三國屋物語 第51話 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

三國屋物語 第51話

 穏やかな秋晴れの午後だった。
 篠塚は山岸をともない自分の部屋にいくと中庭に面した障子(しょうじ)をあけはなった。山岸がくつろいだ様子で胡坐(あぐら)をかく。そこへ奥女中のお花が茶と菓子を運んできた。
 お花が姿を消すと、山岸が紅葉(もみじ)をかたどった落雁(らくがん)を指でつまみ、
「良い身分ではないか」
 と、つぶやいた。
「ただの用心棒だ」
「ここは、どうみても奥座敷だが」
「ひょんなことで、ここのせがれと知り合った。……瞬、そこにいるのだろう」
 襖(ふすま)に耳を押しつけ盗み聞いていた瞬は、弾(はじ)かれたように飛び退いた。
「はいってこい」
 篠塚が声をかけてくる。
 瞬は、そろりと這っていくと襖のまえで膝をそろえた。

 静かに襖をひき顔をのぞかせる。

 篠塚が苦笑していた。
「失礼いたします」
 瞬があらためて挨拶をすると、山岸は居ずまいを正し丁重(ていちょう)な挨拶を返してきた。
「拙者、水戸藩士にて山岸真一郎と申す。この篠塚とは幼馴染(おさななじみ)でござっての」
 山岸の話しによるとこうだ。二日前、藩命により京の藩邸を訪れた山岸は、夕刻になり京の町を見物していて篠塚に似た男をみかけた。そこで、ここ両日、六角通を中心に探していたところ、丁度、篠塚が三國屋から姿をあらわしたのだという。
「篠塚、とにかく一度、国許(くにもと)にもどれ」
 山岸がいうと、篠塚が渋面をつくり顔を背けた。

「雪乃どのにしても、このままでは引き下がれんだろう」

「引き下がるもなにも。いったであろう。俺は前日まで何も知らないでいたのだぞ」

「だからといって旅に出ることはなかろう。まるで夜逃げ同然と兄上方も笑っておられたぞ」

「笑わせておけばよい」

「相変わらず頑固(がんこ)だのう」
 山岸の話どおりだとすると、篠塚は結納(ゆいのう)から逃れるため旅にでたということになる。密命というのは瞬の勝手な想像であったのだろうか。そういえば、これまでも篠塚は言葉を濁すばかりで、はっきりと「密命」という言葉をつかったことはない。
 ちがう……。
 瞬はすぐさま自身の考えを否定した。結納の一件は、あまりにも荒唐無稽な話ではないか。だいたい篠塚に似つかわしくない。きっと密命を隠すための方便にちがいない。篠塚は命を惜しまず藩命遂行のため尽力している。そんな男でなければならないのだ。

 わたしは篠塚さんに理想を求めているだけなのかも知れない……。

 瞬にはわかっていた。山岸の話を一番認めたくないのは自分自身だということを。それだけではない。今、篠塚を水戸に帰してしまったら二度と会えない。そんな予感があった。

 篠塚と出会ったのは四日前の黄昏の神社だった。

 たった四日……。

 なのにどうしたことだろう。まるで長年生活をともにしてきた無二(むに)の存在を失うような、底の知れない寂寥感(せきりょうかん)が胸中を満たしていた。

 山岸が落雁(らくがん)を頬張りながらいった。
「それにしても不思議だの」
「なにが、でございますか」
「この男は昔から、それはそれは女にもてる」
「篠塚さんは、それほど女子(おなご)にもてるのでございますか」
「もてる。篠塚家で色事といえば雅人(まさと)さまと昔から相場が決まっておるくらいでの」
「こら、山岸。いい加減なことをいうな」
「嘘はいうておらんぞ」
「あの……山岸さま」
「なんじゃ」
「その色事というのは、どのような……」
 好奇心と寂しさは、まったく別のものであるらしい。篠塚が真顔になり瞬の名を呼んできた。だが好奇心がとまらない。鼻先にまたたびを投げおかれた猫のような心境だ。瞬は喉をならし身をすりよせる猫さながら、大きく膝をすすめ山岸の言葉を待った。



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「三國屋物語」主な登場人物

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