自分を愛そう、ということ | 菅 美智恵 BLOG

菅 美智恵 BLOG

イタリアに居住。体験型の意識のワーク『秘行』を考案。
奇妙な人生を綴った「義理歩兵自伝」他、
「裏地伝」「三年計画・結婚の誓い【毎日投稿】」
「男と女の往復書簡」などをnoteのマガジンで連載。

みなさま、こんにちは!

 

少し前に久々の高熱を出してから、しばらく更新していませんでした。

コメントなどでご質問を下さった方、応対できずにすみませんでした。・゚・(ノД`)・゚・。
明日以降からまたお返事やブログ内紹介をしていきます。


いや~しかし、今回は少しばかり苦しみました。

どういうわけか、特に無理をした覚えもないところに突如として高熱が出まして・・!
39度までは自分で検温できたのですが、そのあとは苦しくてどうでもよくなってしまい測りませんでした。

のどから気管支までをやられて、いまだ収まらぬ激しい咳で腹筋がモナカ化しそうです(笑)

(イタリアではあの腹筋が6つに割れた様子をモナカではなく亀の甲羅と言うんですよ・・!)

 

 

この、身体がダウンモードに入っている間はまた、つくづく秘行の面白さを感じました。

 

熱が上がってくると悪寒とともに体中の関節や筋肉が驚くほど痛んで、「ふぁは~~」っと晩年の故・大滝秀治氏の声(リアルにご本人の声と一致)で唸りながら身をよじって耐えておりましたが、そんな時に「今私は自分を辛いのだと決めつけている」ことに気づいて、自分自身を「ひどい目に遭っている辛い人」という目で眺めてみたら、苦しい最中だからこそ、きれいに別のところに離して置いている自分の幸せが浮き彫りとなってわかり、なんだかそれがおかしく、笑いがこみ上げてきて、喉がバカみたいに痛いのに、感激でわははと声を出して笑ってしまいました(笑)


熱を出して全身の訴えを感じながら、このように大汗・大笑い・大滝秀治を経験できるなんて・・・そしてそんな時も目は見えて音楽が聴けて、身体あってのことですね。

ありがたいことだとつくづく謙虚になりました。(*´ω`*)

 

 

こうしてしばらく寝たきりでいたのですが、峠を越えたら気力もえらく落ちてしまいまして、心が空っぽでしばらく何も書くことができませんでした。元気もなく、不安やモヤモヤが出てきては通り過ぎていくのを眺めながら、静かに過ごしました。

 

それが晴れてくると同時にだんだんと発信したいことが現れてきて、今日はそのことを書こうとブログを開いたのです。

 

 

 

 

近頃は巷で「自分を愛すること」がとても大切だと叫ばれるようになったとお見受けします。

 

他者優先ではなく、自分を愛そう、

他人軸ではなく、自分軸で生きよう。

フェイスブックで、こうしたアイデアをよく見かけるようになりました。

 

とても、素晴らしいことだと思います!

 

でもわたしはこれにちょっとばかり別の感覚を持っているので、そのことについて書いてみたいと思ったのです。

 

 

その感覚というのをそのままあけっぴろげに書いてしまうと、

わたしには、この世界に「他人を大事にする」ということが存在しないと感じられるのです。

すべて自分のためだと思うのです。

 

自分ではない誰かを優先した、というとき、

それがどんな理由であれ、

わたしは例えば、「今わたしは、自分がこの人の悲しい顔を見るのが嫌なのだ、その自分の勝手のために、この人が悲しまないだろうと自分が勝手に思っているやり方を優先したのだ」と認識しています。

 

 

どんな時も、全部自分の選択を、「自分の好きにした」と、思っています。

 

だから、その場その場での行動というのは実は問題ではなく、

言ってしまえばまぁどうでもよく、

 

その行動に対して

 

「わたしは自己犠牲をした」と意味付けるか、

「わたしは自分の好きなようにした」と意味付けるか、

 

の違いだけだと思うのです。

 

 

そして、わたしは本当に他者のために何かをするというのは不可能だと思うのです。

「他者のためになるだろうと自分が勝手に決めていること」を、やりたいようにやるしかないと思うのです。

しかも、「その結果を見たい、その結果が欲しい、のも自分」ですよね。

 

だから、自身のいかなる行動も「自分のために自分で選択している」のだと、そう意味づけしているのですね。

 

そして、自分がそう意味づけしていることに、

 

常に常に気づいていること。

いつもそう受け入れていること。

(常に自分を眺めている感覚ですね♡)

 

 

わたしはこのあり方が、

「自分を愛そう、他者を優先してしまう自分を変えよう」と意識して、「正解の行動をとろうと考える」よりも、自然体でいられるように思います。

 

 

すべての行動は自分の好きにしている、とあっさりと割り切ってしまっている感覚でいるのが、わたしは好きです。

 

 

 

もしかするとわたしのこんな感覚が合う方もおられるかな!と思ったので、

書いてみました。

 

 

 

・・・と、このお話をもちまして復活のご挨拶に変えさせていただきたいと思います(笑)

また今後とも、よろしくお願いいたします!