製薬会社と精神科医との利益相反について考える機会があった。

 この問題は以前ブログでも取り上げたことがあるが、

http://ameblo.jp/momo-kako/entry-10639096597.html (製薬会社と精神科医の「不適切な」関係)、あらためて考えてみたい。




ゆがんだエビデンス

『精神経誌』(2010、112巻11号)に医師(医学界)と製薬会社との利益相反についての特集が組まれている。アメリカではこの問題はかなり前から社会現象として語られていたが、日本でこうして特集が組まれるのは珍しいと言えるかもしれない。



 まず押さえておくべきは、アメリカにおける製薬会社のマーケティング戦略の実態である。

 米国の主要医学雑誌に結果が掲載された臨床試験の3分の2から4分の3は、製薬企業の資金で実施されたものである。

製薬会社が自社の薬の臨床試験を行えばどういうことになるか。すべては出来レースとなるのは否めない。

そのやり方は、まず、臨床試験結果を論文にする際、専門の論文制作者(ゴーストライター)をやとって論文が作成される。その際、データの操作が行われ(ネガティブ・データの隠ぺい、改ざん)、さらにはその論文に箔をつけるため、論文にふさわしい有力な精神薬理学者の名を冠して、主要医学雑誌のその論文が掲載される。そうした手順が、ほぼ常套的に行われているというのである。

 つまり、ある種の薬は「ゆがんだエビデンス」のもと作られ承認されているということだ。




 具体例をいくつかあげると、

 アメリカFDAに登録された12の新規抗うつ薬、74例の臨床試験結果のうち、ポジティブとされた37の試験は出版されたが、ネガティブないし疑問符のついた31%の試験結果が出版されなかったという。

 これは、つまり、抗うつ薬の臨床試験がいかに出版バイアスに満ちているかの証拠である。



 もうひとつ、第二世代抗精神病薬である、クエチアピンとオランザピンについて、それぞれの製薬会社がこれらを売り込む際のさまざまな社内文書がある。そのなかで、製薬会社の営業部門の考えていることは、企業の倫理的責任や透明性というものからははるかに乖離した、ゲーム感覚の販売促進手段である。(どういうタイプの医師に、どのように接近し、どう納得させるかといったような手段の検討。)




 こうした現実を前に、論文を掲載する医学雑誌そのものから批判の声があがった。有名な医学雑誌に長年携わってきた編集長がこう吐露している。

「医学雑誌は製薬会社のマーケティング部門の延長である」

「医師はもはや信頼できる情報源としてジャーナルを信用できない」

「製薬企業の情報ロンダリングの手先になり下がってしまっている」




 もちろん製薬会社は医学雑誌を刊行する企業にも多大な影響を与えている。たとえば、広告収入がある。さらにはポジティブ・データを記した臨床研究はその別刷りが用意され、そのために100万ドル以上の金銭を製薬会社は拠出して、かなりの収入源になっていた。にもかかわらず、編集長がこうした声を挙げたのは、製薬会社との相互依存体質を断ちきり、雑誌自身を自浄していく決意の現れであろう。




病気の捏造

 データ操作のほか、問題なのは「病気の売り込み」といわれるやり方である。

 米国における訴訟過程で明らかになったことだが、ある製薬会社の社内プレゼンテーション資料では、非定型抗精神病薬Dの特許切れを前にして、Dの売上利益を維持するためにDを気分障害の治療薬として認知させるための会社方針が明らかにされている。

「気分安定化薬として認知されれば、Dの売り上げは4倍になるであろう。」

 そして、どのような医師をターゲットとし、それをいかに教育していくかの議論が事細かに展開されている。

 このように、疾患の概念の境界を拡大することで、薬の適用範囲を広げることができる。つまり、これまで病気としてみなされていなかったような変調を、あえて「病気」として、薬剤の処方対象とするこのやり方は、日本においても、SSRIではよく起こっている現象と言える。




アメリカの規制

こうした現実の反省から、アメリカではオバマ政権下、2010年春に、いわゆるサンシャイン法といわれる法律が制定された(施行は2011年秋)。

 この法律では、すべての製薬会社・医療機器会社に、1年間に100ドル以上の支払いのある医師や病院を公表する義務を課している。

 この法律が施行されると、医師個人の開示と、提供側の企業の開示をつきあわせれば、資金の授受の事実を隠すことはできなくなる。

 しかし、日本では、医師と製薬会社との金銭授受について、国家公務員倫理規程が定めら、情報開示が行われているとはいうものの、それ以外については情報を開示する手段がないというのが実情だ。つまり、癒着の透明化は困難ということである。




日本の精神科医と製薬会社の関係

 向精神薬の薬害は、極論すれば、これまで書いてきたような製薬会社のマーケティング戦略を背景に、医師を取り込み、さらには患者を「啓蒙」してきた結果であるといえる。

 しかし、日本の精神科医の場合、自身が製薬会社の影響を受けていると認識している人は少ない。

あるアンケート調査によると、61%の医師は、「自分は影響を受けない」と考えている。が、「他の医師も同様に影響を受けていない」と考える医師はわずか16%だ。

 つまり、日本の医師の場合、影響を受けていることを認めない、あるいは意識化していないのだ。これは心理学用語でいえば、自己の行動を正当化する心理的防衛機構である。

自分だけは違う。たとえ製薬会社主催の勉強会に交通費を出してもらって出席しても、役に立っているのだからよしとするなど、認知の歪みがあるということだ。

 また、医師がMRをどう見ているかというアンケートでは、73%の医師が、「MRは新しい薬について正確な情報を与えてくれる」と考えている

一方で、「製薬会社、あるいはMRからの贈り物は自分の処方行動によくない影響を与えている」と考える医師はわずか10%。「低額な贈り物をもらうことは適切である」と答えた医師は、28%。「高額な贈り物をもらうことは適切である」が5%いる。




医師サイドはこのレベルである。意識するしないにかかわらず、結果として、日本の一般精神科医は、製薬会社の言うことを鵜呑みにし、その製薬会社は製薬会社で、データを改ざんし、その薬が本当に患者のためになるのかどうかなどどうでもよく、ゲーム感覚で販売戦略を練り、薬の処方拡大のために新たな病気を作り、そうした陰で、一部の医師は製薬会社から莫大な利益を受けている。

その結果、馬鹿を見るのは、誰だろう?




製薬会社のお先棒

こうした土壌から生まれた「薬害」に拍車をかけるのが、いわゆる患者の「啓蒙」である。

おもしろいデータがある。うつ病治療の第一人者とさせる野村総一郎氏の語録だ。

①1999年にSSRIが発売された4年後の2003年9月5日、信濃毎日新聞

「現在いろいろな薬が使われていますが、一般にどの薬も恐ろしい副作用はありません。中でも抗うつ薬は一番安全性が高い。継続して飲んでも心配なく、ぼけることも絶対にありません」



②2005年2月22日、NHK「福祉ネットワーク」

「抗うつ薬には、中毒になったり、やめられなくなったりという依存はほとんどありません」

「副作用に関しては、重大な副作用というものはありません」




③2006年7月28日(第3回日本うつ病学会総会市民公開講座)

「……違う人格になることなどありません。抗うつ薬は「強い薬」というのも誤解。一般に「強い薬」とよく言われるのは、飲むと副作用があるという意味で使われていると思う。たしかに抗うつ薬に副作用はあるが、決して強力に作用して、フラフラになるとか、日常生活が送れないということはないんです」




④2009年8月16日 日本経済新聞

「(抗うつ薬SSRIについて)発売当初は過剰な期待があった」

(アクチベーション症候群が起こりえるのは「当初からわかっていた」

この発言は、2009年に厚生労働省が他人への攻撃性について注意喚起した途端の、「前言翻し」である。




「うつは心の風邪」――キャッチコピーとしては悪くないが、だからこそ多くの人の心の隙間に入り込み、本当はこんなにも「いい加減」で「ゆがんだエビデンス」のもとに作られた抗うつ薬を、お先棒を担ぐ「専門家」に「安全だ」と騙されて、ネット上では、製薬会社が作る「うつ病チェックリスト」なるもので多くの人が「うつ病の可能性あり」と診断され、製薬会社との利益相反のただ中にいることさえ自覚のない精神科医に処方された薬を飲んで、結果、副作用しか体験しなかった患者たち――。

 一皮めくれば、向精神薬、とくに抗うつ薬は、マーケティング戦略の産物にすぎないものとさえいえる。にもかかわらず、治療の過程で、副作用による悪化を「病気の悪化」ととらえられ、さらなる投薬、そして、遷延性のうつ病へと、上記の三つ巴のその罪は、二重三重に重い。








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