三國屋物語 第50話
「間違いないか」
篠塚が念を押す。
瞬は新町通と六角通が交差する四つ角に目を凝らした。男は深くかぶった編笠の下から、こちらをうかがっていた。着物は違うが、背丈といい物腰といい昨日の男に相違ない。
「間違いございません」
篠塚が暖簾(のれん)をかきわけ外へとでていった。隙間(すきま)から目だけのぞかせ様子をうかがう。すると、どうしたことか通りの中ほどで篠塚が急に踵(きびす)をかえした。早足に戻ってきて店の脇にある通用口から中へと入ってくる。
「え……」
あわてて土間へいき篠塚をつかまえる。そこへ背後から聞き慣れない声が響いた。
「待たぬか」
なんと、編笠の男が土間まで追ってきているではないか。
髪を逆立て篠塚にしがみつく。
「篠塚さん」
「篠塚」
瞬と男が同時に声をあげる。篠塚が長息してかぶりをふった。
「似た男がいると思ったら、篠塚、やはり、おまえであったか」
いって、男が編笠をとる。どうみても悪人には見えない律儀(りちぎ)そうな男だった。
「どうして、おまえがここに」
「急ぎ京の藩邸に届けねばならぬ書状があっての。二日前に京にきた」
「お知り合いでございますか」
瞬がきくと、篠塚が仏頂面(ぶっちょうづら)をつくった。
「山岸真一郎。水戸藩士だ」
「山岸さま……」
山岸は瞬に会釈すると、篠塚を品定めするかのように上から下へと眺めた。
「ずいぶんと羽振りがよさそうではないか」
「大きな世話だ」
「父上が嘆(なげ)いておられたぞ。よりによって結納(ゆいのう)の日に逐電(ちくでん)とは」
「結納?」
瞬が頓狂な声をあげる。山岸が落ち着き払った態度で、
「いかにも」
と、答えてきた。
篠塚が心外といわんばかりに早口にいった。
「結納のことなど俺は前日まできかされておらなんだ。よってたかって人を騙(だま)しおって」
「それもこれも、おまえの為だ」
「お家安泰のためであろうが」
「篠塚、おまえは己の置かれている立場が、まったくわかっておらん」
「説教ならききたくないぞ」
「こら、篠塚」
「だいたい、あんな身分の高い女房どのを貰ってみろ。家老の息子を弟子(でし)に持つだけでも肩身が狭いというに、このうえ孫娘の婿養子(むこようし)になんぞなったら息をするのも窮屈(きゅうくつ)になるわ」
「話をすりかえるな。そもそも、雪乃どのは、おまえに惚れておるのだろう。それに、雪乃どのは武術の師である間宮先生の遠縁にもあたる。良いこと尽くめではないか」
「それとこれとは話は別だ」
「わからんのう。雪乃どのの、どこが気にくわんのだ。身分、性格、容姿、ともに申し分ない。部屋住みの三男坊には過ぎた相手だと、皆、羨ましがっておったぞ」
「なら、おまえが名乗りをあげればよかろう」
「雪乃どのは、おまえでなければ嫌じゃといっておった」
「名乗りをあげたのか」
「いちおう」
「………」
「あの……、お取り込み中ではございますが」
瞬がおずおずと声をかける。
先刻から奉公人たちが周囲に集まりだしていた。みると、番頭の藤次郎まで聞き耳をたてているではないか。瞬が睨むと、藤次郎がこれみよがしに周りの手代の頭を小突き、持ち場にもどれと声をあげた。
「なにぶん、ここは狭うございます。積もる話しもございましょう。どうぞ、奥でごゆるりとなされては」
山岸は瞬にむきなおると襟をただし礼をのべてきた。どこまでも礼儀正しい男だ。
「かたじけない。世話になりもうす」
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