精神医療の真実  フリーライターかこのブログ

精神医療についていろいろ調べているフリ―ライター。およそ非科学的な精神医療という世界。薬の副作用、離脱症状……精神科医の薬に対する認識に疑問を抱いています。皆さんと一緒に考えていけたらと思います。

当ブログは精神医療を一概に全否定するものではありません。
ただ、現在の精神医療が荒廃していることは確かです。そのような医療にかかることのリスクを考えると、安易な受診は被害の第一歩にもなりかねず、その意味での警鐘は鳴らし続けるつもりです。
また、当ブログは一概に減薬、断薬を勧めるものでもありません。
このあたりのことは拙著をお読みいただければ幸いです。

☆『ルポ精神医療につながれる子どもたち』(彩流社)
☆『精神医療の現実 処方薬依存からの再生の物語』(萬書房)

減薬方法についてのアドバイスは、医療者でない私には不可能です。その点はどうぞご了承ください。
また、コメントについては、不適切と思われるものは公開を控えさせていただいています。


新たに、茶話会等のお知らせ専用のHPを作りました。各地で開かれる茶話会(医療を考える会)の開催予定がわかりますので、ご利用ください。


精神医療の真実 告知板


 

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知識なしの一気断薬

最近は、厚生労働省が行った向精神薬の処方規制(減算措置)や、マスコミ報道等により、医師はもちろん世間的にも向精神薬に以前より厳しい目が向けられるようになってきた。

 体調不良を訴えて、他科を受診したりすると「そんな薬を飲んでいるから」という言われ方をすることもある。

 最近聞いた話では、漢方薬局に相談をしたとき、「そんな薬を飲んでちゃダメ」というような言われ方をして、何の知識もないまま、一気断薬をしてしまった人もいた。

 あるいは、薬を飲みながら、民間のカウンセリングセンターのようなところでカウンセリングを受け、あるカウンセラーから「薬を飲んでもよくならないなら、やめればいい」と軽く言われて、やはりそのまま一気断薬をした人もいる。

 もちろん、どちらの場合も、その後たいへんな離脱症状に襲われて、慌てて再服薬。しかし、その後体調不良はもとに戻らないまま、なかなか減薬も進まない状態が続いているという。

 向精神薬は危険であるという情報。

 一方で、こうした薬は一気にやめては危険であるという情報。

 どうも前者のほうが独り歩きをしているような気がする。

 向精神薬への批判が高まるのは悪いことではないのかもしれないが、だからといって「やめればいい」というものではない。

 まして、漢方薬局の人やカウンセラーなら、この種の薬がどのように作用し、どのようにやめればいいのかくらいの知識はもっていてしかるべきだろう。素人のアドバイスとは違うのである。その責任は重い。

 とくにカウンセラーの場合、医療者ではないが、当事者はあちこちの医療機関に絶望して、藁にもすがる思いで門を叩くことが多い。にもかかわらず、薬について知識のあるカウンセラーというのはあまり多くない(いるのか?)。知識もないのに、「やめればよい」などという助言はあまりにお気楽すぎる。

こうした例に限らず、カウンセラーによる被害は薬の被害と同じように、精神医療の世界でかなり頻発しているのではないかと思う。そのうえ自費である。1時間1万円は当たり前の世界である。

 また、生半可な知識だけで、あるいはネットの情報だけで(その意味で私のブログも含まれる)、向精神薬に嫌悪感を抱き、一気に(近いかたちで)断薬、という人もかなりいる。

 そして、やはり離脱症状に見舞われる。

 薬をやめる(減らす)ことによって離脱症状が出てくるという知識があればまだいいが――しかし、これにもまた弊害がある。離脱症状を恐れるあまり、症状が出る前から離脱症状恐怖症のような状態に陥る人もいるのだ――何の知識も持たないまま減断薬を決行して離脱症状に見舞われた場合、当事者はまさに青天の霹靂。自分の身に何が起こったのかさえわからない。

 それどころか、精神医療の現場でさえ、当事者の身に起こっている、こうした状態を想定していないので、当事者は行き場を失う。これほど辛い状態なのに、誰にも(医師にも)どうすることもできない。もちろん、再服薬をすれば多少は落ち着くが、なぜか一度崩れてしまった体調は再服薬しても以前のような状態にまで戻ることはないようだ。

 そして、ここからが当事者の長い闘いの始まりとなる。

 

 思い切って崖から飛び出したものの、受け止めてくれる手のひらもなく、よく考えてみたらパラシュートもつけていなかった……ような状態。

 そのまま精神科を受診すれば、当然薬が処方される。それでも状態が落ち着かなければ、薬の量も種類もどんどん増えていく。まさに地獄の一丁目。こうして精神医療の負のスパイラルに飲み込まれてしまう。

 あるいはそこでネット等で離脱症状の知識を仕入れて、踏ん張ろうとする。が、あまりに辛い。少し薬を戻しても、それでも辛い。しかし、これ以上薬は増やしたくない。なんとしてでも減薬、断薬にもっていきたい。でも辛い。どうすればいい? どうにもならない。時間の経過。時間はかかるが、きっとよくなる。つまり我慢し続けるということか……?

 

減薬をするならその前に少し勉強をしてほしい

 向精神薬を止めるときは、やはりある程度の計画性は必要と感じる。予期してもいなかった、この世の地獄とも思えるような症状に、人間はそうそう耐えられるものではない。ベンゾジアゼピンの減断薬なら、せめて「アシュトンマニュアル」くらいは目を通しておいたほうがいい。その方法を実行する必要はないが、減薬という行動がどういうことを生じさせるのか、その理解を得ておくだけでも意味があると思う。

 そして、減断薬をしてくれる医療機関……皆無とは言わないが、こちらが理想と考えているような対応をしてくれる医療機関はほぼない(かもしれない)という事実もまずは受け止めておいたほうがいい。

 最近では医師のあいだでも、「離脱症状」というものへの理解は以前より進んでいるようだが、かなり限定的なとらえ方である。離脱症状が継続するであろう期間も短く考えているし、想定している症状も多くはない。薬の成分が体から抜ければ、離脱症状も消えるという考え方(その場合、離脱症状はせいぜい3週間くらいという言い方をする)。それ以上続く症状は、「離脱症状ではなく、もともとのあなたの病気」ということだ。

 

常用量依存に関するある医師の見解

 最近読んだものの中に(出典は控える)、医師がこうした状態についてどう考えているかをよく表す文章があったので紹介する。

 

***************

① ベンゾジアゼピンの「常用量依存」は「薬物依存」ではないと考える。

 「薬物依存」といった場合、「精神依存」と「身体依存」がある。「精神依存」とは、その物質がほしくたまらない、それなしではいられないという状態を指す。

 一方「身体依存」は、中枢神経系がその物質(薬)に適応し、たえずその物質が供給される状態が「通常」と脳が感じ、その結果、同じ量の物質ではその均衡が保たれずに量が増えていく。したがって、その物質の供給が止まると、脳の均衡が崩れて、一種のリバウンド状態が生じる。つまり、「身体依存」というのは、生体としてのある意味「正常」な反応ということである。

そして、処方薬の常用量依存は「身体依存」はあるが、「精神依存」がないので、「薬物依存」とは言わないと考える。

 

② アルコールや麻薬(ヘロイン、モルヒネ)等、鎮静作用を持つ物質は身体依存が起こす。したがって、離脱症状として自律神経症状が出現する。

 一方、覚せい剤やコカインなどの興奮作用をもつ物質は、身体依存(自律神経症状)はなく、精神依存(物質への渇望)のみである。

 

③ 常用量依存は長期的にさまざまな健康被害――特に加齢に伴って転倒や意識障害の原因となりうる――の危険性はある。しかし、精神依存のある覚せい剤、コカインといった「薬物依存」のようにただちに断薬を行うべきとは考えない。実際の臨床では、服薬することのメリットとデメリットを考えながら、対応すべき問題である。

 

④ 常用量依存が疑われる患者の多くが、根底に別の精神障害を抱えており、患者自身が「離脱」と主張する症状はしばしば根底にある精神障害の症状である。したがって、ベンゾ系薬物を減量した後には、抗うつ薬や抗精神病薬等を投与しなければならない場合が多い。

 

⑤ 減薬に年単位を要する症例は、別の精神障害を抱えていることが多い。

 また、離脱症状が年単位で継続したということは、医学的に見て妥当とは思えない。

 

⑥ 常用量依存診断のためには、断薬後に他の精神障害の症状が出現してはならない。

 

*************

 これはいわゆる「薬物依存」に詳しい精神科医の言葉である。しかもベンゾジアゼピンの離脱症状にも詳しいとされる医師である。

 この医師が言っていることは、つまりこういうことだ。

――正確な意味での常用量依存はほとんど存在しない。離脱症状と思われる症状の多くは、元々の病気の症状である。ベンゾは身体依存だけなので、無理にやめることはない。減らして辛い症状が出るということは、基礎に精神疾患がある証拠だから、飲み続ければいいし、辛ければ抗うつ薬でも抗精神病薬でも飲んで、治療すべきである――。

 もう一度言うが、この医師はベンゾの危険性についても十分に把握しているはずの医師である。それがこうした発言をする。驚くべきことである。

 もっとも、この文章の細部までよくよく読んでみると、主張が自家撞着に陥り、疑問が多々残る文章ではある。が、こうした知見がまかり通っているのが精神医療の現状であり、場合によって立ち位置によって、手のひらをかえすように主張が玉虫色に変化するのも、精神医療(精神科医)の特徴である。これのどこにも当事者の視点は見当たらない。

 

 ちなみに、1996年に出版され論文に以下のようなものがある。

北里大学村崎光邦教授の『薬物依存と脳障害』の中の「ベンゾジアゼピンの常用量依存」と題する論文。

「4~6ヶ月以上の臨床用量のベンゾ服用者には50%を超える退薬症状を覚悟しておかねばならないことになる。」

「本来、依存状態に陥る前にうまくベンゾの投与を終了して、6ヶ月以上の長期使用へ移動しないような予防的工夫が大切である。」

 

「退薬症状」とは身体依存としての離脱症状のことである。ここでは、基礎に精神疾患の有無を問題としていない。4~6ヶ月の服用で半数以上が常用量依存になると言っているのだ。

 この村崎氏の知見について、この医師の考えをうかがってみたいものだ。

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 昨日はある地方裁判所で行われた、ベンゾ処方に関する損害賠償請求訴訟の傍聴に行ってきました。

 平成25年に提訴されて、書面のやり取りが続くこと3年。ようやくこの日、証人尋問が行われたというわけです。

 午後1時に開廷した法廷は4人の証人の尋問が行われ、閉廷したのは予定の午後5時をいくらか回っていました。

 詳細はいまは避けますが、要するにベンゾジアゼピン処方(しかも適応外処方に相当するのではないかと思われる)による副作用、離脱症状等によって、原告は4年ほど休職を余儀なくされ、その後復職するも以前の役職に戻れなかった、そのことに対する「損害賠償請求」ということです。その間、原告は離婚も経験しています。

 法廷という場でベンゾジアゼピンの処方に関して、かなり突っ込んだ意見が交わされたことに、私は多少の驚き(新鮮さ)と歓迎の気持ちになりました。

 ベンゾ――具体的にはランドセンという抗てんかん薬――その処方の仕方や減薬方法、離脱症状等々についてここまで深く被告医師や原告医師に対して質問が行われるとは想像していませんでした。

 ただ、残念ながらというべきか、舞台は精神科ではなく、神経内科における処方です。

 証言で気になった部分をいくつか拾っておきます。

 

原告弁護人 ランドセン処方時に副作用についての説明は?

被告医師A しました。

原告弁護人 ベンゾの処方ということで何か配慮は?

被告医師A 特にありません

原告弁護人 投与期間についての説明は?

被告医師A 説明していません。

 

原告弁護人 事前に減薬についての話は特になかったと聞いているが?

被告医師A 急な減薬は危険なので、少しずつ減らしてくださいと伝えた。

     急に減らすと離脱症状が出ると説明した。

原告弁護人 減薬方法について、ジアゼパム換算については?

被告医師A 知りません。

 

被告弁護人 この症状でランドセンを中止した例はありますか? 一生飲む?

被告医師A  中止した例は、転院したりしてその後どうなったかはわからないが、自分の知る限りありません。

被告弁護人 ランドセンで依存は生じないのか?

被告医師A  精神的な依存はない。急な減薬では身体的な離脱症状が出る場合もある。

被告弁護人 依存について説明はなかったとのことだが?

被告医師A  添付文書には「大量連用で依存になる」と書かれているので、このケースには当てはまらないと考えた(だから説明はしなかった)。

被告弁護人 「常用量依存」ということは知っていますか?

被告医師A  言葉は知っているが、定義がはっきりしていない。

 

被告弁護人 原告に、減薬は自分で調整してと言っているが、それは(医療的に)OKなのか?

被告医師B まあ、いいと思う。

被告弁護人 漸減はあるが、減薬の基準はない? ジアゼパムに換算して減らしていく方法に関しては?

被告医師B 知りません。

被告弁護人 ランドセンですが、投与量に制限があるが・・・?

被告医師B 知りません。

 

原告弁護人 ランドセン4㎎を1㎎に減らしているが、そのときに離脱症状は疑わなかったのか?

被告医師B 患者にはさまざまな症状が出ていて、本来の病気の再燃と思った。

 

原告弁護人 最初原告を診察した時について。

原告医師 ランドセンの離脱症状も念頭に置いて診察にあたりました。

原告弁護人 あなたは精神科医として、ベンゾの処方についての考えは?

原告医師 ベンゾはなるべく処方しないようにしている。不眠でもいまはベンゾ以外の薬もあり、またそれ以前に眠れないことの原因を探る方が先と考えている。

原告弁護人 常用量依存は?

原告医師 常用量依存はある。

 

その他にも種々興味深い発言がありましたが、ここでは控えます。

それにしても被告医師2人のベンゾジアゼピンに関する知識不足は否めません。ジアゼパム換算を「知らない」と断言したときには、傍聴席にいた数人が思わず顔を見合わせました。これは裁判的には原告に有利に働く事実なのではないでしょうか。

また、常用量依存についても認識がない(甘い)ことを裁判官がどう判断するか?

傍聴をして感じたのは、やはりベンゾに関して医師の教育が早急に必要ということです。当事者と医師との受け止め方の乖離があまりに大きいです。医師が離脱症状を正しく認識し、常用量依存を知り、ジアゼパム換算を知ること。でなければ、同様の被害はこの先も続くでしょう。

この裁判は、ベンゾについて知識のある人間から見れば、被告医師の過失はよく「見えて」きます。しかし、先日の厚労省への陳情でも明らかになったように、お役所のベンゾに対する認識が被告医師と同レベルなのですから、裁判所がそれを飛び越えた判断をするとはやはり思えない(悲観的にならざるを得ない)です。

それでも、この裁判の勝訴を祈っています。この裁判で何らかの方向性が見いだせれば、ベンゾに関して多少の変化も生じてくると思いますので。

地裁での判決は来年1~3月くらいになりそうとのことです。

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厚労省陳情 

昨日は711(世界ベンゾ注意喚起の日)で、お知らせしていた通り、厚生労働省への陳情が行われました。

 参加者は当初お申し込みをいただいていた人数を越え(当日参加の方が多く)、定員数をほぼ満たす33名となりました。

 沖縄からわざわざこの日のために上京された方、また京都からも、愛知からは2名、茨城、富山、青森の方の代理として千葉からなど、全国にわたっての参加がありました。

 本当に皆さんありがとうございました。

 また、この日、参加を予定されていたにもかかわらず、体調不良のために見送らざるを得なかった方が3名ほど(その日の朝、メールをいただきました)、またコメント等で応援してくださった方、ただ心の中で気にかけていてくださった方々、御礼申し上げます。

 

 陳情は当初午後3時30分から50分間という予定でしたが、当事者の発言が相次ぎ、結局20分ほどオーバーして午後4時40分くらいに終了しました(それでもまだ時間が足りないと感じました)。

 厚生労働省側は、陳情の内容により複数の課より7名の方が参加。

 当事者の熱い思いは抑えきれないものがありましたが、一方厚労省側の対応は対照的に、冷ややかとまでは言いませんが、やはり「お役所的」なものでした。

 もちろん、彼らは公僕であり、厚労省という組織人ですから、「お役所的」にならざるを得ず、そこに個人の情や思いを入れ込むことは不可能です。

 ただ、私たちが出した要望書に対する返答があまりに軽く、通り一遍であるという印象は否めません。

「何とかこの場をすり抜ける」ことのみに終始していたように思います。

 

1.  ベンゾジアゼピン系薬物処方期間の継続に制限を設けること

2.  ベンゾジアゼピン系薬物依存症に関する全ての医療関係者を対象とした研修を実施すること

3.   ベンゾジアゼピン系薬物依存症に特化した専門医療機関の設置拡充と、治療のあり方の改善をすること

 4.   子どもへのベンゾジアゼピン系薬物の安易な投与は厳禁とし、薬剤に頼らない解決策を第一義的に構築すること

 

 これらの要望事項について、彼らは本当に省内で議論したのか……? たいへん疑問に感じました。

 それくらい、彼らの返答は「型にはまった」「教科書的」なもので、悪く言えば「クレーマー処理」を行うためのマニュアルに沿った回答のようでした。

 要望事項で厚労省側が歩み寄ったものは、現在のところは見当たりません。

 彼らの回答は、こうした要望に関してこれまで厚労省として行ってきた「改善」を述べたに過ぎないものでした(たとえば、ベンゾ処方の規制……睡眠薬と抗不安薬はそれぞれ3剤以上は減算の対象となることや、うつ病治療において認知行動療法を保険点数化したこと、さらに依存については「添付文書」に明記してある等を繰り返す。)

 

 そして、今回厚労省としては文書での回答を拒否しましたので、陳情に同行した都議の上田令子さんの提案で、日本国憲法第16条および請願法第3条に基づき、厚労省宛質問書を送付することになりました。

 

 もちろん、一度や二度の陳情で現実が変わるわけがありません。また、単に当事者の不満の吐き出しだけで厚労省が動くはずもありません。

 ただ、今回は当事者が名乗りを上げ、厚労省まで足を運び、直接訴えることができた……それはまず第一歩を踏み出したということで、意味あることだと思います。

 今後の活動につながっていけば、いつかきっと変化がやってくると信じて。

 

チラシ配布 青森・熊本でも

 チラシ配布ですが、この日の午前中、陳情前にも新宿で行われました。

 それだけでなく、同じこの日に、青森でただ一人、当事者の方がチラシ配布を行いました。厚労省への陳情にもちろん参加したかったのですが、体調不良で遠出が難しいため(代理の方が千葉から来てくださいましたが)、せめてもの行動ということでした(地元紙の取材を受けたそうですが、記事になるかどうかは微妙とのことです)。

 またその方の友人も、熊本の地でチラシ配布を実行してくれたとのことです。

 地方はチラシ配布さえ、思いがあってもなかなかままならないことがあると聞きます。友だちに協力を相談したら、反対に「そんなことはやめたほうがいい」と……。そういうことがまだまだたくさんあるのが現実です。そんななか、たった一人でのチラシ配布、本当にお疲れ様でした。

 

 ともかく、711の活動、いろいろありがとうございました。

 

 

ダグラスさんより厚労省に「要望書」を手渡す。

 

青森でのチラシ配布の様子。

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