クリケットクラブに関するicenetwork記事の解説(追記あり) | 覚え書きあれこれ

覚え書きあれこれ

記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...



追記:さきほどナム君のインスタグラムに載った写真です。






3月25日付けでIcenetworkに:

Where champions train: The rise of the Cricket Club
Orser, Wilson team up in Toronto to groom sport's best over past decade



という記事が掲載されました。フィリップ・ハーシュさんによるとても長い記事で、タイトルどおり、クリケットクラブに関するものです。


ざっと読んで見たところ、コアな羽生ファンであればほぼ全て、既出の内容。


これはある意味、羽生選手の台頭によってどれだけクリケット・クラブが注目されてきたか、ということの表れでもあると言えます。

私だって地元ですけど、ついこないだまでは名前こそ知っていても、クリケット・クラブがどんな所なのか、ぜーんぜん、知りませんでした。むしろパトリック・チャンがかつては所属していたグラニット・クラブの方が身近に感じられたかも(昔、主人の甥がそこでバイトしてたので)。


さて、

ブライアン・オーサーとトレイシー・ウィルソン、そしてデイビッド・ウィルソンのトリオが2005年頃から伝統ある、しかし低迷中のクリケット・クラブを復興させた、ということについては2007年にグローブ&メール紙に載ったベヴァリー・スミスさんの記事:

Orser and Wilson help spark Cricket Club revival

に詳しく書いてあります。(私のブログにも和訳を載せました)


ブライアンたちが韓国のキム・ヨナ選手やアメリカのアダム・リッポン選手と一時期は良い関係にあったのにその後、気まずくなって二人がクリケットクラブを去っていた経過は『チーム・ブライアン』などで皆さんご存知のとおり。(この他にもThe Manleyskate Womanポッドキャストを聞き取り・翻訳した記事もありましたっけ)



まあそんなこともあって、全訳は止めておきますが、英語で全部読むのはしんどい、という方々のためにハーシュさんの記事を追いながら解説してみたいと思います。



記事の冒頭では:


選手がクリーンに通しの演技を終えた場合、コーチ達がリンクサイドにある直径40センチほどのベルを鳴らしてくれる、選手たちは皆競い合って、自分が通しで滑る時はそのベルが鳴るように頑張る、

ナム君いわく、選手たちにとって「ベルの音色を聞くのは大会でハイスコアを得た時よりも嬉しいかも」

というクリケットの習わし、について書かれています。


ここからはブライアンがいかにして今の素晴らしい選手陣を抱えるようになったか、の経緯を語っています(ロブスターの入ったリゾットを食べながら。。。)。


皆さんがご存知であろうブライアンやトレイシーの細かい経歴については省きますが、要するに:


現在、クリケットクラブで練習している選手たちはそうそうたるメンバーで、羽生結弦(日本)ハビエル・フェルナンデス(スペイン)をはじめとして、ナム・ニューエン、ギャビー・デールマン、アレイン・シャートラン(土曜日だけ参加)、ペアのイリユシェシキナ&モスコヴィッチ組のカナダ勢、ソニア・ラフエンテとハビエル・ラヤ(スペイン)などが集まっている。

そしてジュニアには韓国のジュンファン・チャ、カザフスタンのツルシンバエワ、ノービスではスティーブン・ゴゴレフ(カナダ)などが控えている。(ハーシュさんが取材に行った時点の2月半ばにはまだ例のもう一人のジュニア選手は来てなかったのですね)


でもエリート選手を育てるだけが自分たちの目標ではなかった、とトレイシーさんは言います。色んなレベルのスケーターを教えて、とにかくスケートに対する情熱を伝えたかった、と。


興味深かったのは、オーサーさんが「選手からクリケットクラブに来たい」って言われたら、すでに在籍している選手に義理を立てて断るのは間違いだ、ということを学んだと言ってるところ。

リッポンたちが去った後、すごく自分のコーチとしての腕に自信を失くして疑問を持った時期があったけど、ハビエルが来てくれて本当に良かった。自分たちのやっていることは間違っていなかったんだ、と思えたから。

でもよく考えたらリッポンがもしも残っていたら、そのハビエルの面倒を見るのを断っていたかも知れない。

(そんな、もったいない!)

その後も羽生選手を迎える前にハビエルの意見を聞いたけれど、やはり現実的な物の見方も必要なのだ、と今では思っている。そしてその結果、60人もの選手たちが今はクリケットで練習するようになった。



選手だけではなく、コーチ達もクラブではチームとして機能しているということは知られていますが、この記事では、クリケットのコーチ陣の名前がリストアップされていますね:

Only one of the Cricket Club's current skating  coaches, Ernest Pryhitka, who would become Nguyen's primary coach, was there when Orser and Wilson took over. There now are four others: Ghislain Briand (primary coach for Lafuente and the second Spanish man, Javier Raya); Lee Barkell (coach of Daleman, and Iliushechkina and Moscovitch); Andrew Hallam (stroking, skating skills, steps); and Paige Aistrop (spin doctor).

なお上記のリストで最後に名前が挙がっているペイジ・エイストロップさんはスピンの専門家ですが、「スピン・ドクター」とはハーシュさんのシャレで、直訳したら「スピンを治してくれるお医者さん」、でも普通は「(特に政治の世界で)物事の解釈を一定の方向に導くように、スポークス・パーソンとして力を発揮する人」、つまり世論を巧みに操る人、という意味です。もちろん、この記事の場合は直訳の方が正しいのですが。。。


和気あいあいと選手たちが切磋琢磨している様子も皆様、ご存知のとおり。先日のワールドシミュレーションの雰囲気からもそれは見て取れました。





確かにカナダ選手権でも、ギャビーとアレインは本当に仲良さそうだったし、モスコヴィッチさんはナム君の応援をしきりにしていました。たいてい、どんな大会に行っても仲間がいる、というのは心強いだろうと思います。ギャビーなどは、母親いわく、一時期は失いかけていたスケートへの情熱を、クリケットに来て取り戻した、チームワークのなせるわざ、なのだそうです。


設備の充実についても書かれています。

保護者たちが座って待てるラウンジはガラス張りでリンクが一望できる、リンクの周囲にはボードが張り巡らされていないのでコーチたちはすぐに氷上に降りて選手の演技を修正できる、鏡が設置されていてむしろダンススタジオの様な雰囲気である、ジムやセラピー用のスペースもあっていつでも利用できる。

数年前、クラブがリフォームをする際にコーチ達の意見が求められると、トレイシーは「何も変えちゃダメ!ここにはなんか不可思議なエネルギーが宿ってるんだから、触っちゃいやよ!」と言ったとか。


この他にも常駐の振付師について触れられています。ジェフリー・バトルとデイビッド・ウィルソン、この二人のすごいところは芸術面だけではなく、テクニカ ルな面にも精通していること。反対にブライアンとトレイシーは自身がかつてはオリンピック・メダリスト級の選手だっただけに、振り付けの重要性をよく認識しているところ。このコンビネーションがクリケット・クラブの成功に大きな影響を及ぼしている。


世界中を見渡すと幾つかの強力なクラブが存在する。かつてのマリポサ(オーサー、エルヴィス・ストイコが在籍)、グレノーラ(カート・ブラウニング、クリスティ・ヤマグチ)など、現在で言うならオーバースドーフ、コロラド、ロサンゼルスのクラブなど。(ここにデトロイトも加えるべきですよね)

時代によってそれぞれ盛衰は見られるけれど、過去10年ほど、クリケットクラブは安定して栄えて来た。でもオーサーたちは決して慢心することはない。トレイシーと時にリンクに目を向けて、素晴らしい選手たちが集まっていることに今さらながらに感嘆し(「見てごらん、この選手たちのおかげで僕らも皆によく思われてるんだよね」)、、今の栄光がいつまでも続くとは限らない、と肝に銘じているようです。


最後にナム君がクリケットの良さについて語っているのは「皆がお互い、他の選手の苦しみや喜びを、自分のことのように理解し合える」ということ。

だから一時期不調が続いていた時があり、ようやくスランプから抜け出してクリーンな通し演技をやり遂げた時、ブライアンが思いっきり力を込めて、三回、ベルを鳴らしてくれた。

その「喜びの音」は(リンクにいた)皆の耳にいつまでも鳴り響いていた、


とのことです。


本当にざっと斜め読み、という感じなので途中、すっ飛ばしている箇所もあります。何か質問があればご遠慮なくどうぞ。