子供が野菜を嫌う理由18 本質 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

人類の主食は米やパンのように穀物になり、肉や魚や野菜がおかず、果物はデザートになったが別に問題もない。

本質は本質、食文化は食文化、好みは好みで良いのだ。

何度も書いてきたように万能歯を持つ人間は何を食べても順応するようになっている。

健康を求めるならいきなり対策ではなく、自然界、生き物、人間、食物の本質を知ることが先決。

健康を言葉ではなく仕組みを理解すれば氾濫する情報は自ら判断出来る。

人は勝手に健康の象徴に祭り上げた野菜にこだわり、化学肥料、有機肥料、農薬ばかりに目を向けるが、野菜の食性そのものが本来のものではなく、また野菜そのものが本来の植物ではないと言い切る人は一人もいない。

だから世界中で誰も答えを出せない。

本能の獣肉、魚介に戻すか、野菜なら本来の植物にするかどちらかで良い。

主食は肉でも穀物でも野菜でも構わないが、足元から考え直した方が良い。

野人は子供の頃から、冷凍、レトルト、カップラーメンなど文明食もおかしな野菜も出されたものは差別なく何でも食っているし、食品表示もまったく気にしない。

体が受け付けないものは防衛本能が示すから問題ない。

何十年も、魚介、野生の肉、木の実、山菜などは毎年まんべんなく食って来た。

この理論を私情は抜きにしてまとめたのは最近だが、語呂合わせしたわけでもなく、野人の食性はたまたまこの道理に適っていたのだ。

古代からの食性を保ちながら、それらがない時には適当に文明食で食い繋いできたと考えればわかりやすいだろう。

人間の祖先だって毎日食べ物に恵まれていたわけではなく、変なものも食っただろう。

身体の機能が正常なら余計なものは排出する、しないのは正常ではないとも言える。

道端の草でさえ余計なものを土壌から排出しながら繁栄を続けている。

つまりその時代の食えるものは何を食おうが、本質を持つ食材なら肉だろうが草だろうが適当に食っていれば何の問題もないと言う生きた化石が野人だろう。


最近は「出トッくス」がどうのとか、老廃物がとか、それらを出したり掃除したりすることが流行っているようだが、そのようなことをしなければならない体になる方がおかしい。

全ての生き物には本来必要ないことで、イタチごっこに見える。

それしかないと言われる腎臓透析にしろ、そうしなければならなくなった理由の究明が先なのだが未だわかっていないようだ。

健康と信じる食べ物も理に適わず、適わないから排出機能もなく病気になる、そう考えた方が良い。

それは体すべての機能にも言えることで、臓器だけでなく代謝や精神にまで及ぶ。

理に適った食性の他の自然界の生き物には人類のような病気の問題などない。

「あれが良くない、この食品が体に悪い」ではなく、「良い」と言う最高の食品が理に適っていないからだ。

適うなら、これまで何十年もそのようにやってとっくに結果は出ているはず。

悪化の一途をたどるのは思考の起点が間違っていたからであり、そう考えるのが当たり前だろう。

皮膚や口内の全自動洗濯機能にさえ気づかず洗剤で洗い流すのが今の科学なのだ。

だからガンや糖尿病や心臓病や鬱の原因すら解明出来ず薬剤で抑える。

皮膚も体内もどちらも同じ思考で処理しようとしている。

人はその思考をそのまま農産物やペットなどの生き物に持ち込んだ。

だからまったく同じような症状で彼らも病むようになった。

野菜果樹には農薬、家畜やペットには獣薬、人間には溢れるほどの薬だ。

さらに栄養剤にビタミンにミネラルに酵素に健康食品にサプリ、キリがない。

それで以前と比べてどうなったかは言うまでもない。


自然、自然食、自然食品と言う名前は氾濫しているが、今の人間社会にそのようなものは少ない。 

自らの本能と知性で判断するしかないだろう。

言葉の使い方は自由、聞く方も自由に受け止めているが、それらの定義も含めて仕組みからはっきりとした答えを出す時期に来ている。

そうしないと人は玉虫色の言葉の魔力に踊らされ、世の中が混乱するだけだ。

自然、健康だけでなく、天然、循環、有機、オーガニック、ロハスなど、言葉とその道理がまったく結びつかないものは山ほどある。

その大半はブログを通して矛盾をはっきり指摘したが、読んだ人の判断に委ねるしかない。

自分の為だけでなく、子孫の為にも「思う」「信じる」ではなく、純粋な理で判断して欲しい。

自然界の仕組みは完全なる理で成り立っているのだから。

余計なことをしないかぎり人間だけ不完全であるはずもない。

主食の肉に穀物、薬用の野菜など、人間は余計なことをしたとは思っていない。

成り立つかどうかは方程式。

自然に、環境に、体に、「優しい」を、言葉ではなく方程式で見直せば、優しいかどうか答えは簡単に出るし、オーガニックが優しくないのは誰でも理解出来る。出る答えは〇か×しかないのだ。

それをやった人が一人もいなかったからおかしな常識がまかり通った。

不完全な食物では完全な体の仕組みは維持出来ない、それが道理であり大半の病気の原因だ。

生物の仕組みは言葉ではなく人知を超えた物理学なのだ。

食糧として大量の農産物も必要、食文化でもある美味しい嗜好品然り、しかし生命を維持する完全な農産物を世に出すのは農業関係者の重要な使命ではなかろうか。


続く・・あと2編・・