年たつと、ツクモガミになるの」
「ほへえ」
「あと十四年かかるから、それまであたしは、半人前なの」
そんなもんがおったんかいな。知らなんだわ。
ツクモちゃんはな、ホームと線路の上を、ふわふわ、ふわふわ行ったり来たりしながら、楽しそうにしゃべってたで。
「ああ、あしたが楽しみ。あしたが楽しみ。待ちきれない」
そうして、くるりとわしの方を振り向くとな。
「そうだ」
大きな声で、言ったんや。
「コトラ、ちょっと走ろうよ」
「へ」
「ほら、おいで」
ツクモちゃんは、わしを抱き上げてな。
帽子をとって、ヘルメットかぶしてな。
明日の展示運転を待っている、キハ３０３の中へ、連れて行ったんや。
ずうっと昔から走ってる、古い車両なんやで。
「おいおい、勝手に乗ったら、怒られるで」
「だいじょうぶ」
ツクモちゃんは自信たっぷりにそう言ってな。
ぱちん、と指を鳴らしたんや。
がたん。
ごとん。
がたん。
ごとん。
「うわ、動いてる」
がたん。
ごとん。
「うふふふ」
がたん。
ごとん。
がたんごとん。
がたんごとん。
がたんごとんがたんごとん。
「ええっ、ちょっ、どこ行くんや」
「あすこ」
ツクモちゃんは、指さした。
それは、お空にぽっかり浮かんだ、雲の上やった。
「う、うわああああ」
きれいに整備されたキハ３０３はな。
ツクモちゃんとわしを乗せてな。
ホームを、がたごと、すううううっと、出ていったんや。
そうして。
しゅうううううううううううう
きらきら光る線路を走ってな。
ずんずん、お空へ向かっていくんや。
「うわあ」
わしな、生まれて初めてやった。
お空の上から、下を見るなんて。
鉄道の線路が、しゅうって遠くまで伸びている。
駅や、たんぼや、山々や、川や。
いろんな、わしの大好きなもんが、いっぺんに見えるんや。
みんなが大好きな鉄道が、街が、いっぺんに見えるんやで。
「さあ、いくよ」
ツクモちゃんは、元気よく言うたった。
わしにはな。
真っ赤なオーバーオールが、いさましゅう見えたんや。
しゅうううううううううううううう
キハ３０３はな。
雲を突き抜けて。
高あくお空を駆けてってん。
遠くに、むくむく、大きな雲が見えるしな。
反対側の遠くには、きらきら海が見えるしな。
わしはびっくらして、目をぱちくりさせたんや。
ヘルメットが飛ばされそうなくらいにな、スピードが出てるんやけどな。
わしはびっくらして、うれしくて、なんだかうきうきしてたんや。
「楽しいなあ」
「楽しいでしょ」
わしは、どんどん後ろに流れていく雲を見てたらな。
頭がぼんやりしてきてん。
「ふああ、な、な、何やろ」
「コトラ、あしたもよろしくね」
そんな声が聞こえたと思ったらな。
わし、なんか、鼻がむずむずしてきてん。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「へっくちっ」
わしな、思いっきり、くしゃみしてしもうてん。
「ほえ、こ、コトラどないしたん」
ホトフがな、びっくらこいて、起きてしもうてん。
「へ、あ、あれ？」
わしはあたりを見回したけど。
ツクモちゃんはいない。
それに、わしはもといたベンチの上で、箱におさまってるしな。
「夢なんかなあ」
「え、何が何が」
ホトフは興味津々で、わしをじっと見てるんや。
「おかしいなあ。あんなあ、ツクモちゃんがなあ」
「ツクモちゃん？」
わしがホトフに、話したろと思ったらな。
「おいコトラ、キハ３０３の中に、お前のひげが落ちてたで」
って、おっちゃんが、わしのひげ、持って来たんや。
「いつの間に乗ったんやコトラ」
おっちゃんはそう言って、わしの鼻を、ひげでちょいちょい、くすぐるんや。
「えっ。わし知らんよ。知らん...」
ああ。
わし乗ったわ。
ツクモちゃんといっしょにな。
お空を走ったんや。
「あ、あんな、おっちゃん、わしな」
わしは話そうとしたんやけどな。
「そうれ、こちょこちょ」
おっちゃんが、こちょこちょするもんでな。
「へっ、へっくちっ」
また、おっきなくしゃみ、してしもうてん。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「発車しまーす」
次の日。
いよいよ展示運転や。
お客さんも、いっぱい来てくれた。
わしも、朝からお客さんの相手で、大忙しや。
ぴいーーーーーーーーー
キハ３０３が、元気よく汽笛を鳴らした。
赤い車体がな、とってもきれいで、いさましゅう見えたんや。
がたん。
ごとん。
がたんごとん。
ゆっくり列車が動き出す。
がたごという音が、えらい楽しそうや。
がたんごとん。
がたんごとんがたんごとん
「コトラ、いってきます」
「へ？」
聞こえたで。
わしには聞こえた。
ツクモちゃんの声や。
そうか。
ツクモちゃんは。
がたんごとんがたんごとんがたんごとんがたんごとん
「ツクモちゃん、気ぃつけてにゃあ」
わしはキハ３０３に、ツクモちゃんに向かって、そう声をかけたった。
そらもう、元気に走っていきよったで。
お客さんをのせて。
わしらの夢も、いっぱい乗せてな。
おしまい
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※ 駅長猫コトラが勤める吉ヶ原駅は、旧同和鉱業片上鉄道という、昔の鉄道の駅です。
鉄道じたいは1991年に廃止されてしまいましたが、今は保存会の方々が町から委託を受け、施設の整備や展示運転を行ってらっしゃいます。保存されている車両は、どれも貴重なものばかり。それを後世に伝えるべく、保存会の方々が日々努力を続けておられます。
展示運転はおおむね月に一回、第一日曜日に行われます。ご興味のあるかた、お近くのかた、ぜひぜひ、お出かけしてみてください。なお今月の展示運転は、2日(日)と3日(月)です。
駅ではコトラ駅長グッズも発売中！ もしかしたら駅長にも、会えるかもしれませんよ☆
詳しくは ↓↓↓こちら↓↓↓
■片上鉄道保存会ホームページ
■駅長猫コトラの独り言～旧 片上鉄道 吉ヶ原駅勤務～
※ おはなしを書くにあたり、ブログ「駅長猫コトラの独り言～旧 片上鉄道 吉ヶ原駅勤務～」管理人の ぱぱぱ猫さん に、「書きましたんですけど！」と突然に無理矢理なお願いをしたうえ（汗）丁寧なご指導ご協力を賜りました。
おはなし書けて、うれしいです。ありがとうございました<(_ _)>
コトラ駅長に、いつか会いに行けるといいなぁ☆
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