量子場調整師のむかえですお遍路


昨日、銀座は帝国劇場へ
ミュージカル『レミゼラブル』を観に行ってきました。

 


昔はミュージカルって苦手だったんですけどね。
 

あまりに不自然というか、普通に演技やれよという感じで。


 

でも去年公開の映画『レミゼラブル』や、


 

今年観たミュージカル舞台の公演映画『ビリーエリオット リトルダンサー』

 

が素晴らしくて、


なるほどこの躍動感とリズム感、一体感、
あとは舞台ならではの熱気がミュージカルの醍醐味なんだなと、
ちょっと見る目がひらいたんですよね~。

 


で、演目が『レミゼラブル』。

 


そう、『レ・ミゼラブル』(v.ユーゴ著)は、
私の好きな小説の不動のベスト3です。

ちなみに1、2は『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)と『イエスの生涯』(遠藤周作)。

 


 

私の好きな漫画ベスト1の『ジョジョ』もそうなんですが、

人間や運命というものを真正面から受け止めた上で謳われる、
作品全体を貫くその力強い人間讃歌
2百年を超えて燦然と光り輝く
名作中の名作です。


 

 

で、ですね。

 

 

わたくし、映画や演劇や子供向け作品でレミゼラブルが何度も演じられ語られるのを見ながら、いつも思ってたんで、もうこれいつか書かなきゃいけないと思っていてだから今書くんですけど、

 


まず、

 

みなさん、原作ちゃんと読んでませんよね?

 


 

いえ、いいんです。
ってかしょうがないんですけど、だって


 

レミゼラブルの原作は、岩波文庫で1冊600ページx5冊の大シリーズ。



しかもそのけっこうな分量のページ割いて語られているのが、

フランスの下水道事情から、パリの政治文化事情、当時の社会問題、
更には作者の強い思い入れで語られる、
フランス革命~ナポレオン政権~7月/2月革命に至るまでのフランス動性についての
「あの時代はなんだったのか」
「革命が、ナポレオンがもたらしたものは」みたい主張とか、
 

もう、ユーゴーがとにかく何もかも全部この一作に詰め込みにきているもんだから、

 

ページ数がだいぶ膨れている上に、
途中でちょくちょく話が脇に大きく脱線するんですよね。
なので、活字慣れしてない人には正直いきなりはおススメできません。

 

 

それでも。

 

それを差っ引いてもなお、
文学史史上の最高峰に坐する、素晴らしい傑作ですきらきら

 


 

ああ、で、何を書かなきゃ、というか伝えなきゃとというのかと言いますと、

 

 

この作品が傑作たるゆえんについてです。

 

この作品を傑作足らしめている、最も感動的な、
そしてユゴーの人間観の神髄が現れている場面について
是非一度語らねばならない。

 

 

・・・俗に、どんな短縮版でも映画でも演劇でも漫画でも必ず出てくる
レミゼラブル中最も有名なシーンは、


教会から銀の食器を盗み、憲兵に捕まって
司教の前に引っ立てられたジャンバルジャンを前にした司教が、
 

それは彼に差し上げたのです。」
と憲兵に答えるこの場面でしょう。

 

もちろんその場面は
1000年語り継がれるべき素晴らしいシーンであり、
正にここに作品のテーマは結晶化しているといっても過言じゃないのですが、
 

でもこの作品の本当の神髄はそこじゃない


 

その後です。

 


 


ああ、でもそのためにはレミゼラブルの冒頭をちゃんと語らねばならない。


 


ホウキ  ホウキ  ホウキ  ホウキ

 

 


――姉の飢えた子供達のために盗んだ、たった一切れのパン。
そのためにジャンバルジャンは、断罪され有罪となり、
最終的に19年の獄中生活を送ることになりました。
(※脱走の罪も加算)


名前も過去も奪われ、呼ばれ続けた名前は「24601号」。

来る日も来る日も続く苦役に身を投じ、
凍える寒さの中、夏の熱射の中、
”罪人”として罵られ管理され監視され続ける19年の歳月を経て、


とうとうの出獄の日がきます。



しかし、出獄した前科者の彼に待ち受けていたのは
彼を気味悪がり、敬遠し、軽蔑し、
追い払おうとする人々の仕打ちでした。
※通行旅券が黄色いので前科があることはすぐわかる

 

 

 

 

 

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彼もまた、卑屈と人間不信と憎悪を更につのらせていきます。
 

自由の身になったはずが、
誰にもまともに相手をされず、ただ安全に眠るための場所さえ与えられず、
さまよい疲れ果てた彼は、


最終的に教会に行きつき、1人の司教に出会います。



質素な教会の人の良さそうなその司教は、
(実は超身分の高い地位の人)
その薄気味悪い男がどんな者か知り名がら、快く彼を招き入れ、


凍える彼のために暖炉に火をくべ、
彼を 「あなた(ムッシュウ)」 と呼び、
当然のように同じテーブルで同じ食事を共にしました。

そして、ジャンバルジャンは柔らかく清潔な白いベッドに案内されます。



19年。



彼の19年で初めての、この19年で一度も受けたことのない、
”人”としての扱い。


罵倒されず、追い払われず、辱められず、
ただ一人の人間として礼をつくされるというその経験。



しかし。


彼がこの19年で、いやそれ以前から味わい続けてきた、
人の、社会の、天の、受け要れ難い理不尽さ。

その不信と絶望と憎悪は、
どうしようもないほどに、彼の胸の奥深く、魂深くに刻まれ、
そしてその心は、何かを感じるにはあまりに膠着し、干上がり、乾き切っていたのでした。



夜中に目を覚ました彼の頭には、
半ば自動的な心の動きで、食卓に並んだ銀の食器の姿が浮かび続けます。

19年の絶え間ない過酷な労働で得た金額としては、あまりにわずかな彼の全財産の、
軽く2倍の価値があるだろう銀の食器




・・・・・そして。


司教とその従者が寝静まる中、
彼は銀の食器を盗んで逃走します。





―――しかし彼は憲兵によってあっという間に取り押さえられ、
司教の前に再び引っ立てられることになります。


パンひと切れを盗んで19年押し込められたあの地獄。
奴隷の人生。
つかの間の出獄の後、再びの確実な運命がありありと目の前に口を拡げていました。


「もらったんだと抜かしやがるんですよ!」

と彼の苦し紛れの言い逃れを伝える憲兵の言葉に、
しかし司教は微笑みます。



「ええ、そうです。私がその方に差しあげたのですよ



そして目を見張る彼に続けます。



「ところでどうしたのですか?
 私は燭台も差しあげたのですが。なぜ持っていきませんでしたか。」




(・・・ああ!1000年の時を超えるだろうこの!この場面!!  読んだ人間の胸に一生刻まれるシーンですよ!)




・・・・司教のこの一言で彼は救われます。


憲兵の手から解放された彼に、

銀の燭台を手渡しながら司教が
覚えのない約束について語りかけてきました。



「忘れてはいけません、決して忘れてはいけませんぞ、
この銀の器は正直な人間になるために使うのだと、あなたが私に約束したことは。


「・・・私はあなたの魂を暗黒な思想や破滅の精神から引き出して、そしてそれを神にささげます。」



 

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――――で、あれですよね。



私の知る限り、ほぼ全ての二次創作版が、ここで場面を切って、
この司教の一言でジャンバルジャンが一気に改心するみたいな展開になりますよね。

で、すぐ本編の数年後に飛んじゃうの。




全然違う。



ここで終わるようだったら、私はここまでこの作品に心酔しなかったかもしれない。


いえもちろん十分素晴らしい小説なんですが、
ちゃんと完全版でこの次のシーンを読んだときに
ユーゴーの人間というものへの洞察の深さ、その慧眼にうなりました。





ほうき   ほうき   ほうき   ほうき   ほうき




――― 銀の燭台を手に、ジャンバルジャンは森をさまよいます。




何が起きたのか。



自分の身に何が起こったのか。




・・・胸中に渦を巻く混乱のまま、食べず、飲まず、休まずひたすら歩き続けます。




19年、彼は徐々に心を凍り付かせ、乾かせて、そしてその結果、頑なに頑なに心を閉じて生きるようになりました。


何かを感じること、思うこと、希望すること、
そんなものを持ったまま生きることはできない日々だった。
人の愛や優しさや親切なんてものを、信じてみようとすることさえ不可能だった。


そして、彼に習慣づいたのは、
憎悪と人間不信、反射的な暴力、公正な審判の目による世界と社会への断罪。



そんな風に方向づけられた彼の心の上に起きた、理解不能の出来事。




・・・やがて彼は疲れて、小道の脇の石か何かに腰かけました。

そして、混乱にまとまらない頭のまま、考えに沈み込んでいました。




と、その時、



10歳くらいの少年が道を通りかかります。



彼は歌いながら貨幣を手に弄んでいましたが、
うっかりその中の1枚の銀貨が手からこぼれ、ジャンバルジャンの足元に転がりました。



ジャンバルジャンは足元に転がってきたその銀貨を踏みつけました。


それを見た少年が、寄ってきて言います。
「おじさん、僕のお金を返してください」


ジャンバルジャンは自分が何をしたかを知っていますし、
何を言われてるのかもわかっていました。

でも半ば呆然とした心のまま、埒のあかない返事を繰り返し、
少年に何を言われても微動だにしません。



足をどけておくれよう、僕のお金をかえして!


サヴォア出身だというその少年は、
何度も彼に訴え、やがて泣き叫び出しますが、


その少年にジャンバルジャンは言い放ちます。


「ああ貴様まだいたのか・・・・失せやがれ!」

 

 

 

 

 

 

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少年はジャンバルジャンに恐れをなし、泣きながらその場を立ち去ります。





・・・そして、少年が見えなくなり、日が沈み、やがて夜の冷気が彼を包み始めた時、

少年を追い払った姿勢のままその場に立ちつくしていた彼は、はっと我に返りました



そして自分の足下にある銀貨に気づき、
自分が何をしたのか認識します。


そして、彼は戦慄して、
その少年が名乗った名前を狂ったように叫びながら、少年の消えた方角に走り出しました。


追って、追って、力の限り追い続けて、


でもどんなに追っても、少年はもうどこかに行ってしまい、手掛かりはどこにもありません。
彼の手には、少年から奪った銀貨が残りました。



・・・力尽きたジャンバルジャンは闇夜の草むらに膝を付いてくずおれ、
その膝に頭を押し付け、両手で髪を掴み、


そしてこの19年間で一度も流したことのなかった涙とともに、叫びます。




――彼は銀貨を踏んだとき、もちろんわかっていました。
わかっていて、でも届かなかったのです。


司教との出会いは既に彼を大きく変えていました。


でも、彼の19年間で培った、積もって渦巻いていた今に至る心の習慣と衝動は、
彼の心が知らぬうちに変化した後も、大きな慣性の力とともに彼を本能的に動かした。

そして時間を置いて我に返った知性と理性の元で、
彼は自分のしたことを初めて認識し理解し、そして戦慄したのです。




ーーーそして。


さあ、彼は今や、本当に盗人です。



かつて自分が犯した盗み・・・飢えた子供のために行ったその行為は、
「犯罪」ではあったかもしれないが、決して19年の罰に当たるような罪ではなかった。
その動機も責められるものでは決してなかった。


しかし、一飯一宿の恩ある司教から銀の食器を盗むという、言い訳のできない完全な罪を犯し、
その忘恩を信じられない許容で許され、


その許された罪の後に犯した、この決定的な罪。



聖人に示された慈悲と、自分の犯した罪の卑劣さを前に、
彼は魂の底まで打ちのめされます。

この瞬間、彼の人生には、もはや二つの選択しかありませんでした。


すなわち、


一切を改心し、これから先の全人生を投げだし捧げて、
司教さえ超える光と徳と高潔の徒として生きるか、


・・・でなければ、このまま堕ちるところまで堕ちる怪物となって、どんな徳も光も届かない場所で、神をあざ笑う道を行くか。


ーーーーーーーーーーーーー

・・・もはや彼にとっては中間は存在しないこと、
もし今後最善の人とならないとすれば最悪の人となるであろうということ、

言わば司教よりも高きに昇るか、
囚人よりもなお低きに落つるか・・・

もし善良足らんと欲せば天使とならなければならないこと、
邪悪に留まらんと欲せば怪物とならなければならないこと


ーーーーーーーーーーーーーー


分けも分からないまま投げ込まれた、その二つの大きな人生の大口の前で、

ジャンバルジャンは引き裂かれます。



この瞬間のジャンバルジャンの悶絶!懊悩!





・・・・・そして・・・・・・



ーーーーーーーーーー

・・・泣いた後に彼は何をなしたか。どこへ彼は行ったか。

・・・・・ただ一つ確かめられたことは、
その同じ夜、当時グルノーブル通いをしていた馬車屋が、
朝の三時頃デューイに着いて、司教邸のある通りを通ってゆく時に、

一人の男がビヤンヴニュ司教の家の前で、
祈るような姿をして闇の中に敷石の上にひざまずいているのを、見かけたということである。


ーーーーーーーーーーー




ほうき   ほうき   ほうき   ほうき   ほうき



ここ!!ここで序盤の章が終了です。




そして、その次の章から数年後の話に切り替わり、


事業を成功させたが、
自分は人に尽くし、他人には清くあることしか求めず、

ビヤンヴニュ司教の臨終を知ってからはずっと喪服をまとい続け、
何故かサヴォア出身の少年がやってくるごとに金を与える

聖人のような市長さんのエピソードが始まるわけです。






どうです?全然違うでしょう?



このエピソードを挟むか挟まないかで、
その後のジャンバルジャンの行動の説得力がもう段違いです。


というか人間というものの捉え方の層が、段違いです。



このシーンを読み進めたときに、
この小説のマイ殿堂入りはもう確定でしたよね。


以降も好きなシーンはありますが、やはりここです。



ああ・・・・私のつたない表現で伝えられただろうか・・・。




あ、端折ってますけど、
銀の食器を盗むまでにも象徴的な場面がありますよ。
(※実はジャンバルジャンは、寝ていた司教を殺そうかという瞬間さえあった)



あと気づいてませんでしたが、

今読むと、最後半にあるパリのバリケードでの一幕・・・・
ジャンバルジャンとジャヴェール(※悪人は一生悪人、法の正義こそ全てと、ジャンバルジャンを執拗に追い詰めていく冷酷な警官)の対決は、この司教とジャンバルジャンのシーンの意図的な相似形なわけなんでしょうね。



そのシーンと、ジャヴェール最期の葛藤シーンが後半最大の見せ場です。





・・・というわけで、


これだけ有名な作品でありながら、
この表に出ない、全く知られていないこの作品の真の見どころについて語らせて頂きました。



脱線多いですけどね。



でもレミゼラブルの原作は本当に傑作です!









鑑賞後の夜の帝劇。


舞台として面白かったし、観て良かったですが、
作品のテーマ性の観点からはもうちょっとだったなー。


ジャヴェール役の川口達也さんの演技が印象的でした。





花  花   花


えーと、もうつなぎ方が全くわかりませんが、こちらもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

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