東シナ海流12 川上源一の言葉 1%の可能性 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

午後からじいさんがやって来た。

いつものように浜松の自衛隊基地から専用のジェット機MU2が飛んで来た。

飛行機を誘導する「デスパッチャー」として停止位置に立って手旗信号を送る。

今回は客を連れて来た。

いつもは必ず何処かの料理長を連れて来るのだが、見当たらないから刺身を作らされることになりそうだ。

降りて来たのは中島みゆきさんと谷山浩子さんだった。

中島さんは鹿児島でのコンサート前で、谷山さんはまだデビュー前、二人ともヤマハ出身の歌手だ。他に男性が一人いた。

スタッフ6人と計10人で夕食をとったが、その前にさっそくお説教された。

じいさんの口癖は「1%の可能性」だ。

人はプラス思考、マイナス思考に分かれるが、プラス思考で当たり前、お前達はさらにその上を追究せよと言う。

仕事そのものが不可能に挑戦する仕事だから、100%不可能から思考が始まる。

その中から1%の可能性を見出すのだ。

最初に針の穴を見つけたら、後はその可能性をひたすら広げる為に頭を使えと言う。

普通は99%無理なら否定的に思考を進めるが、それが知恵の足を引っ張る。


「一切余計な事を考えず、まずやってみろ。いくら物を壊してもかまわん、命だけは壊すな、それで島の人に迷惑がかかったら、私が浜松から出向いて頭を下げて謝る」と言い切った。

本当にすごいことを言うじいさんだ。この先、「出来ません」の一言でどれだけカミナリを落とされたか・・。

翌日は海が荒れ狂い、船を出すどころかクレーンでも海に船を降ろせなかった。

じいさんは怒り狂い、さっそく呼ばれて説教だ。

「何で出せない!」と言うから、岸壁まで波が打ちあがり船を下ろせる状況ではない事を伝えると、「お前は何でそれがわかるのだ!」とまた叱られた。

「海のプロですから」と答えると、「やってみたのか?」と言う。

「やらなくてもそれくらい判断出来ます」と言うとカミナリが落ちた。

「バッカモン~!!だからお前はバカだ!」と、妙に納得いく言葉を。

「やってみなくちゃわからんだろうが!でないと永久に進歩などはない!」とまたお説教。

結局港まで連れて行くハメになり、そしてどう見ても無理な状況で船を下ろした。

じいさんは波しぶきに打たれながらすぐ側で見ていた。

船底が海面まで1mの距離に近づいた時に大波が当たり、船は大きく振れてコンクリートの護岸に船首がぶつかった。

船首から左右に伸びた「ビット」と言う太い角材の左舷側が「バキ!」と音を立てて折れてしまった。

それを至近距離で見ていたじいさんが言った。


「うん、駄目だな・・今日はあきらめよう」。


だから言ったのに、バカバカしいと、その時はそう思った。

その考え方の偉大さがわかったのは、それから数年先だった。

じいさんは言う。


「世の中、これだけ人類の文明が栄えたのは不可能に立ち向かった男達がいたからだ、人からバカ呼ばわりされて、それでも針の穴のような可能性を何年もかかってこじ開けたからだ。だから空も飛べたし海にも潜れる。大勢の人間は、それらの男達が生涯を費やして積み重ねた恩恵を受けながら、さらに未知の世界へ立ち向かおうとする男をバカにする、常識外れだと・・お前達はそんな人間にはなるな」。


その言葉にはじいさんの自分達に対する愛情が感じられた。

その時に、バカ呼ばわりされてもこのじいさんについて行こうと決心した。

常識とは、人が自分の無力さを慰める為に作った言葉かも知れない、そこに自ら壁を作るようなものだ。そうして立派な理由が出来上がる。

じいさんのおかげで、壁を越えるという何十倍もの困難な道を歩き始めたようだ。