映画「白鯨との闘い」 | Denbayのブログ

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『白鯨との闘い』という映画を観て来た。
以下、「ネタバレ」とならない範囲で、この映画に関連する情報を記す。

タイトルはメルヴィルの『白鯨』を連想させるが、この映画は『白鯨』そのものの映画ではない。
メルヴィルが『白鯨』を書くにあたって参考とした実際に起きた海難事故、捕鯨船エセックス号の遭難について描いた映画であった。ただ、映画の中には若き無名の作家としてメルヴィルも登場する。

米国の捕鯨史を専門とした歴史家に Nathaniel Philbrick という人がいて、彼に「In the heart of the sea」(邦題『復讐する海-捕鯨船エセックス号の悲劇』集英社)という著作がある。これがエセックス号の遭難について書かれている本なのだが、映画はこの本を原作としている。
映画の原題も「In the heart of the sea」(海の真ん中で)となっている。このタイトルには、コンラッドの『闇の奥』(The heart of darkness)を意識したところがあるかも知れない。
(『復讐する海-捕鯨船エセックス号の悲劇』は、最近になって『白鯨との闘い』と改題され、集英社文庫から出版された。)

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10年ほど前にメルヴィルの『白鯨』を読んだときには、本当に深い感銘を受けた。
その後、何度か読み返しているが、そのたびに興味深い発見がある。
僕にとって『白鯨』とは、リスクというものに立ち向かう男たちの物語である。その意味で、この物語には時代を超えた普遍性があり、読み継がれるべき名作だとも思っている。

奇妙なことに、四方を海に囲まれた日本の文学の歴史の中には「海洋文学」というジャンルが無い。
これは、我が国に大航海時代というものが無く、また英米などが捕鯨に乗り出していた時期に「鎖国」をしていたせいではないかと僕は思っている。
だから、今でも日本人は、英米人に比べて「リスク」というものに向き合うのが不得手なのではないかと思ってもいる。

ご存知のとおり、1853年にペリー提督が率いる「黒船」が日本にやってきた理由のひとつは、捕鯨船への補給のための港が必要だったことだった。1851年に刊行された『白鯨』の中には「Japan」という地名も何箇所が出てきており、その「開国」の可能性に言及しているところもある。 メルヴィルの時代のアメリカの捕鯨について描いた映画『白鯨との闘い』は、我が国の「開国」の向こう側にあった「歴史的状況」も描いている。

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ともかく壮絶な映画だった。 そして、日本人には創れない映画だとも思った。
日本人が、これの真似事をしたら、「クジラ」ではなく「ゴジラ」になってしまうだろう。
史実としての「捕鯨船エセックス号の悲劇」(原作の『復讐する海』)に忠実とは言えないところもあったが、この事件の核心的な部分を上手くストーリーに仕立てていたと思う。そして、メルヴィルの『白鯨』には描かれなかった部分にも踏み込むことによって、一種の『白鯨』論にもなっていた。

監督は、「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード。 人間の心情を上手に描く監督だと思った。

■映画 『白鯨との闘い』特別映像1
https://www.youtube.com/watch?v=pg2vsQAxkd4
■映画の公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/hakugeimovie/about.html
■Nathaniel Philbrick(原作者のFacebook)
https://www.facebook.com/nathanielphilbrick/
■In the heart of the sea(映画のFacebook)
https://www.facebook.com/IntheHeartoftheSeaMovie/