米津玄師『Bremen』 | MUSIC TREE

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邦ロックを中心に批評していく
音楽ブログです。更新不定期。

―あなたは旅立つ、このBremenとともに―

 「おいらたちは、ブレーメンに行くんだが、どんなとこだって、死ぬよりましなことは見つかるさ。」~ブレーメンの音楽隊~

 米津玄師のサード・アルバム『Bremen』から、最初に聞こえてきたのは、2015年を象徴するダンサブルな楽曲「アンビリーバーズ」…
僕たちはこの作品の中で、一人の旅人の物語を知ることになるのだった。
 ―――いつから旅を続けてきただろう?“愛のある場所を探して”・・・
旅人は、微かなの胸の痛みを感じながら、歩いているところだった。
その時、空の向こうから年老いた“声”が聞こえてきた。
「さぁ、旅人よ!聞こえて来ただろうBremen音楽隊の奏でる曲たちが。」
「あなたは、誰ですか?」
「私が誰かは、さして問題では無い。君は今、旅を続けているね?行先は決めているようだが、地図を持っていない。どうするつもりだ?」
「僕には、音楽のテンポがあります。それを物差しにして進んで行こうと思っていますよ。」
 ―――グリム童話、ブレーメンの音楽隊では、人々に捨てられそうになった、ロバや犬や猫、ニワトリがブレーメンへ向け旅立つ。音楽を奏でるために。
この『Bremen』でも、旅人は旅立つ。目の前に広がるのは、限りなく遠くまで続く荒地。―――
「旅人よ、無理だと思うがな、そのやり方では。あんた、相対性理論は知ってるじゃろ。」
「あの、アインシュタインのですか?」
「そうじゃ。彼は、相対性理論とはどんなものか聞かれたとき、こう言ったそうな。」
「楽しい時間はすぐに過ぎ去り、辛い時間はかなり長い。これも一つの相対性理論だ。という感じで茶化して言ったんじゃと。でも、これが意外に真実とも言えるんじゃよ!」
「何が、言いたいんですか?」
「つまりじゃ、君は今、自分にとって最高の音楽を聴いているはずじゃな?だとするなら、予想した時間よりも実際はもっと長い時間が経っていることになるかもしれないってことじゃよ。」
「最高の音楽を聴いている状態で、相対性理論を基に考えるなら、どんなテンポの曲だって無に帰すのでは無いかね?スロー・テンポでも秒速に過ぎていくように感じるのかもしれん。あんたが本当に最高のアルバムを聴いているだとすれば、それは一瞬の出来事のように過ぎ去ることじゃろう。まぁ、せいぜい頑張りたまえ」
 旅人はまた、歩き出した。
何時間ほど歩き続けただろう、ふと歩みを止めた。
「完全に迷ったよ。」
音楽のテンポで、距離を測るなんて、無理だった。私は今、最高にポップで愛のある歌を聴き続け、歌い出しているところだった。そんな状態の中、考えた速さで歩めると何故思ったのだろう?全てのスピードは無に帰すんだ。更に、この最高の音楽の前では、4ビートでも8ビート、そして16ビートでもさえも同じ感覚に鈍化されていく。なんて日だ。
私が目指している場所はどこなのだ?
宝島は?無いのかもしれない、そんな場所。
今向かっているのは、愛のある場所、のはずなのだが。
きっと、それがあるのは、何光年も向こうだ。
でも、老人が言った相対性理論を盾にするならきっと距離は関係ない。その距離を進む時間は一瞬のはずだ。何故なら、目指しているのは最高の景色が見える場所なんだから。
 また、歩きだしてふと気が付いた。
「確か、鞄に方位磁針があったな」。
出した瞬間、針がぐるぐる高速で回り始めた。
「これじゃ完全に使いものにならない。何でこんなに磁場がくるっているんだ。」
 また空の向こうから、今度は、荒くれ者らしき声が聞こえてきた」
「おい!旅人ぉ~分かってないな。お前が旅してんのはな~インターネットという名の荒地だからだよ。この中で磁石がまともに動くとでも思ったのか?」
「貴方は、一体全体、何を言っているんだ!?」旅人は、気が動転していた。
「てめぇに言っても、テンパるだけみたいだな?まぁ、いい。もう一つだけ言っておくよ。あんた方が知っているだろう、ブレーメンの音楽隊。あの動物達が彷徨ったのは人間界だけどな、あんたが迷い込んだのは、この“ハコ”の中だよ。せいぜい頑張ってたどり着きな「愛のある場所」へ。 
 旅人はその後、眠り込んでしまった。
遠くの方で、音が地面を震わせるように、規則的なベースドラムが響く。最後は歌い手が、地平線に届くかのように、歌い続けていた。彼は、“ここにいるよ 見つけておくれ 僕らのこの足音を”と歌う。その声は、一直線に脈動もせず、その先に伸びていった。
 目を開いたとき、闇の中に煌々と緑色のものが、沢山揺らめいていた。
「これは、火の玉...」
「ウィルオウィスプ」不意に言葉が降ってきた。先の曲名はこれだと、確信していた。
「ここで、何人も亡くなったのだろうか、何故だろう?取り敢えずこうしちゃいられない、進もう。」 
 何光年歩いただろう。
ようやくたどり着いたのだ、想像の地図上で「愛のある場所」に。
その瞬間、聞こえてきたのは「Blue Jasmine」という曲。ギターをかき鳴らすというおよそ原始的な始まり。 “差し出したお茶を美味しそうに飲む 君のその笑顔が 明日も明後日もそのまた先も 変わらなければいい”という日常を切り取った普遍的な歌詞。昔からある景色を再構築するように、紡がれるリズム。
私は、昔馴染みの、故郷に戻ったような感覚になり、安心してしまった。
 ふと痛みを感じ、自分の胸元を見た。その時、ようやく気がついたのだ。私の心臓には何かが刺さっていた。
それは矢だ。『Bremen』という、音楽の矢だった。旅人の心臓は止まっていた。
 再び、空の向こうから声が聞こえてきた。今度は幼い子供の声だ。
「おーい!大丈夫だよ、旅人さん!あなたは、このハコの中では死んだかもしれないけど。別の世界があるからさ。早くその“ハコ”の中から出てきなよ~」
 狭く暗い、丸い通路を通り、私はそのハコの中から出てきた。現実の世界という処に。ハコの中にあると思っていた、僕たちが目指した「愛のある場所」はそこには無かったのだ。しょうが無い。
そのハコの中で出会った『Bremen』という音楽隊。あれはなんだったのか、いろいろな人と出会ったが。最後は結局一人になって出てきた。出てきたこの世界(現実)でも、もちろん一人なのだが。なぜだか一人では無い気がする。不思議なものだ。そして、今度こそ本当に生きねば。そう思ったのだ。
旅人の胸は、ワクワク、ドキドキして、鼓動を打ち鳴らした。その脈拍が旅の始まりに聞いた、「アンビリーバーズ」のBPMと重なっていたことは信じてもらえるだろうか。それはまるで太古の昔、人々が文明を作り出そうとしていた時に刻んでいたであろうリズムに、不思議と共鳴していた。

 目指す先は、もうわかっているよね?




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