悲しいお知らせが届きました。

在日同胞のウリハッキョ震災復興の為、ご自身が大切に貯めた5万バーツの大切なお金を捧げてくださった、慰安婦被害者、ノ・スボクおばあさんが他界されました。

言葉にはできない苦労をされ異国で住み続けた、ノ・スボクおばあさん。

在日の子供達のためにと、大切に貯めた生活費を捧げてくださったハルモニ。

タイから心暖まる寄付の話
  http://ameblo.jp/mongdangj/entry-10994197520.html

モンダンヨンピルcaffe

どうか安らかにお眠りください。

日本軍"慰安婦"被害者ノスボクおばあさん、タイで逝去


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▲タイで居住てきた日本軍"慰安婦"被害者のノスボクおばあさんが4日、他界した。写真は故人が昨年8月、自分が集めた生活費5万バーツを在日朝鮮学校支援団体に渡した場面。 [資料写真 - 統一ニュース]

タイのに居住してきた日本軍"慰安婦"被害者のノスボクおばあさんが4日、他界した。享年91歳。

"韓国挺身隊問題対策協議会"(常任代表ユンミヒャン)は7日、故人の訃報を発表した。

故ノスボクさんは1921年に慶尚北道安東(アンドン)で生まれ、1942年の釜山影島橋近くの井戸端で洗濯している間、強制連行され、シンガポールやタイのなどの地で日本軍慰安婦生活を強要された。

故人は、日本の敗戦後、国連軍の捕虜収容所に収容されたが、帰国することができずタイのに居住してきた。

故ノスボクさんは、1984年にタイ駐在の韓国大使館を通じて韓国の家族を捜してくれと依頼、40年ぶりに故国を訪問し、1988年当時、ユンジョンオク挺対協共同代表との出会いを通して日本軍"慰安婦"だったことが明らかになった。

当時、国内の日本軍"慰安婦"で初めて明らかになった彼女らは、日本の沖縄ベボンギさんとタイのノスボクおばあさん二人だけだった。

特に、故人は、去る8月に帰国し、"第10回日本軍"慰安婦"問題解決のためのアジア連帯会議"に参加して日本の東北の大地震で被害を受けた在日朝鮮学校の生徒たちのために、自分が集めた生活費5万バーツ(約180万円)を寄付した。

故ノスボクおばあさんの死去で、現在政府に公式に登録された日本軍"慰安婦"被害者は65人だ。

URL
http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=96550