海老名駅自由通路での市のマネキンフラッシュモブ禁止命令/表現の自由・法律と条例 | なか2656のブログ

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ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

1.マネキンフラッシュモブ禁止命令は違憲と市民団体が海老名市を提訴
本日(2016年6月17日)の神奈川新聞ネット版でつぎのような興味深い記事を見かけました。

『海老名駅前の自由通路で「マネキンフラッシュモブ」(=人がマネキンに扮して路上で無言でプラカードを掲げるデモ)と呼ばれるパフォーマンスを行った市民団体のメンバー(9名)に対し、海老名市が条例に基づき禁止命令を出したのは表現の自由を過剰に規制し憲法に違反するとして、メンバーらが市に対して命令の取り消しなどを求める訴えを16日、横浜地裁に起こした。』

『訴状によると、グループは2月28日、海老名駅前の自由通路で約10人が集まり、「アベ政治を許さない」「自由なうちに声を上げよう」などと記したプラカードを持って数分間立ち止まり、ポーズを取るパフォーマンスを実施。約1時間で計10カ所の地点に移動し、活動を終えた。』

『この活動について、市は市の海老名駅自由通路設置条例で禁止されている集会やデモに該当すると判断。参加メンバーの一人である市議の吉田さんに対し、今後は同様のパフォーマンスを行わないことなどを求めた命令を3月28日付で出した。従わない場合、条例に基づき5万円以下の過料を支払わせるとしている。』
(「マネキンフラッシュモブ禁止命令は違憲と訴え 市民団体メンバーらが海老名市を提訴」神奈川新聞6月17日付より)

・マネキンフラッシュモブ禁止命令は違憲と訴え 市民団体メンバーらが海老名市を提訴|神奈川新聞

■追記(2017年3月8日)
神奈川新聞などによると、本訴訟の判決が平成29年3月8日に出され、市民側勝訴となったとのことです。
・【速報】フラッシュモブ禁止認めず 海老名市の命令取り消し|神奈川新聞


(マネキンフラッシュモブのメンバー、神奈川新聞より。)

2.海老名市海老名駅自由通路設置条例
今回の紛争の舞台となった、海老名駅自由通路について調べてみると、小田急線海老名駅の東口と相模原線海老名駅の西口とを結ぶ横幅12メートル・長さ約200メートルの大きな歩道橋であるようです。

この海老名駅自由通路は海老名市が約36億円の予算で整備し、2015年3月に完成したそうです。そして、この自由通路は公の歩道橋であるため、「海老名市海老名駅自由通路設置条例」が制定されているとのことです。
(「海老名駅西口再開発、総事業費54億円 15年秋まちびらき」日本経済新聞2013年1月7日付、「海老名駅に新たな自由通路が開通します!!」海老名市ウェブサイト)


(海老名駅自由通路、海老名市ウェブサイトより。)

そこでこの条例をみると、たしかに次のような条文があります。

海老名市海老名駅自由通路設置条例 

  (禁止行為)
第30条 自由通路において、次に掲げる行為をしてはならない。ただし、第6号及び第7号に掲げる行為については、第19条第1項の承認(第29条において準用する場合を含む。)又は第33条第2項の許可を受けたときは、この限りでない。
 (略)
 (3) 集会、デモ、座込み、寝泊り、仮眠、横臥その他これらに類する行為
 (略)
 市長は、前項各号の行為をしたと認められる者に対し、当該行為の中止その他必要な措置を講ずるよう命ずることができる。


そして、この条例の41条罰則を定めており、30条2項に違反した者は5万円以下の罰金を科すと定めています。

・海老名市海老名駅自由通路設置条例|海老名市

3.道路交通法
このように公の歩道において、一律に集会やデモを禁止する条例は許容されるのでしょうか。条例と法律との関係が問題となります。

この点、国会が定めた一般的な法律である道路交通法は、77条1項4号で「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」は、所管の警察署長の許可を要するとしています。

この77条1項4号は、集会やデモについて定めたものですが、全国の多くの自治体には、いわゆる公安条例という集会やデモなどに関する条例がさらに存在します。

4.法律で規制されている事項をさらに条例で規制できるのか?
そのように、道交法が規制している事柄をその地域の条例がさらに規制してよいのかが問題となります。憲法94条は、地方公共団体は、「法律の範囲内で条例を制定する」と規定しています。

この点が争われた裁判においては、最高裁は、「条例が国の法令に反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。」として、本事例のケースでいえば、法律が全国的な規制の最低基準として定められていると解される場合は、法律が規制の対象としている事項をより厳しく規制することも許されるとしています(徳島市公安条例事件・最高裁昭和50年9月10日、芦部信喜『憲法[第6版]』373頁)。

ここで、本事例の海老名市海老名駅自由通路設置条例をみると、わが国の憲法21条は国民に集会の自由などの一切の表現の自由を保障しているところ、この海老名市の条例は30条1項3号で、警察への届出や許可といったプロセスを経ることなく、一律に集会やデモを禁止しています。

それぞれの地方自治体の条例は、その自治体の住民の代表機関である議会の議決により成立する民主的立法であるので、条例により規制が許される範囲で、規制が許容されるとされています(憲法94条、92条(地方自治の本旨)、93条(地方議会))。

しかし、その条例で規制される権利が一自治体の利害を超えて、全国民の利害にかかわるものである場合は、その規制は法律によらなければならないとされています(41条、芦部・前掲371頁)。

この点からも、民主主義に不可欠であるため、基本的人権のなかでとりわけ重要とされる表現の自由を一律・全面に禁止している海老名市の本条例の30条1項3号、そしてそれに基づいて出された同条2項の海老名市長の今後同様のパフォーマンスをこの自由通路でしてはならないとの禁止命令(行政処分)は、憲法21条1項に抵触し、市長の裁量権の逸脱・濫用にあたる違法なものであり、市民団体側の市長の行政処分の取消などの請求は訴訟において認容されるのではないかと思われます。

5.公安条例から考える
なお、やや補足すると、全国の多くの自治体には、道交法の規定の上に、公安条例が制定されています。

この公安条例も、上でみたように道交法との二重の規制の問題がありますが、集会・デモという表現の自由との関係で裁判で争われてきました(東京都公安条例事件・最高裁昭和35年7月20日判決)。

そのような判例を受けて、通説は、公安条例が憲法21条との関係で合憲であるといえるためには、第一にその主たる目的が、公衆の道路・公園等の利用と衝突する可能性や他の集会との重複による混乱等を回避するための事前の調整(交通警察)であること、

第二に、公安条例の規制の手段は、「許可」であっても実質的には、いわゆる「届出制」でなければならないとします。つまり、届出制は、集団行動それ自体はまったく自由であるとの前提をとること、その自由を行使するには公安委員会に通知すれば足りること、公安委員会は原則としてそれを受理する義務を負い、ただこれに対応する交通整理等の措置を講ずることが認められるにとどまる場合に限定されるとします(芦部・前掲216頁)。

このように、海老名市の本条例は、集会やデモを全面一律に禁止しているので、公安条例との観点からみても、目的、手段の両方をまったくクリアしておらず、違憲となると思われます。

6.パブリック・フォーラム論
この問題は憲法の議論として、公共の場における表現の自由に関するパブリック・フォーラム論からも考えることができます。

パブリック・フォーラム論はもともとアメリカの判例において形成された理論が、日本でも取り入れられたものです。アメリカのパブリック・フォーラム論は、「表現活動のために公共の場所を利用する権利は、場合によってはその場所における他の利用を妨げることになっても保障される」とする理論です。

日本でパブリック・フォーラム論が大きく注目されたのは、私鉄(京王線)の駅構内におけるビラの配布の規制が争われた吉祥寺駅事件(最高裁昭和59年12月18日判決)の伊藤正己裁判官の補足意見においてです。

この補足意見において伊藤裁判官は、道路、公園、広場など、一般公衆が自由に出入りできる場所を「パブリック・フォーラム」と呼び、「このパブリック・フォーラムが表現の場所として用いられるときは、所有権や本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるをえないとしても、その機能にかんがみ、表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要があると考えられる」としました(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法[第4版]』349頁)。

このパブリック・フォーラム論の影響のもと、公共の施設における集会のための施設使用の拒否事件について、集会の自由・表現の自由をできるだけ尊重する判断が示されてきました(泉佐野市民会館事件(最高裁平成7年3月7日判決)、上尾市福祉会館事件(最高裁平成8年3月15日判決)など)。

このパブリック・フォーラム論からみても、駅前の市の公の歩道橋において集会・デモを全面一律に禁止する本件の条例は違憲・違法の疑いが強いと思われます。

■関連するブログ記事
・公民館等の使用不許可と集会・表現の自由/泉佐野市民会館事件判決

・憲法 パブリック・フォーラム論

・海老名市立中央“ツタヤ”図書館に行ってみた/#公設ツタヤ問題


憲法 第六版



憲法1 第5版





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