きのこ帝国『猫とアレルギー』 | MUSIC TREE

MUSIC TREE

邦ロックを中心に批評していく
音楽ブログです。更新不定期。

―過去の景色を頭の中で反芻しつつ、あなたは朝食のコーヒーを飲む―

「東京」という曲は、きのこ帝国というバンドを大きく変えた。喩えるなら、青春時代に抱えていた喜怒哀楽を詰め込んだバックパックを下ろす引力や、そのすべてを洗い流すほどのカタルシスを持っていた。
 
 その後に生み出された今作は、作詞作曲のすべてを担う佐藤千亜妃のボーカリスとしての新たなる側面が顕わになったアルバムだといえる。簡単に言うと、それは彼女の声から迸る“情念”だ。その情念が曲自体に深い極彩色を与えている。
作品の全体像は、メジャー1stシングルの「桜が咲く前に」をほぼ中間に置き、その前後で景色が変わる。前半は、シリアスで悲しみに寄り添った曲が続き、最も情念という言葉が似合う「スカルプチャー」など、重い楽曲が足を運んでいく。すべては“桜が咲く前に”というフレーズの一瞬のためだけに進んでいるかのように。その曲を折り返したあとは、何かが吹っ切れたかのように、海外のオルタナティブ・ロック、ポップ・パンクのフォーミュラを踏襲しつつ、メロディアスでキャッチ―な楽曲が軽快にステップしていく。

メジャー・ファースト・アルバムという意味合いに於いては、ジャケットのデザイン・ワークを含め、すべてがポップの方程式に当て嵌まっていて、正しいと思う。ただ、きのこ帝国をロック・バンドたらしめている処もしっかりある。それは、「猫とアレルギー」の“ありあまる残りの人生を”という歌詞と「ひとひら」の“エンドロールの続きを生きなきゃ”という歌詞の部分にあると私は考える。如何にも、物語のハイライトは過ぎてしまったように。本編のあとがきを描くように。27歳の佐藤千亜妃はそれを歌詞にする。これは絶対的な何がしかにピリオドを打つことと同時に、ロック・バンドとしての十字架を背負ったその瞬間を刻んだ作品だと思う。

ロックとは、絶対的な過去が在ったとしても、喉から手が出るほどの未来が待っているとしても、今を歌わなくては意味が無い。そう、彼女は、きのこ帝国は今この時を歌う。だからそこロック・バンドと言えるのだ。



猫とアレルギー/ユニバーサル ミュージック

¥3,024
Amazon.co.jp