就活生に企業が安保法案反対デモ等への参加の有無を質問することは法的に許されるのか? | なか2656のブログ

なか2656のブログ

ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

1.はじめに
(1)全国にデモが広がる
7月16日に衆議院において自民党・公明党・次世代の3党による強行採決により、安全保障関連法案が可決されました。

しかし、16日以降も国会前には5万人以上の国民が集まり反対のデモを行ったそうです。また、国会前だけでなく、全国各地で幅広く法案反対のデモが行われています。

(2)大学の教員・学生等の反対の動きが広がる
また、最近、急速に多くの大学の教職員・学生・関係者の有志の方々が反対の声を上げています。

・「安保法案 東京大学人緊急抗議集会・アピール」実行委員会


「安保法案 東京大学人緊急抗議集会・アピール」実行委員会サイトより

(3)就職活動の面接等でデモ等に参加したことを質問されるのか?
そのようななか、ネットを見ていると興味深いのは、このような国民の動きを快く思わないと思しき人々が、最近、「安保法案への反対デモや反対運動に参加すると、企業などから面接で、『君はデモなどに参加したか?』などと質問されて、就職活動で不利になる」といった趣旨の発言をネット上でしており、この話題がやや盛り上がっていることです。



結論を先取りしてしまうと、これは労働法などの観点から正しくありません。

2.三菱樹脂事件への大きな社会的批判
以前のブログ記事でも取り上げましたが、昭和40年代三菱樹脂事件最高裁判決(最高裁昭和48年12月12日判決)は、結論としては、生協の運動などに参加していた元大学生の本採用を拒否した企業側を勝訴させる内容でした。

・日本テレビの女子アナウンサーの内定取消と三菱樹脂事件/間接適用説と契約自由の原則

すなわち、この最高裁は、わが国が財産権(憲法22条、29条)を認める資本主義国家であることを指摘し、「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて(略)原則として自由にこれを決定することができる」「特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法と」はならないと判示してしまいました(小山剛「私法関係と基本的人権-三菱樹脂事件」『憲法判例百選Ⅰ[第6版]』24頁)。

しかし、今から約40年前の昭和48年当時ですら、この最高裁判決は多くの学識者から、憲法14条1項の「すべて国民は…人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的、社会的関係において、差別されない」とする「法の下の平等の原則」に反すると大きく批判されました。

そして、被告となった三菱樹脂自体も社会的な差別を行う企業だと大きな社会的非難を受けるところとなりました。この裁判後の和解においては、結局、三菱樹脂はこの原告の、当初は本採用を断った元学生を雇入れる結末となりました。

3.職業安定法の一部改正
(1)職業安定法5条の4
このようななか、平成11年に職業安定法が一部改正され、第5条の4という条文が新設されました。その1項はつぎのとおりです。

職業安定法

第5条の4(求職者等の個人情報の取扱い)
 公共職業安定所等は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。


つまり、企業等は、求職者の個人情報は、募集の業務の達成に必要な範囲でのみ収集・保管・使用しなければならないとしています。

(2)厚労省の指針(平成 11 年労働省告示第 141 号)第4条
そして、この職業安定法5条の4に関連して、厚労省の指針(平成 11 年労働省告示第 141 号・「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針」)の第4号1項以下がより具体的な細目を定めています。

厚労省の指針(平成 11 年労働省告示第 141 号)

第四 法第五条の四に関する事項(求職者等の個人情報の取扱い)

一 個人情報の収集、保管及び使用

(一) 職業紹介事業者等は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報(一及び二において単に「個人情報」という。)を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。
ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。

イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ 思想及び信条
ハ 労働組合への加入状況

(二) 職業紹介事業者等は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、又は本人の同意の下で本人以外の者から収集する等適法かつ公正な手段によらなければならないこと。

(三) 略

(四) 個人情報の保管又は使用は、収集目的の範囲に限られること。ただし、他の保管若しくは使用の目的を示して本人の同意を得た場合又は他の法律に定めのある場合はこの限りでないこと。

・厚労省の指針(平成 11 年労働省告示第 141 号)(PDF)

つまり、つぎのような情報は収集できません。(これらの情報は、採用選考前はもちろん、内定後も収集できません。)

①人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出身地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
・家族の職業、収入、本人の資産の状況
・容姿、スリーサイズ等差別的表現につながる情報

②思想および信条
・人生観、生活信条、支持政党、購読新聞、購読雑誌、愛読書

③労働組合への加入状況
・学生運動、労働運動、消費者運動その他社会運動に関する情報

しかし、指針4条1項1号ただし書きにより、①特別な職業上の必要性が存在すること、その他業務の目的の達成に必要不可欠であって、かつ、②収取目的を示して本人から収集する場合、には、うえの情報を取得することも許されるとされています。

とはいえ、このただし書きにより、思想・信条や学生運動・政治運動などについて質問が許されるのは、憲法上、政治的な中立性が求められる官公庁やそれに準じた公的機関等にとどまるのではないでしょうか。一般の民間企業はあたらないものと思われます。(大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁、菅野和夫『労働法[第9版]』44頁)

また、職業安定法3条前段はつぎのように規定して、差別的取扱いの禁止の原則を明確化し、憲法14条の法の下の平等の原則を再確認しています。

職業安定法

第三条  何人も、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合の組合員であること等を理由として、職業紹介、職業指導等について、差別的取扱を受けることがない。


なお、企業等がこれらの職業安定法の規定に違反した場合、厚生労働大臣は、企業等に対して報告を求め、場合によっては立入検査を行うことがあります(職業安定法49条、50条)。

そして、それを受けて厚労大臣は、助言・指導(同48条の2)、改善命令(同48条の3)を発出することがあります。

就活生などの求職者は、職業安定法違反を厚生労働大臣に対して申告し、適切な措置を求めることもできます(同48条の4第)。

そして、企業等が改善命令に従わない場合は、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科せられることがあります(同65条)。

4.個人情報保護法・センシティブ情報
また、思想・信条や信教などに関する個人情報ならびに社会的差別の原因となる個人情報はセンシティブ情報(機微情報)と呼ばれます。

個人情報保護法6条は、個人情報の性質に鑑み、とくに厳格な取扱いが必要な個人情報については保護のために格別の保護が講じられるよう政府に必要な措置を講ずべきことを求めています。

これを受けて、経済産業省、金融庁、総務省、厚生労働省などは所轄の各分野に関する個人情報保護に関するガイドラインを策定しており、そのガイドラインにおいては、センシティブ情報の取扱いが規定されています(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第3版]』250頁)。

うえでみた厚労省の指針(平成 11 年労働省告示第 141 号)第4条もそのひとつの現れといえます。

この点、たとえば金融庁「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」第6条は、「政治的見解、信教(宗教、思想及び信条をいう。)、労働組合への加盟、人種及び民族、門地及び本籍地、保健医療及び性生活、並びに犯罪歴に関する情報」をセンシティブ情報と定義します(6条1項)。

そして、源泉徴収事務に必要な場合(6条1項5号)相続手続による権利義務の移転に必要な場合(同6号)保険業の事業に必要な場合(同7号)生体認証に必要な場合(同8条)法令に定めがある場合(同1号)などを限定列挙し、それ以外の場合には、金融機関はセンシティブ情報を、取得、利用又は第三者提供してはならないと規定しています。

・金融庁「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」(PDF)

個人情報保護法およびそれぞれの業界の主務官庁の規定するガイドラインに違反した場合、企業等は、主務大臣から助言、勧告、命令を受けます(個人情報保護法33条、34条)。そして、命令に違反した場合、主務大臣から罰則を科されることがあります(同56条)。

したがって、個人情報保護法の観点からも、企業等は就活生の面接などの場面で、学生運動や政治活動への参加の有無などを質問することは禁止されています。

5.まとめ
このような社会の流れを受けて、日本のまともな企業は、高卒生、大卒生などの採用の際には、思想・信条、労働組合への加入の有無、人種、門地、本籍などを質問してはならないとの社内規定・マニュアルを制定しているのが普通です。

一般企業を装った企業が採用の面接などで、デモへの参加の有無や、政治的見解、支持政党などを質問してきたら、逆にその企業は社内のコンプライアンスがなっていないブラック企業の推定が働くのではないでしょうか。

そういうまともでない企業は、就活生のほうからお断りしたほうが賢明でしょう。

■追記(2016年7月11日)
厚労省サイトにつぎのような、わかりやすい資料がありました。
・採用選考自主点検資料|厚生労働省

■参考文献
・菅野和夫『労働法[第9版]』44頁
・大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁
・芦部信喜『憲法[第6版]』113頁
・小山剛「私法関係と基本的人権-三菱樹脂事件」『憲法判例百選Ⅰ[第6版]』24頁
・宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第3版]』250頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)



会社と社員の法律相談



憲法 第六版



個人情報保護法の逐条解説 第5版 -- 個人情報保護法・行政機関個人情報保護法・独立行政法人等個人情報保護法





法律・法学 ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ
にほんブログ村