PCデポ 高齢者高額解約料問題 情報提供義務・説明責任・契約書・約款について | なか2656のブログ

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1.はじめに
本年8月下旬、パソコン販売事業のPC DEPOT(PCデポ)の幕張インター店が、82歳の高齢者に対して月額約15000円という高額のサポート代を含むiPad等の契約を締結し、その後その親族がその解約を求めたところ、契約解除料として20万円もの金員を請求するという事件が発生し、インターネットだけでなくテレビなどにおいても大きな反響を呼びました。

・PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景|ヨッピー - Yahoo!ニュース

・PCデポ株価半値 解約料問題で客離れ懸念|日本経済新聞

■関連するブログ記事
・PCデポ 高齢者高額解約料問題 解約金・損害賠償の予定・消費者契約法9条1号について


(PCデポサイトより)

この問題に関しては日々、ネットなどでさまざまな議論がなされています。そして現場の方からの職場をまっとうにしたいという趣旨の情報提供もなされています。論点は多くありますが、とりあえず私が気になったところをいくつかふれてみます。

その前に、事実を簡単に整理します。

2.事案の概要
冒頭にあげたヨッピー氏の記事によると、この高齢者の男性は従来より認知症を患っており、かつこのPCデポの常連客であったようです。そして2015年9月には、PCデポとの間にiPad mini を合計10台までサポートする内容の月額約5000円の契約を締結していたことが息子の方に発覚し、息子の方がPCデポの店舗に折衝し、この契約を解約したそうです。

そしてその際に、「父親は認知症を患っているため、今後父親がこのお店に来ても私に無断で契約を結ばせることはやめてほしい」旨伝え、店舗側も了承したとされています。

ところが2015年12月に高齢者の方がパソコンの調子が悪いとPCデポの店舗に相談に行き、修理について相談した結果、冒頭の通りの月額約15000円の契約を締結してしまったそうです。そして本年8月14日、高齢者の方が老人ホームに入るために身の回り品を整理していた息子の方がこの契約に気が付き、契約の解約を申出、PCデポから20万円の解除料金の請求を受けたというのです。

3.契約書をきちんと読んでない消費者が悪い?
ヨッピー氏のこの記事は、ネット上のさまざまな声を取り上げる形で進んでいきます。そのなかで度々登場するのが、「契約書をきちんと読んでない方が悪い」、「大の大人が契約したんだから自己責任」といった論調の意見です。

しかしそうだといってよいのでしょうか。

我われが民法の最初で勉強する、民法の三大原則とは、権利能力平等の原則、所有権絶対の原則、契約自由の原則(私的自治の原則)の3つです。

この契約自由の原則とは、我われは民事の契約の分野においては原則として、契約内容や契約相手の選択、締結そのものの自由を有していることを指します(民法91条)。

しかし、自由競争はうまくまわっているうちはいいですが、それが偏ってくると、強者による弱者支配となり、不公平な社会を生み出してしまいます。

そのため、たとえば独占禁止法等の経済法や労働法や社会保障法などが生まれ、民法・商法の分野でもそれを修正する対応がなされるようになります。

4.契約締結過程の情報提供義務・説明義務
そのような一例が、まさにこのPCデポと顧客との契約締結という場面です。

一般に、契約の価格が高額で、当事者間の情報や専門的知識に大きなアンバランスがある場合、契約の締結過程において、一方当事者から他方当事者に対して、信義則上、情報提供の義務が課せられている場合があり、これを情報提供義務と呼ぶとされています。
(内田貴『民法Ⅱ[第二版]』27頁)

PCデポで顧客が契約を結ぶ際は、その顧客が自分で判断をして自分の責任で契約を締結するのはもちろんです。しかし、PCデポの従業員と顧客との間には、情報量や専門的知識に関して大きなアンバランスが発生しています。したがって、このアンバランスを修正し、顧客側が自らで妥当な判断ができるための前提として、PCデポ側は十分な情報提供義務、つまり説明義務を負うのです。

冒頭の記事を読むと、PCデポの事案は、PCデポがPCの素人の高齢者を顧客のターゲットとしていることが窺われ、かつ、そのサポート契約や、iPadのリース契約などの各種の契約内容が非常に複雑、難解となっています。そのためPCデポは二重の意味で強い説明義務を負っているといえます。

5.契約書・約款・口頭による説明
そこで、専門店が素人の顧客にどの程度の説明をするべきか、消費者問題として考えると、たとえばバブル崩壊後の90年代後半に裁判で多く争われた一連の変額保険訴訟が参考になると思われます。

変額保険訴訟自体に関しては、最高裁は平成8年10月28日の判決において、勧誘の際の説明義務違反を理由として、保険会社の不法行為責任を認定しました。

これらの裁判例からどのような説明義務が求められているかみると、契約書・約款などの書面を顧客に交付することは必要最低限の説明義務です。そして、専門家としての店舗の従業員の口頭による説明と質疑応答に至る説明がなされるべきです。
(白井正明「変額保険」『生命保険の法律相談 青林法律相談23』240頁)

6.PCデポについて考える
PCデポの場合、その場限りでない、継続的なサポート契約を主力商品としているようですので、もし契約書や約款等をきちんと顧客に交付していなかったら、それは完全に契約締結過程における説明責任を果たしていないことになります。

この点、私は部外者なのではっきりとしたことは言えませんが、ツイッターで内部の方らしき方の投稿をみていると、どうも契約が締結した際に契約書や約款を顧客に交付していないようです。



法律論以外としても、顧客折衝の問題として、契約書・約款などを渡していないとなってしまうと、後からこじれて、場合によっては今回の事例のように大炎上します。

また、このような事例が民事訴訟になったら、裁判所の心証は大幅に悪化して敗訴するリスクは高まります。

裁判所は契約時に顧客に交付された書類を一番重視します。だから仮にPCデポが最低限、申込書に添付されている約款などをきちんと顧客に交付し、受領したことの顧客の確認印などを得ていれば勝訴する確率は上がるでしょう。しかし、それすら交付していないと厳しいと思われます。(参照:東京地裁平成7年2月9日判決等)

一部上場企業だそうですが、PCデポの経営陣はこういったことをどう考えているのだろうかと思います。

この点、9月2日付のダイヤモンド・オンラインのネット版の記事では、PCデポの野島隆久社長は、開口一番、「10台プランを推奨することは防ぎようがなかったと思います。」と自分達はまったく悪くないかのような回答をしています。

・PCデポ社長、高齢者PCサポート事業への批判に答える|ダイヤモンド・オンライン

あるいは、野島社長は別の記事で、組織に落ち度はなかったとも発言しています。

・PCデポ社長、組織ぐるみ否定=高齢者の高額サポート契約|時事通信

しかし、仮に百歩譲ってこの8月の炎上事件でPCデポに落ち度がなかったとしても、契約書・約款などを交付する、契約書などを用いて従業員が顧客に口頭で十分に説明を行うなどがなされていなかったのは事実のようです。これは業務マニュアルを改定するなどして、早期に改善すべきです。これは本社の管理部門や経営陣の仕事です。

また、冒頭でみた事案の概要のとおり、PCデポは今回の高齢者の方が常連客でありながら認知症を罹患しており、かつ、2015年9月にその息子の方からその旨を告げて、家族の同意なしに取引に応じないでくれと言われ、それを承諾しているのです。

このような経緯がある顧客からの契約の申込は謝絶するスキームを店舗の業務マニュアルにしっかり入れることも、本社の管理部門の重要な仕事であり、それを管理監督することが経営陣の仕事のはずです。

顧客が意思能力が十分でない疑いがあるなどの事象が判明した場合は、たとえば家族の方に連絡を取り、本人の意思能力を確認するプロセスを盛り込むなど、業務マニュアルを十分検討すべきです。

消費者保護と高齢者保護の必要性を受けて、平成11年(1999年)に消費者契約法とともに民法の成年後見制度が抜本的に改正されました。

生損保業界や証券業界は2013年に高齢者への商品販売の業界統一ルールをそれぞれの業界で制定しています。

・高齢者向けの生命保険サービスに関するガイドライン|生命保険協会

・高齢者に対する保険募集のガイドライン|日本損害保険協会

高齢顧客に対する勧誘による販売について|日本証券業協会

PCデポも上場一部の大手企業であるならば、内部監査部なる部署を秘密警察のように使って従業員のSNSでの発言に圧力をかけるような旧共産主義諸国のような陰湿なことを行うのではなく、消費者保護、高齢者保護という社会的な要請に資する企業活動を行うべきです。

■関連するブログ記事
・【解説】消費者契約法の一部改正について/過量な内容の契約の取消・重要事項の範囲拡大

民法II 第3版: 債権各論



コンプライアンスの知識<第2版>(日経文庫)





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