ではボービントン戦車博物館訪問記の五回目!いよいよ第二次大戦開戦以降の戦車たちです☆
まずはドイツ軍第二次大戦後期の主力戦車、Ⅴ号パンターです。
そして相対しますは、同時代のソ連の主力戦車、T-34です。
ちなみに両者の位置関係です。T-34がパンターを側面から狙っている感じでの展示です。
ところでこのT-34には周囲に歩道橋のような架橋がしつらえてあって、見学者はそこに昇ってT-34を砲塔の上から見学することが出来るのです。
他の展示されている戦車にはこういった設備は無いんですが、なぜかT-34だけ特別に(?)このような展示方法がなされているのです。
戦後の戦車の設計思想に大きな影響を与えた、偉大なソ連戦車をあらゆる角度から見学できるというのはありがたいんですが、見方によってはT-34を足元に見下すといった感じで、ソ連戦車好きな私にとっては、少々躊躇する展示方法です。
他にもソ連戦車は何種類か展示されていますが、あとでも書きますが一概にあまり良い扱いはされていないな、という印象です。まぁ英国にとっては長年対立してきた恨み重なる国家の兵器なんで、たとえ展示品といえども良い扱いはしたくないんでしょう。
ちなみに架橋の上からT-34の砲塔を見下した画像です (結局登っとるんか~い!!(/`Д´)/) 。
そして続きましては出ました☆第二次大戦最強の呼び声も高い「お姉ちゃん戦車」Ⅵ号ティーガーです。
第二次大戦当時、ヨーロッパの連合軍兵士を恐怖のドン底に陥れたといわれる戦車ですが、実際に目の当たりにしますとその大きさと迫力に圧倒されます。同時代の戦車と比較するとそのスケールの違いは歴然です。
(ちなみに全長比較…T-34/85 7.5m, M4 5.89m, チャーチル 7.45m, ティーガー 8.45m!)
現代の主力戦車と比較してもその威圧感は遜色ありません。今から約70年前の技術でこの重量57tの車体を時速38kmで動かせた「ドイツの技術力はやっぱり世界一ィィッ!!!」(おいおい…)です。
お姉ちゃんも納得の性能♡
続きましては大洗市内での対グロリアナ練習試合でお馴染み、マティルダ歩兵戦車です。
砲塔の後方には、例の八九式に打ち抜かれて炎上した燃料タンクが装備されております。
またこの車体は最近、実際に走行したらしく、車体の下には漏れたオイルを受けるためのトレーが置かれており、うっすらオイルが溜まっておりました。実際に稼働する戦車が見られるというのもこの博物館の醍醐味でしょう。
その隣におわしますは「一年生チーム」の愛機、M3リーです。
実物を目の当たりにすると想像以上に小さいです。
ちなみに側面はハッチが開いていて中の様子が覗けるようになっています。
この小さな車内にガタイの大きいアメリカ兵を戦車長・操縦手・主砲砲手・主砲装填手・副砲砲手・副砲装填手として計6名を詰め込むのかと思うと恐ろしいです。まるで「ギネスに挑戦!小型車に何人乗れるか!?」みたいなTVチ◯ンピオンを思わせるようなスシ詰め状態です。大洗が女子校で良かった?!
アメリカ戦車が続きます。M4シャーマンを水陸両用に改造した、M4シャーマンDDです。
まぁ、M4の車体の周囲に防水布の幌をとり付けただけのものなんですが(^_^;)。ノルマンディー上陸作戦時にオマハ・ビーチの沖で輸送船から降ろして、海上を航行して上陸させようというアイデアだったようですが、実際にはほとんどの車体が幌の内部に浸水してきて沈没してしまい、無事上陸できたのはわずかだったとか。企画倒れだ~っ★(ノ´▽`)ノ
M4シャーマンのバージョンをもうひとつ。トーナメント一回戦・サンダース大付属校戦で大洗チームを苦しめた「鼻の長いやつ」、M4シャーマン・ファイアフライです。
さらにその隣には、屋外にも展示されていたチャーチル歩兵戦車が展示されています。
ただし、機関銃を火炎放射器に換装して、ドイツ軍を恐怖のドン底に陥れた「クロコダイル」バージョンです。
後方には牽引車を引っ張っておりまして、中には火炎放射器用の燃料が積載されていたのだそうです。決してティーセット運搬用ではありません。
ちなみにファイアフライとチャーチルのツーショットです。
さてここまでが「戦車道」に使用できる、第二次大戦終戦までに生産された戦車のコレクションです。次回は第二次大戦以降の近・現代の戦車展示を紹介して、ひとまずの締めといたします。