真田昌幸
本日の真田太平記は第七話「危急存亡の時」~
真田安房守(さなだあわのかみ)が身を寄せている徳川家より、
北条家との和睦として安房守の居城沼田城を差し出すよう命じてきた。
しかも沼田城の替えは「いずれ替地(かえち)ができしだい」という空手形で・・・。
コレに怒った安房守は源三郎 、源二郎 を前に「戦さじゃ!戦さじゃ!家康めこのワシを怒らせおった!!」と叫び
徳川・北条の二家の大大名相手に戦さをする決意をする。
<以上前半>
後半にはナツレ一押しの上杉景勝(うえすぎかげかつ) が登場しれいのセリフをはいて痺れさせてもらいました~。
やっぱ面白いはこのドラマ~~
おすすめだ!
ナツレ的、真田太平記版「真田安房守」のイメージ画
・・・あくまで「真田太平記版:真田安房守イメージ」なので、丹波哲郎とは別人ということでヨロしくです。
※眞田昌幸(さなだまさゆき) 官途名:安房守(あわのかみ) 武藤喜兵衞(むとうきへえ)、
信濃国小県郡(しなののくにちいさがたぐん)眞田幸隆(さなだゆきたか)の三男
武藤氏を継ぎ甲斐の大名武田信玄(たけだしんげん) ・武田勝頼(たけだかつより) 親子に仕えたが、天正3年(1575)の長篠の戦いで長兄・次兄が相次いで討ち死にした為、眞田姓に復し眞田家家督となる。
天正8年(1580)北条の沼田城を攻略し地歩を固めたが、同10年(1582)武田家滅亡後は織田信長(おだのぶなが) 、北條氏政(ほうじょううじまさ) 、徳川家康(とくがわいえやす) 、上杉景勝(うえすぎかげかつ) 、羽柴秀吉(はしばひでよし) といった大名の間を泳ぎきり勢力を保った。
その間、天正13年(1585)には北條・徳川連合による眞田征伐が計られ危機を招いたが
これを完璧に撃退しその武名を轟かせた。
秀吉 は昌幸を「表裏比興の者」と評し、家康 へ眞田成敗を持ちかけている書状を残している。
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