をんな紋/玉岡かおる | もん・りいぶる21(21世紀のレビュー三昧)

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1997年 角川書店(角川文庫)


生まれ育った町を大切にする。
それは作家であろうが経営者であろうが政治家だろうが官僚だろうが、同じはずだ。
しかし、そこに住む人に対する想像力に差異があるとすれば、人に対する愛情の持ち方なのかもしれない。

玉岡かおるは兵庫県加古川市出身。
そして郷土加古川を描くことに情熱を傾け、そこに住む人々への愛情を込めて筆を振るう。
本書はそうした玉岡の生き様と見事にリンクした秀作だといえる。

物語は明治の終わりごろの話。大地主の娘柚喜が女子師範学校の寮から従妹の結婚式に参加するために帰省するところからスタートする。
背景にあるのは大地主とはいえ富める者ゆえの義務とお天気次第の小作農の苦悩とが並立する時代。

ここで、特権階級の典型のような柚喜を主人公にしたのは、この時代の地方の農村を俯瞰する上でダイナミックに見ることができる存在が稀有だからだ。いまならば、誰でもどこへでも出かけていけるが、最小限の教育を受けたら即働き手として使われるこの時代では、土に埋もれている人の物語では地域全体さえ語れない。

そして、もうひとつのテーマである恋愛も、この時代の庶民に恋愛に心を動かすゆとりなどない。
大きな川の流れに忠実に身を任せるしかない人たちも、この地方での特権階級にとっても婚姻意識に大きな差異はない。
あるとすれば、より大きな土地や家という資産の維持拡大という部分だろう。
しかし、それはどこに行ってもこんな構造はアリキタリだ。物語は大きく動かない。

そこで、恋愛が味付けとして加わることで物語が大きく動く。
もちろん明治時代の恋愛だから、トップアイドルだってここまで繊細に配慮はすまいというほどに細かな機微を使い尽くして恋愛が進む。
その歯切れの悪さがかえって現代の光速恋愛の姿と対比すると美しく見えてしまう。

この対比の妙の中で、しかし、物語は読者を裏切り続ける。
裏切られてもなお光明を探ろうと読み続けるが、時代と地域への忠実なリアルの希求がその筆を緩ませることはない。

甘口の観光小説などを想像すると、アテが外れるが、しっかりと構築された群像劇を読もうとするならば、この小説は読み応えがある。