ミユ メモリーブログ 3次元生活日記

宇宙はどうなっているの?私って何?
そんな幼心に抱いた疑問をきっかけに
真理探求を楽しむイタリア在住ミユのブログ


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こんにちは!!
今朝自分を鏡でチラっと見たら、痩せすぎな自分がものすごく猫背でビックリしました。
スルメが直火で炙られてちょっと丸まった時そのものだと思いました。


体調が優れなかったのでブログを書くのが久々になってしまいましたが、
今日はまた、秘行の他に私の日頃から勝手に楽しんでいるおかしな習慣について書いてみたいと思います。


そう、はじめはドライブ中に自然と始めてしまったことでした・・
ドライブ中といっても、私は車の免許がないので助手席専門なのです・・
ですから、いつも窓の外を見ています。



ある日、よく晴れた午後に久しぶりにドライブをしたときのことでした。
私は外の景色を見て、ああ、雨の日も晴れの日もこうして外があるんだなあ、当たり前なのだけど・・・・
と思っていました。
私が家にいて、外のことを忘れている時も、あるんだよなあーと。。

私が健康な時も病めるときも、嬉しい時も悲しい時もあるんだなあー・・結婚の誓いみたいだ!
でも・・いつも外があって、それが不変に思えて嬉しいよな・・これは愛だな、愛!不変の愛だよな!!ありがとう家の外よ・・・・などと思いました。


その時、それからなぜか私は、突然にして、地球を初めて見た時の気持ち、地球に初めて来た時の気持ちを思い出した?わかった?どちらかわかりませんが、
その気持ちをこれでもかというほどリアルに感じてしまったのです!!


あっ・・・・!ち、ち、ち、、、、、



地球やばーーーーーーーーーー!!!



と思いました。



ななななにこの色彩!!
なにこの木の多さ、なにこの人間の巣の多さ、なにこの植物の多さ!!

つかなにこの太陽光線を温度として皮膚の上に感じる感覚!!暑いってこれか、ジリジリってこれか!他のオノマトペ今思いつかないけどこれか!!!

なにこの地球の、種落ちたらなんでも発芽させちゃう妊娠力の高さ!!!
そして人間いっぱいやね犬猫も多いあるね!!

まずそれになんや、この風!風!!風!!!移動する空気の温度+圧力=風ーーー!!
気持ちいいじゃろがって!!
なにより光いっぱいだし、眩しいし!は、は、葉っぱに光反射しとるのどんだけ綺麗なんじゃーーーーーーー!!
どうしようどうしよう、みんなこれらが当たり前のような顔して歩っとるけど、すごいじゃろってオイーーーーー!!
わかっとんのか、そこの金髪の子供よ、そこのオバハンよ!!!オイってば!!!



と、思いました。
感激で、涙と鼻水が無音で垂れてきました。
流れるままに放置して、外を見ていました。
夫もそんな私を放置していました。


なんというところにいるんだろう。
生きて、肉体を持って。
なんという経験だろう。

宇宙人は、人間の肉体を一時的にもらって地球に来てみたら、どんなふうに思うんだろう。。。。



それからというもの、外に出るたびに、今初めて地球に来た視点、になってみるのが習慣となってしまい、無音涙、無音鼻水がその度に流れました。
(それを夫が微笑んで見てきますが、私をどういう人だと思っているのだろう・・・)


それから、面白くてあまりにそれをやりすぎて、今や逆にそれがベースに居座ってしまって、
いつも、地球上の肉体付き生活を愛しく思います。
変な人度が上がりました。でもいいんですそんなことは。。。


苦しい時や、悔しいときや、怖い時、悲しいとき、
体が辛い時のことも、


私は、死んだあとにどれほどにそれらを愛しく思い出すだろう。
この緑と青の惑星の上で、生きて生の感覚を味わっていた、生命のど真ん中の体験を。


そう思うと、今朝夫にムカっときたことも、あの日のあの喧嘩も、
息を切らして走ったときの苦しさも、子供のことで悩んだ辛さも、

どれもこれもそれぞれに差がないほど素晴らしい、「冥土の土産」だな・・・と思います。


死んだあとのような気持ちで生きることの、この健全さよ!
この生々しさよ。。。。
私のことをいつも極楽にしてくれる、便利な物の見方です。


そんなわけで、この貧血スルメ(直火炙り)、病がありつつも気持ちは幸せにござります。
ご心配をおかけしておりますが、検査結果まであと数日・・・!
また、ご報告します。


いつも、励ましてくださってありがとう。
みんな、大好きです。
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たとえば私たちが笑っている人を見ていると、その理由を知らなくても、そして自分は何がおかしいわけでもないのに笑ってしまうのを誰しもご存知だと思います。

テレビのバラエティ番組などで会場の観客の笑い声を録音したものを頻繁に流すのはこのためです。
 
他にも、感動して泣いている人のそばに行くと、自分のことでもないのにもらい泣きしてしまいます。

人には、そばにいる人の発しているものを無意識に自分のこととして受け取る、「自分と他人とを区別しない仕組み」を持っていますよね。


これは想像以上に精密なシステムで、私たちが子供の頃には親の放っているものを正確に捉えて自分のものにします。

そして大人になっても、自分が意識を向けたものから放たれているものを、正確に読み取ってインストールできちゃいます。
人間ってすごいな~。
 
 
だから、安心感が欲しい人は、単純に安心感を持っている人、その仕組みをよく理解している人、それを体現している人のところに、会いにいけば良いのです。
お金の欲しい人は、お金の欲しい人のところに会いに行って、素直にインストールすればよいのですね。

遠隔でインターネットを使って会ってもいいけれど、せっかく五感を使える肉体を持っているのだから、本当に動いてその人のそばに行くんです。
そばに行って、その人の放つものを浴びに行って、人間である自分が持つこのシステムを、大いに利用して取り込むのです。

会いたい!と感じた人に、実際に会いにいくんです。
これが本当に絶大な効果をもたらすのだと私は実感しています。



私が意識の勉強をするために出たワークショップの帰りに、新幹線に乗ったときのことでした。
私はまだ1歳だった娘を連れていて、当時、授乳期の真っ只中でした。

その日の私は生理中で長時間の移動の為に大型の夜用ナプキンを使用していましたが、授乳のたびに子宮の収縮が起きて、経血の量がとんでもないことになっていました。

なのにこの時、泊まり込みのワークショップのあとで、9日も娘の世話でほとんど眠れなかったために疲れがピークに達していて、ちょっと居眠りしてしまったんです。
そして、ものすごく強い収縮によって血液が流れ出る感覚でハッと起きた時には経血が漏れていました。

慌てて確認してみると座席にも大量に流れ出ていて、座面全体は暗赤色に染まっていました。
そのまま歩いてトイレに行くことすらためらわれるほど衣類も血液でびっしょりでした。
私は愕然として、恥ずかしさのあまり無言でパニックになりました。

その時に隣の席に座っていた、そのワークショップの先輩がこの事態に気づいて、声をかけてくれました。彼女は私にとって、聡明で美しくて、ちょっと近づきがたい人でした。


美聡明先輩「ミユ、、もしかして困ってる?」

恥さらし「あ、はい、、生理が漏れちゃって・・」



チラっと見て、そのどえらい量の血にひどく驚くわけでもなく、かといって軽視することもなく、あたふたもせず、妙な優しさを演じたりもせず、その時彼女は私の目をまっすぐに見て

「大丈夫。ちょっと、ここで待ってて」

とだけ言って、すっと席を立っていかれました。


不安をごまかすような大袈裟なテキパキ感を出すわけでもなく、溺れている人にとっての浮き輪のような優しさをたたえた表情でした。

羞恥心でいっぱいだった私が、その時の彼女の放つもので、ただスッと私の味方になってくれたのが一瞬でわかりました。

その静かさと力強さと、さっきまで居た怨霊が払われたかのような「もう大丈夫~このまま事態は静かに収束するだろう感~」に、私は大変驚きました。


こうして書くと簡単なことのように見えますが、隣に座っている、よく話したこともない人の座席の座面がおびただしい量の血に染まっているのを見て、相手のパニックを一瞬で鎮めて安心感を与え、慌てないですっと自然に行動するというのは、簡単なことではありません。


そのあと私は、その先輩のサポートにより、あっという間に最悪の事態を切り抜けることができました。
 

その最中も、「自分が役に立てて無茶苦茶に嬉しい~」という感じや、ほらね?最悪だったけど乗り切れたでしょう!という「過剰な達成感」を彼女から感じることはなく、

落ち着いたケアとともに、最後には「大丈夫だったね^^」という余計なもののくっついていない思いやりで、女性同士のつながりを暖かく感じさせて下さる人でした。

私に対して、「私が助けてあげた人」という見方をしていないのがよくわかりました。
この時、(ここ重要→)先見の目のあった私は(←ここ重要)、彼女は近い将来大変な人物になるだろうと思ったのでした。(笑)
 


それから数年して、彼女はご自分で開発したメソッドを世に出されました。
それがあのプレゼンス・ブレイクスルー・メソッド(PBM)であり、彼女とはそう、その創始者の小笠原和葉さんなのです。
すごいだろう。

 
当時から、非常時に際してあれだけの安心感を放つことの出来た人が、自ら人間の意識の関数を紐解いて、これでもかというほど、丁寧に丁寧に宇宙の仕組みの糸を紡いでつくったメソッド。
Xに「悟りにつながる解放感」をズバリと解出するために、会いに来た人にYに入れるものを誠実にインストールしてくれる場所。

それがPBMだと私は(ここ重要→)勝手に(←ここ重要)思っています。


3次元に生きることを最大限に楽しみたいというこの世界のすべての冒険者たちに、それを、見に行って欲しい。
自分という関数に「安心感」を入れた時の、自身の反応を、変化を見に行って欲しい。
一体、どんな事が起こるのか。


彼女から発されるものを浴びに行って、ぜひ人間の機能に驚いて、人間に生まれたことを歓喜して、3次元を生き生きと渡っていくための新しい冒険のツールを手に入れてみて欲しい。
会いに行ってみてほしい、そう心からおススメできる方です。


私のように遠くイタリアの駐屯地で、一人ぼっちで森でサバイバルをして道に迷い、転んで腕に激痛が走り、腕の骨が折れたと思ってそこらの板を当てて、必死こいて動物を狩ってその皮でなんとかしてぐるぐる巻きにして努力して治そう治そうとして治らず、痛みで心身ともにボロボロになって悲観してすべてを諦めて川に身投げしたら釣り人の釣り針に引っかかって釣られ、死ねなかったことに頭にきて釣り針をぶち外そうとしたら釣り針に引っかかっていたのは腕に刺さっていた木の折れ枝で、オイそもそも折れてたの骨じゃなくて木の枝だったんかい~~~!と盛大に一人ツッコミしてヘロヘロになって森を出たら、つか森の目の前病院だったぜorzレベルの遠回りをしてようやく安心感を手に入れずとも、


スマートな人は最初から小笠原和葉を浴び、PBMを手に入れましょう。(笑)

和葉さんのフェイスブック
https://www.facebook.com/kazuha.ogasawara

和葉さんブログはこちら!
http://ameblo.jp/kazuhaogasawara/

私も早く再会したいです。

昨夜これを書いていて、今日がその日だったという鳥肌モノの偶然(!)にかこつけますが、

和葉さん、お誕生日おめでとうございます。
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これらの2つの気づきが重なったことによって、
私にまた次の気づきがやってきました。

 
私はまたもやギュルギュルに思考していました。思考中毒で病気なのかもしれません。


気づきとは、なにか自分で勝手に設けている設定が壊れるときの体感だ。
何かを「得る」ことでやってくるものではなくて、バイバイする時の開放感だ。

何かを得ようと必死になって、そのあとにズッコケて

「あ、要らなかったんだ」
「あ、もともとなかったんだ」
「あ、変える必要なんてなかったんだ」

と分かるときのことであり、己の愚かさに気づいて、己の滑稽さを腹の底から笑うときのことなんだ。

だから、到達しよう、として掴みに行けるものではないんだ。
到達しなくていいや、という諦めによって感染するものなんだ。

見えるのもはすべて過去だし、どうせすべてがビッグバンの時から仕組まれているのだし、もう何もかも諦めちまっていいや~第一自分なんていないのだしな!テヘ♪
と思ったときに、わ!アホだった、何もしなくてよかった!と思うこと、なのではないか?



私は悟りのマスターではありません(よくわからないしすぐに忘れますので)、しかし悟りを得るというのは、もしかしたら言葉の語弊はあるけれど、「自暴自棄マスター」のことではないのか。
やれることをやってやって求めて求めて、それでもどうにも達しないので、ええわもう知らんわ!と自暴自棄になった時に、突如発動するようになっているものなのではないか。


この心の自暴自棄が起きたとき、私たちの心は、「解放」されているのだと思うんです。
ちょうど、断食をして体内をデトックスしたような状態で、心がそうなったときに「なにかを変えようという意図」という宿便が出て行って、もう、なんでも宇宙のお任せでいいです、、、、煮る焼くコロ助・・・・となって、

そうすると、それでも自分が存在していること、生きていること、意図しなくてもちゃんとそれが自然の中に仕組まれていることに、途方もなく安心するものなのだと思うのです。


花の種が飛ぶように、生きられる場所に自然と種が落ちるように、すべてはきちんと仕組まれている。
そして、私たちがこの仕組まれたことに反旗を翻すことも仕組まれているのだ。
そして、仕組まれているということに気がついて頭に来ようが安心しようが、仕組まれたことからは逃れられないほど仕組まれている。

だから、何をしなくてもいいんだ。
何もしなくても生かされているんだ。
変えなくていいんだ。
考えなくてもいいんだ。
考えなくて怒られても、自分のせいじゃないんだ。
考えなくても生きていいんだ。
「自分のせい」なんてものがひとつもない世界に行ってもいいんだ。
しょうがないじゃん♪で済ませてもよかったんだ。
誰も責めなくていいんだ。

目的地を決めて舟を漕がなくても、むしろ舟に乗らなくても、自力で泳がなくても、波に任せて力を抜いて浮かんでいれば、力まなくても行くべきところにちゃんと漂着するようになっていたんだ。目的地を決めてもらっていいんだ。

これに必要なものはすべて与えられているんだ、欲しいと思う気持ちも、憧れも、拒絶も、その羅針盤なのだろう。

それほどに自由だったんだ・・・・・・・



しかし!ここで、ひとつの純粋な疑問が沸いてきました。


上のように、心の変化に沿って自分を観察していると、ここまでですら、たどり着くのにえらく大変なわけです。(笑)
私はひとりでこれを追求するのが好きな変態なのでよいのです。
生来の横井庄一陸軍軍曹なのです。
そのため、「自分なんていなかった・・」と気づくのに、とても遠回りしたなと思います。
それに気づいたときというのは「うっわ、戦争って終わってたんすか?!ぬわーマジか早く言ってくださいよーーーー!」という瞬間の横井さんと同じでした。


でも、もし宇宙はひとつの現象なのだとすると、そして私の心の作用がこうして私全体に体感を及ぼすものなのだとすると、逆をたどったらどうなのだろう、という疑問に突き当たりました。


つまり、先に体感として途方もなく安心してしまうと、要らないものをどんどん捨てちゃうんじゃないかな?ということです。
自分が関数だとして、その関数のXに「解放」をいれると、「安心」という答えYが出てくるとする。
では、先に答えYの方に「安心」を入れてしまえば、Xは自ずと「解放」になるのではないのか、という自分らしい単純な発想です。



私はその、Yに安心を入れる方法、として2つの方法があることに気づきました。


1)ひとつは、身体をゆるめること。身体の好きにさせること。身体を慈しみ、大切にし、自然と湧き上がる喜びに自分を任せること。

2)もうひとつは、すでに関数に安心を入れている人のそばに行くこと。
人間は勝手に他人の状態をインストールしますよね。
この安心感を持っている人に、会いに行き、会ってそばに行き、その空気の中にいるのです。
さすらば、自分にもそれが「感染」するんです。


この2つの方法のうち、ひとつめはきっと多くの人が教えておられるものだと思います。
自分は特に、この2つめのことについて力説したいと思います。



つづく!
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そこで気づいたのは、
私のこの思考も、自然現象の一部じゃないか!という単純極まりないことでした。


「自然」と私たちが言ったとき、それは雄大な山や大きな海原やひっそりとした森の岩や風のことを思います。
手つかずの地球の元々の姿、を思いがちです。
そこにいるライオンやシマウマ、小動物や虫たちのこともそう思います。


しかし、では、私たち人間はどうなのだろう?と思ったのです。


地球上の手つかずのネイチャーだけを自然というのではなく、月も自然現象だし、空の星もそうだ。
では、宇宙全体を自然だとすると、宇宙のあらゆる出来事を自然現象だとすると、
そこにいる私たちも、その活動も、自然現象の一部ではないか?と。


ライオンがシマウマを食べることも、アリが巣穴を作ることも自然現象なら、人間の活動もこの宇宙の自然現象だと思ってみてはどうだろう、という、自分の中での発想の転換でした。


なぜフンコロガシのつくったあのフンボールは自然物で、人間の巣は自然物じゃないと言えるのだろう。

概念を曲げたり壊したりする、ひとつの意識の遊びのようなものですが、人工物と自然物の違いというのも、こう考えるとその境界線がさっぱりと消え去ってしまう。



そう思うと、私が動いて何かを食べたり、寝たりするのも宇宙の自然現象だ。
じゃあ、じゃあ、この思考も自然現象じゃないか。
窓の外に風が吹くのと同じシステム下で、私に思考がやってくるのではないか。


私がこうして、このことを考えていること。これ自体も、季節が巡ったり月が輝くのと同じ、自然現象なのではないのか!
 
自然現象というのは、一つ一つを切り離して考えられないものだ。
花が咲くのは、四季があるからで、四季があるのは、この天体がこの位置にあるからで、
この天体がこの位置にあるのは、あとは宇宙の采配だ。私たちの手に負えることではないのだ。

私の思考を、あの風と切り離せない現象なのだとすると、あの風が吹くことを変えられないように、私の思考も変えられないのではないか?


だとしたら、私というのはどこにいるのだろう??????


やはり、時間について考えた時と同じだが、それでは私たちはそれを「変えようと思う必要」があるのだろうか?



たとえば、私がこうして思考することを「変えよう」と思ったら、

私が悟りに興味を持ってはいけなかった。
そうならないようにするには、20歳ころにブッダに興味を持ってはいけなかった。
それを避けるためには、ニートにならないようにしなくてはならなかったが、それは生まれつきのニートには土台無理な話だ。
ニートにならないようにするには根深い両親からの影響をすべて変えなくてはならない。
つまり、両親が出会っていてはダメだった。
では、両親が出会わないようにするには、祖父母が出会っていてはダメだった。
祖父母が出会わないようにするには・・・・

さかのぼっていけば、ビッグバンまでたどり着いてしまう。


では逆に言い換えてみると、私が今この状態であるためには、世界がこの状態であることが必要なのだ。なにかひとつ変わってしまっても、ダメだ。
それらはひとつながりの現象だ、とも言える。

 
私というのは全体の、ひと続きの現象の中にあって、かつ個別の視点からそれを眺める存在じゃないか!
自分を、わざわざたくさんのエネルギーを使って全体から切り離して、そこから見ている。
このエネルギーの言ってみればムダこそが、放出こそが、生きている証なのではないか!
私は宇宙の一細胞なんだ!そして、宇宙はひと続きの現象だ!


だから、自我など「もともとなかった」のだ!!!!!

 
私なんて、いないとも言えてしまうじゃないか!
ああ~~くそーーーどうして今まで気がつかなかったのだろう。
 

という気づきでした。

この気づきというのは感覚で、全身の体感でした。
全身で、ああ、そうか!私はこのすべての中に溶け込んでいる現象だ!と「全身で感じる」、そういう知覚でした。

身体の中に、言いようのないパッションとほとばしりが起きたような感じの後に、ゲラゲラ笑いたいような、それでいて途方もなく何かを失ったあとのような脱力感とともに、底なしの安心感がありました。


感激であり、感動であり、「何か大きなもの」に感謝せずにいられず、自分自信がその「なにか大きなものの一部であり、感謝の対象である」ことを感じている不思議な体験でした。 


そして普段の私は、簡単なことでこれを忘れて、小さな小さなことを考え、悩み、怒り、笑います。
それを自分で愚かだな~と思いながらも、同時に、生きているのだ!と感じます。 
しかし、この時はまだ、これが本当に腑に落ちてはいなかったのです。



つづく!
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これはずっと前から書きたいと思っていたことで、書くと宣言してから時間が経ってしまっていたのですが、ようやくアップすることができました。


今から約9年前。

 
私はその日、人の意識のお勉強のために滞在したフロリダからの帰り、空港に向かうバスの中で仲間と別れる寂しさにこの上ないほど浸っておりました。

一緒に泣き笑いして自分の内側を覗く冒険に臨んだ勇敢な仲間たち。
私たちは前日から飽きるほど言い合った「淋しいね」という言葉をただ上塗りしながら、そこにある無力感を注文しすぎた料理のように持て余していました。

あんなに互いの恐れを恥を悲しみを喜びを曝け出しながら抱きしめ合って、プツンと明日からそばに居ないなんて。


バスは夜の幹線道路を、高速で移動していました。
1秒前に通過した路面が、瞬時に小さく遠くなっていく。
あの場所を通過した瞬間の私は、この移動した先にいる私のことを知らないのだ・・・・
そして、前を見ると長く続くその道路の先にいる私のことも、私は知らない。


一秒前の私、一秒後の私・・・・・
そんなところに気持ちが集中して、私は時間のことを考え始めました。
一体、どういうことだろう。
時間が過ぎて、やってくる。
考えてみれば、掴みどころのない話だな・・・・・


考える、という行為というのはひとつのリクエストなのかもしれません。
私は時間のことを目から入る情報とともに一点集中で考えていたためか、時間についての大きな「気づき」をその時得ました。
 
大きな気づき、といっても、(ここ重要→)いつもの通り(←ここ重要)、「至極当たり前のことに私が気付いていかなったに過ぎない」のですが、その時の私にはそれはとても衝撃的なものでした。


過去というのは1年前のことであり、1日前のことであり、1秒前のことも、0,1秒前のこともそう呼ぶことができる。
未来というのは1年先のこと、1日先のこと、1秒先のこと、0.1秒先のこともそう呼ぶことができる。

0,00000001秒前のことも、すでに過去であり、
0,00000001秒前のことも、未来である。

となると・・・・・

「今」というのは、過去と未来に挟まれた、境界のことじゃないか!


ここから下は海、ここから上は空気、という、その境界と同じであるということ、
高さのない2次元であるということ、

私たちが、「今」というとき、そこには言葉のあやによるある程度のバッファがあるが、しかし、本当の意味ではちょっと前でも過去、ちょっと先でも未来なので、「今」の中に本当にいる、ということは、3次元の肉体を持った私たちにできることではないのだ・・・!

ということ、でした。



つまり、3次元の時空に人間として肉体を持って生きているということは、この「時間が流れている」という思い込みを持ち続けるということでもあるのだな・・・と思ったのです。

生きて肉体を持っているということは、ある程度過去と未来に囚われていて、そのバッファを自分に設けていて、だからこそ、体があるということが生きている証拠なんだと思いました。


それに気がついた時に、私はバスの中で別れを惜しむ空気を破るようにして「ああ、そうか!そうだったじゃないか!」と騒いでひとりで身をネジネジとよじって喜びました。
しかし、周囲との温度差は明白で、改めて寂しい空気というのはとても重たいものなのだと思ったことを覚えています。



この気づき以来、私はなんだか「今ここ、にいよう」ということを考えられなくなりました。
それを「放棄した」「諦めた」という感覚になりました。

そうか、本当に「今、ここ」にいることはできないんだな、しゃーないんだな。と・・



そしてそこから気がついたのは、「そうして放棄してしまったときが、皮肉なことに最も過去と未来に囚われないとき」だということでした。

 

私の目には過去ばかりが移ります。
当たり前のことだが、目の前のパソコンが、この手首に見えるトクトクと打ち続ける自分の脈が、すでに過去なのだ。

だんだんと、だから、もう、本当は目に見えるものをどうにか「変えようとする必要」などないのだな・・・と思うに至りました。
過ぎ去ったことだもの。

それから、未来は私にはわからない。だからこれも、どうにかしようとしなくて良いのだろう。
なるようになるさ、忍法「コントロール・レシの術」さ・・・・



もうひとつ、私にとってとても大きかった気づきがあります。
 
それはかの廃工場でパソコンに向かっていたときのことでした。
この時は、自分のことを考えていました。


自分とは何なんだ、一体何なんだ!!と。


純粋で単純な自分の問いに、なぜか完全に全身で囚われて思い詰めていました。
静かに瞑想していたわけではなくて、何かに追われるように抗うように、自己MAXの集中力で、自分に届くものを、五感をこれ以上なくフルに使って、必死にたぐり寄せて感じていたときのことでした。


この時、これがまたリクエストとなったようでした。


リクエストとは、きっと祈りである。
祈りとは、求めること。

求めよ、さすらば与えられん!は真理なのだろう。

全身で、ぬぉおおおおおお欲っしいぜぇえええええーーー!!と思い、焦がれ、煩い、肩の関節を外してでも手を先に伸ばして求めることだ。
これこそが瞑想だ。これこそが引き寄せだ。


私が欲しいモノがやってこないのは、私がそれを本気で欲しいわけではないからだ。
本気で欲しくないのは、それが仕組まれていないからだ。私にとって必要がないからだ。
だから、本気になれないことに対して無理やり本気になろうとしなくていいのだ。


この時の私は、本気で、自分とはなんぞや、と全身で求めていました。


それは、自分というものが、何かが通過しては通り過ぎていく、ただの何かの媒体に思えてわっけわかんなくなったから、でした。


そして、その時祈りは通じて、その後の私の心を大転換させた気づきがやってきたのです。



つづく!
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ブログ転載のリクエストを頂いた記事です。
連載になっていないものは雑記にまとめます。


「宝物探し」 2015.11.17
 
 
私がまだ日本にいた頃
 
ヨーロッパの家のつくりのことを考えるのが好きで
 
日夜飽きもせず、そのことを考えていました。

 
特に、

レンガを積んで作ること
漆喰を塗って仕上げること
窓やドアなどのための開口部をつくる方法 
 
などを思うと、
我を失い、鼻血が出そうなほど興奮していたのです。
 
 
しかし当時、
フランスのヴィッラや
スペインの伝統的な家のつくりや
ギリシャの民家の建築方法を勉強するのは好きでも、

 
どうしてもどうしても、
イタリアの家々は好きになれず、
不思議なほど毛嫌いしていました。
 
 
そして、誰も聞いていないし、
だれも私に行けなどと言っていないのに(笑)、
 

イタリアだけには行きたくないわ、
旅行すらいやだわ、
なぜかイタリアには興味がないわ、
イタリアの建物が全部嫌いだわー
 
 
と言って、心に迫りくる嫌悪感を吐き捨てていました。
もちろん理由などよくわからなくて、とにかく嫌いでした。
 
 
 
そしてどうでしょう、その数年後には、
私はイタリアに住むことになってしまいました。
そして、建物を見てはうっとりしているのです。
  
 
 
若いころの私は、外国人と恋愛したり、ましてや結婚した人の話を聞くとひどく嫌悪感を持っていました。
千昌夫をバカだと思い込み、軽蔑していました。(笑)
いい唄歌うのに、なんであいつぁ金髪なんかに・・・!などと思って。w
 
 
それがどうでしょう、私はイタリア人と結婚してしまった。
(そしてこちらで「北国の春」を聴き、名曲だと言って涙しているのです)
  

 
学生の頃私が一番嫌いだったもの、
それは英語の勉強でした。
 
文法を覚えるのも、単語を覚えるのも大嫌いで
嫌悪感が半端ではありませんでした。
勉強しろと言われただけで
緑色の液体を吐き出しそうでした(笑)
 
 
それなのにどうでしょう、
今は英語を話して暮らしているのです。

あれほど嫌いだったのに、
緑色の液体をいつも胃袋に完備していたのに、

自分でも止められぬ勢いで猛烈に勉強して
3ヶ月で日常会話ができるようになってしまったのです。
寝ても覚めても手から辞書が離せず、
夢中になりすぎて、その頃の日々の記憶すら曖昧なほどです。

 

こうした経験をするうちに、
なぜなのかわからないが強烈に嫌いなもの、
なぜなのかわからないがとてつもなく怖いもの、

には、未来のヒントがあるのではないかと思うようになりました。
興味がないのではなく、大嫌いなのがすでに怪しいのです。
それに対する反応がとても強い時点で、何かがあるのです。
そしてそこには、大変な宝物、喜びが眠っているようなのです。
 
 
 
こう考えるようになってみると、
今度は嫌いなもの、怖いものが
実は宝の地図なのかも知れないぞ?!
と思えるようになってきました。
 
 
そこで今現在の私が
嫌いで恐ろしいものをあげてみると、
 
・牛乳・・あのもんやりした匂いに毎回絶句
・蝶々・・飛ぶと動きがまったく読めない上に鱗粉を持っていて恐ろしい
・テレビ・・放映時間が決められていて面倒でコマーシャルも煩わしい
・ラジオ・・上に同じ
・一人暮らし・・廃人となり死ぬ気がする
・さらに痩せてしまうこと・・病的に見えるし死ぬ気がする
・車の運転・・事故を起こす気がしてならない、死神の足音が聞こえる
 
 
なんということだ、書いているだけで恐ろしくて心臓に負担が・・・!

そして、ここに宝が眠っている可能性があるということは・・・・
 
 
私は将来、
 
一人暮らしで蝶々をペットにしていてあのランダムな動きを読み切って羽を掴むことのできる特技を持ち、朝はテレビ番組の時間に合わせて起きてコマーシャルに釘付けになりつつ牛乳をガブ飲みし、ラジオを爆音で聴きながら事故るどころかスーパードラテクで車を運転して死神の足音ではなく心に天使の羽音を聞いて最っ高に生を謳歌している「死ぬ気がしねえわ」が口癖のガリガリに痩せたお婆さんになるのじゃないだろうか?!wwwwwwwwww
 
そうやって私はどんな宝を発見するのだろう。
恐ろしいぜーー!!(笑)

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※facebook過去記事の転載です。




(5)を書いてからだいぶ時間が経ってしまいました。
ほぼ毎日海水浴に行って
鼻息も荒くムール貝を採ることに
没頭しているからであります、、、、
 
しかし日本とのお別れの思い出抜きには
帰国記を終えられないと思い
思い出深かったことと
旅の最後について書く事にしました。
 
 
今回私たちが寝泊まりしてお世話になったのは
私の前夫の家でした。
 
私と前夫が古い工場を買い取って、自分たちで
一生懸命リフォームしていた思い出深い家です。

 
前夫と私は、
私が21歳・彼が22歳の頃に出会って
それから約14年間共に暮らして、
若い時代を一緒に全力で走った
同士以上の、戦友以上の、魂の結束した間柄です。
 
彼が死んだら、夫が死ぬより悲しいです(秘密、笑)
我ら元夫婦は、もうほぼ双子のように
男女を超えて血のつながりを超えて
互の幸せを祈る心でつながっています。
 
 
そんな元夫のところに
新夫と娘と一緒に帰って 

元夫と一緒に築いていた生活・人生の中に 
去ってから初めて
ポンッと戻ってきて
 
四方八方どこを見ても
一緒に過ごした思い出でいっぱいの空間に入ったことで

わたしの心の中は
ケーキと塩辛を一緒に食べたような?
太陽の下で雪だるまを作るような?

まあ人生長いといっても
そうそう味わえるものでもなさそうな、

なにかがガラガラ崩れながら
その中になにかの完成を見るような、
厚い雲に覆われた空に一点の晴れ間が差すような

さみしさや懐かしさや思い出深さや感慨深さや悲しさや、
人知を超えた人生の深みにため息が出るような
嬉しさと幸せと感謝と懺悔と・・・・・

一緒には味わえないものがいっぺんに心に去来して

心も胸もいっぱいいっぱいに使って
晴天の嵐の下で
太陽に焼かれながら雨に叩かれておりました。
 
 
それはまるで、自分の前世を見に来たかのようでした。
私の送っていた人生がそっくりそのままそこに在って
今は遠く離れたところで別の人生を歩んでいて・・・
それを私自身にすら、今もちゃんとは実感できていません。
 
私がそれであまりに胸いっぱいで
ちょっとこっそり泣いたりしていると
 
前夫がティッシュ箱を持ってきてくれて
夫が頭を撫でに来てくれて、

 
 
これに・・・・参ってしまった。。。
  
 
私は、
いくら懺悔をしてもしても足りないくらいに
いくら感謝をしても足りないくらいに 
好き勝手に生きているのだな、
 
それなのにこうして愛情をもらって、
この人生に文句言ったら
バチが当たるな、、、、
と思いました。
 
 
前夫と一緒に、娘のために買った
裏にマグネットが付いていて
金属にくっつくひらがなの形をしたおもちゃ・・
 
友達が、日本を忘れないでね、と言ってくれた
富士山の描いてある和風のポーチ
 
夫が今回の旅のためにわざわざ買ってくれた服

妹が今回私のために買ってくれた食べ物や髪留め

帰国日にくれた、母の手料理やぬか漬け
 
それらをいっぺんに見ると
懐かしさとみんなへの感謝で
とても涙なしには過ごせませんでした。 
 

ほとんどある日突然
それまでの35年の人生を突如置き去りにして
まるで行方不明になるかのように
パッと日本を去って
そのまま4年半帰っていない・・

自分の渡伊にはそんなイメージがあったので
こうして突然の帰国にも関わらず
あたたかい人情をいただいて
人の懐の深さに、ただただ頭が下がりました。
 
 
帰国して日本にいる間、どうしてもどうしても
イタリアに戻っても、日本は電車か車かなにかで
すぐにでも来られるところ、
みたいなおかしな感覚が生まれて消せず、
遠いところだと認めたくない気持ちが
最後までありました。
 

 
帰る日になってもそんな気持ちのまま、
今日は一旦帰らなきゃ、でもまたすぐ来れるし!
という感覚でいる自分が
何かを直視できていないようでもどかしく感じられたまま
まったく帰る実感なしに成田に向かいました。
 
 
飛行機に搭乗するころには
変に諦めきって平気になってしまったような、
心に蓋をしたような感覚になって
また来年来れるといいねー、などと
窓側に座った娘に言っていました。
 
娘はさみしさのあまり無言でした。
わたしは、今から帰るというこの時点で、
オンタイムで、まさにその渦中の時に、
そこまでそのままの寂しさに身をあずけられる娘に
子供の純粋さと強さを見た気がしました。
 
 
いよいよ飛行機が動き出して
飛び立つ時のあの引っ張られるような感覚が好きな私は
ちょっとをそれを楽しみにワクワクしながら
窓の外を見ていました。
 
 
無事に離陸して
だんだんと低くなっていく地面を見ていると
街の無数の明かりが小さく小さくなっていきました。
海岸線のカーブを見ていたら
自分が日本列島から離れていくということが
突然実感されて、
そのとき、
 
 
このタツノオトシゴの形をした島のうえに、
私の妹や前夫や母や父や友達、
愛してやまない食べ物や建物や思い出のすべて、
日本のすべてが
乗っかっているのだと思い
 
小さな列島が奇跡の島に思えて
その事実に、その時になって絶句しました。
とても言葉なく・・・
今も、どう書いて良いかわかりません。
 
 
こんな気持ちが人生で一度でも味わえたことが
ありがたいと思いながらも
 
とてもとても離れがたく、さみしく、
そしてなによりも愛しさでいっぱいで
娘と一緒に涙を流して泣きました。
なんという島だろう・・・!
なんというところを私は去るのだろう・・・・!
 
 
この時、私の知っている日本のあらゆる面に、
自分史上最大の愛を感じました。
綺麗なデパートも
さみしい路地裏も
焼き鳥の焼ける匂いも
人がギュウギュウの満員電車も
よそよそしい街の人々も、
外国人である夫を警戒して子供を引っ張って連れ去る母親たちも
私を変な目で見た駅員さんも、

日本よ、わたしの国よ、大好きです。
こうして存在してくれてありがとう。
また必ず帰ります。
それまでどうかお元気で・・・
さようなら。 
 
 
今も、この帰国を思い出すと
涙が出てきます。
とても深い、大きな経験でした。
一生忘れないと思います。
  

今回の帰国は
こうしてあんまりに心の中がいっぱいで
それから(1)~(5)までに書いたように
ちょっと日本語忘れや常識のズレなどに
予想外に動揺したのもあって

買おうと思っていたもの、
食べようと思っていたもの、
やっておこうと思っていたこと、

ほとんどぜんぶ、成し遂げずに帰ってきてしまいました・・・

 
日本酒飲みたかった・・
日本茶買ってきたかった・・
いろんな定食食べたかった・・・・

うどんも買うのを忘れてしまったし、
おそばも食べられなかった。
お寿司も、うな重も、お吸い物も、
中華料理や韓国料理も、、、、
DVDも買いたかった、本も買いたかった。
それから、
もっと妹と一緒にいろんなことがしたかった。

心のタンクがもういっぱいで
これらをこなすことが
まったくできませんでした。
悔しい・・・
 
次回からは、
祖国でホームレスであること、
意外にもアウェーであること、
用意しなければ自分は日本で何も持っていない存在であること、
私は愛する日本に住んでいないのだということを
をちゃんと受け入れて念頭に置き、
 
「帰国慣れ」した人目指して
心構えを入れ替えていきます!!!
こう書くだけでムクムクとやる気が・・・!!

がんばるぞー!
 
日本に帰って上手に過ごすという、
人生で新たな楽しみを得ました。

それを心にしのばせて、
またヴェネツィアでの生活を目一杯味わってゆきます。
長々と書いてしまいましたが、読んでくださってどうもありがとうございます。

これにて、帰国記・完ーー!!
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なぜ私は何を書いてもこうも長くなってしまうのか・・
いつもお付き合い下さる方に感謝しますm(_)m
 
前回、今回の帰国で一番驚いたことを書きましたが
今回は最も印象に残ったことのひとつを書いてみたいと思います!
 

 

今回の旅行では、日帰りで夫が日本のある会社様とのお仕事のミーティングをしに浜松まで行くこととなっていて、私がそこに同行しました。
 
 
夫は朝夕最低一日2回は、カフェラテかカプチーノを摂らないと生きていかれないという厄介な症状を抱えているのですが、

日本に来るとそれがスタバ中毒となってあらわれ、旅行中は毎日、日に2回はスタバに行かないと居ても立ってもいられない、という人になってしまいます。

 
朝4時に起きて出発し、かなりクタクタになって新幹線で浜松から神奈川に戻ってきたらば、やはり夫が
「どこかでスタバに入ってカッフェをやらなくては帰れない!」
と激しい中毒症状を呈したため
その先まで切符を買ったにも関わらず、それを無駄にしてまで
八王子駅に下車・・・・
 
 
駅に降りてさっそく血眼でスタバを探していると、
駅を出たところで綺麗な音楽が聴こえてきました。
 
 
そこでは若い女性が電子ピアノを弾きながら
歌っていました。
地べたには帽子がおいてあって、そこにはいくらかのお金が入っていました。
 
 
私には見慣れた光景なのですが
夫は中毒症状をよそに、夜の暗さの中その様子を写真に収めようと必死になりはじめました。

 
私は、どうしたの、外で歌っている様子が好きなの?
と聞いてみました。
すると夫が

「ノー、そういうわけじゃないよ。この様子を友達に見せたかったから。イタリアじゃありえないだろう。
こんな夜に若い女の子が駅でひとりで歌っていて、目の前にお金まで置いてあるなんてさ。」

そう言いました。
それを聞いて、はっ・・・・そうだわ・・・・・・・・!
これじゃすぐに警察沙汰だ・・・・!
と気がつきました。

「例えばパドヴァの駅で、若い女の子が夜一人であんなふうに無防備に歌っていてみなよ。あっという間に食われてしまうよ。
置いてあるお金も奪われるし、彼女はすぐに襲われて連れ去られて身ぐるみ剥がれてしまうよ。」

夫はこういうふうに説明しましたが、これは決してそれほど大げさな表現ではありません。

今イタリアにはたくさんのアフリカ人が不法に入国してきている上に、東ヨーロッパからもたくさんのジプシーが流れてきています。さらに、南アメリカから若いギャングが渡ってきていて、頻繁に凶悪な事件を起こしています。
アフリカからの貧しい移民たちは突然一般の住宅のガレージを荒らし、勝手に住み込みはじめて問題を起こしたり、強盗に入ったりしてしまうのです。
先日も、ギャングのグループがナイフでイタリア人警察官の腕をぐるっと切り裂いたらしく、その方は腕を失ったというニュースが流れたばかりです。

こちらでは、夜に女の子だけのグループで出歩いていたり、バーやレストランに居る姿を見ることはほぼないのです。
 
 
私はしばらく夫の言ったことで改めてイタリアの治安を思い出してショックを受け、固まっていましたが

歌う彼女を眺めながら、これは日本の側面を象徴する光景なのだな・・・と思いました。
 
ピアノの音色と、澄んだ彼女の歌声と星空とがきれいで
それを立ち止まって眺める人々がゆったりとしていて

 
その光景が美しく、夫と並んで立って、
二人で無言のまま見つめました。
 
 
私が見ているのは、人間の善良さだと思いました。
この光景は、たくさんの小さな善良さの
折り重なったものなのだと。

私はその思いがいっぱいになって、
離れて暮らす祖国への愛もいっぱいになって、
見ているうちに涙がこぼれてきました。
 

若くて可愛い女の子が、
ひとりで
ただ、駅前でピアノを弾いて歌を歌っている。
目の前の帽子に、気に入った人がお金を入れて応援をしている。お金は置きっぱなし。

彼女を傷つける人もいないし
ヤジを飛ばす人もいないし
お金を奪う人もいない。
 
・・・夜なのに。
 
 
「よく撮れなかったけど、ルカ(日本が大好きな夫の友達)に見せたらすごく喜ぶよ」

夫は嬉しそうでした。
私は涙のせいか、しばらく聴いた澄んだ音色のせいか 
すーっとすがすがしい気持ちになって、
 
空の星に向かってまっすぐ顔を向けられるような気持ちで
 
「日本にもっと来ようね」
と返事をしました。
 
 
今も昨日のように忘れられない、誇らしくてちょっと切ない体験でした。
日本のこんな優しさが、いつまでも続き、いつか世界を包みますように・・・・・
 
 
読んでくださって、どうもありがとう。
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ほぼ毎日海水浴ばかりしていて、続きが遅くなってしまいました!日焼けで全身梅干みたいな色になっています(笑)
 
今回の帰国で一番驚いたことを書いてみたいと思います。
 
 
日本に到着する前に夫の旅行用ラゲッジのホイールが壊れてしまい、夫が

「日本についたらアウトドアショップに行って、直してもらえるか聞いてみよう」
 
というので、大きなアウトドア専門ショップに行ってみました。
 
 
私はヴェネツィアに移住後、様々な場所で期待を裏切られてきたためにすっかり人を信じる心を失い(笑)、疑心暗鬼になる癖がついてしまっていて

 
「そんな、いくらアウトドアショップでも、急に取り扱っていないバッグのホイールだけが直るわけないさ・・」
と思っていました。
 

お店で店員さんに修理したい旨を伝えてみると、
 
まず、ささっとブランドを確認して、担当のものを呼んでまいりますのでお待ちください。といってサーっと去り
 
担当さんがすぐさま風のように現れてくださいました。

 
こちらでは、待っていても忘れられて誰も来ないことなどよくあることなのに。。。。
 
 
もうこの素早い対応だけで、
そうだ、日本ではこれが普通だった、そうだった・・・!
と軽い懐かしさとともに喜んでいると、
 
担当さんはさっそく、
 

このバッグの型番をお調べして、それに合うホイールをお取り寄せできるか確認してまいりますので、少々お待ちください!
と言ってくれました。
なんという親切な対応か。。。(T-T)

そしてそのお兄さんは5分で戻り、この神発言。

「お客様!この型番のバッグに合うホイールをお取り扱いできるショップを見つけましたので、明日でよろしければこちらの店舗でご用意できます。
実はこのバッグには旧式と新式とございまして、お客様のものがどちらになるかわからないのですが、ご旅行中ということでお時間も限られていると思いますので、それぞれに対応したものを両方一度に明日着で送っていただくことができるかお伺いしましたところ、可能だそうです。
明日の午後1時が最速となります、1時には必ず到着しておりますので、それ以降にお店にお越しいただければ、修理が可能です。
修理自体は無料ですので、ホイールの代金のみとなりますが、いかがいたしましょうか。」
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・
これは・・・・・・・・・・・・・・・・
もうね、
あなたは、どこのお城の執事なのですか、と!!!
 
 
見事である、見事である!!!!!
いやーもう、このときの私の気持ちをなんと表しましょうか!
驚きと、喜びと尊敬に打ち震えました。
思わず敬礼をしたいほどでした。
 

このような人材を自然と育ててしまう我ら日本の土壌を、私たちは誇らずにいられましょうか。
 
 
この親切心、このベストを尽くした対応・・・
久々に味わって、感激でした。
日本万歳!! 
 
 
次の日の午後1時、ショップに行ってみると
やはりホイールはきちんと届いていて、
その場でバッチリ、素早くかつ丁寧に、
完璧に修理してくださいました。
私はその修理担当のスタッフのお兄さんに、深々と頭を下げました。
するとぬぁんと夫は、サンキューベリーマッチ、とだけ言ってさくっとウィンクをして去ろうとするではありませんか。
それを見て、
貴様ぁ~もっと感謝しろ!!と思った私でした(笑)
 
 
ここまで素早い対応というのは、私はイタリアで見たことがありません・・・
 
ノースフェイスのショップですら、気になった商品の欲しいサイズがなかったためスタッフさんに聞いてみると、ああ、ないみたい。支店を調べて行ってみれば?他のところにはあるかもよ。と言われます・・・
問い合わせすらしてくださいません。。
これは文化の違いで、まずお仕事に就いていないとか、お仕事をしないとか、仕事を持っていても最小限しかしないとか、そういうことを「恥」としないので罪悪感がありません。
むしろこちらでは貴族礼賛なところがあって、お仕事をできる限りしないのは、そうあるべき、そうするべき、堂々と自慢できること、なのです。
40代の男性でも、お仕事は何をしているの、と聞かれて
「親の財産があるからちょっとしたアルバイトだけなんだ♪」 
と普通に言えてしまいます。
同じ質問に対して定職に就いている男性が、
「僕は正社員で働いているから毎日奴隷のように出勤さ・・」
などと残念そうに言うこともあり・・・
このあたりは、日本と反対の感覚かもしれません。
 

ちょっと話題はズレましたが、 
日本の良いところを日本人なのに再発見するというのは
なんだか不思議な体験ですネ。
 
本当に、このアウトドアショップでの素晴らしい対応に、一日本人として感動しました。
ありがたかった、嬉しかった!!(;_;)
 
 
日本の長所を、世界に知らせたい気持ちでいっぱいでした。
 
 

と、またも長くなってしまったので
続きはまた次回にします。
読んでくださり、どうもありがとうございます。
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駅での失敗が胸に刺さったまま、
デパートにたどり着いてホッとしたところで、
またまたさらなる驚きに見舞われました。
 
 
まず、商品の陳列が・・・・・・陳列がっ!!
すべてのものが個装されて、
見事にずらーーーっと、
ちゃーんと綺麗ーーーーに
並んでいるんです。
 
  
うぉあーーーなにこれ、私がいた頃もこうだったっけ?!?!
なんで売り場がこんなに芸術的に綺麗なんだろう。。。
 
 
もう目が点で、夫に、
ヤバくない?綺麗過ぎない?私どうしたろう?
と聞いたら、夫が言った一言が
見事に私の言いたいことを上手く喩えていました。
  
 
「そうだよ。日本ってすべてが遊園地みたいだもの。」
 
 
そう、本当にそう!
初めて知ったし、初めてわかった!
日本にいた頃は、なんっとも思っていなかったのに
イタリアにいて別の暮らしがスタンダードになってしまうと
日本の凄さには脱帽でした。
 
 
駅も、街も、いろんなお店も・・・・
なんだか、ディズニーランドにいるみたいなんです。
かわいくて、きれいで、選り取りみどりで・・・・
何がイタリアと違うかと言われても、うーん・・・・ 
野菜すら、果物すら、個装してある!
一つ一つ並べてある!
案内が、すべて正確!
同じ種類のものを、ちゃんと同じところに並べて、無駄がなくて、きれい・かわいい!
どう言っても通じそうにないと思いながら書いていますが(笑)、めげずに伝えてみますと、見た瞬間、瞳がピンクのハートになりました!(笑)

 
自分はこれを当たり前だと思っていたんだ・・・
人というのは、本当に、知らぬ間に環境に染まっているものなんだ・・
自分は、100%、日本人の目を持っていたなあ・・・・・
ここが、この地球上でもかなり特殊なスポットが、私の生まれ育った故郷なのか・・・・・・・・・・・
 
 
そんな思いで、一人で何か壮大な思いでいっぱいになり、デパートの食品売り場で立ち尽くしました。
 
 
この、モノにあふれた美しき売場を作っている日本人。
みな、笑顔でてきぱきと動いて仕事をしています。
 
それを見ながら突然、日本の戦後の歴史をふと思い出して感無量になって、ポロポロ泣けてきました。
 
 
そうだったな、イタリアに渡ったばかりの頃、
野菜が売り場にばさっと直に置いてあることに驚いたものだった。。。
店員さんに何かを聞いても、
「さあー知らないわ♪チャオ!」で済まされることに
憤慨したものだった・・・・
置いてある商品と値段の書いてある札が一致していないことや
Sサイズの洋服にLサイズの札がついていることや
お仕事中の人に何かを聞いて、「今はもう少しでお仕事終わる時間だから、できない。」っていわれることや、
いろーーーんな不便に、知らぬ間にずいぶん慣れたものだなあ。

こんなことを思いながら店内を歩いて、
自分がこんなにも、
人間の適応能力というものを発揮して生きていたことに
思いを馳せて、
人間のすごさの一部を思い知ったような気がして、
言葉にならない思いでいっぱいでした。
 
 
地球が小さくなったような、大きくなったような。
人間は皆同じだというような、まったく違うというような。
どちらに寄っても、それがどんなにその時の自分に真実に思えることでも当然に思えることでも、

それは、その時の私たちの、単なる「思い込み」であると
つくづく感じました。
 
 
今の私には、故郷日本はとてもヘンテコな、夢のような場所です。
たくさんの、がんばり過ぎとたくさんの努力と・・・
勤勉さのもたらす美と、外側からは表面しか見られないようなさみしさ。
慮る、という美徳のなすありがたさや優しさと、それが行き過ぎた時の一定の距離感。
そして日本の持つ強大な力。
そんなものを改めて、そして新鮮な視点で感じました。
 
 
このあとに起きた、これでもかと私を驚かせた日本人にしかなしえない偉業、については
長くなってしまったので、次回にします!!!

 
※いつも読んでくださったり、コメントを下さる方、本当にどうもありがとうございます。毎回、感謝の念をたくさーーん送っています。愛をこめて。
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