三國屋物語 第49話
天然理心流で居合をつかうのが土方だけだとすれば篠塚がそれを見る機会があったのは一度だけ。昨夜、賊としての土方と斬りあった時だ。篠塚が賊の正体に気づいていると悟られたら、直接、新選組を敵にまわすことになる。京で商(あきな)いをする三國屋にとっては命とりだ。
瞬が顔をひきつらせている。
そろそろ限界か……。
もともと芝居っ気のある男ではない。これ以上、瞬に白を切り通させるのは無理だ。
篠塚は湯呑に手をのばしながら、
「そうでしたか」
といった。
「でもね、人前ではつかわないんですよ。強いていえば実戦の時かな。土方さんが居合を抜くのは」
土方が上目遣いに篠塚をみてきた。
束の間、緊迫した時がながれた。
ゆっくりと湯呑をかたむける。茶を口にふくませ、篠塚は苦笑をもらした。
土方がかすかに眉をあげ、沖田と永倉が顔を見合わせた。
「短めの差料(さしりょう)なので、てっきり居合をつかわれるのかと……。いらぬ詮索(せんさく)をいたした。どうぞ許されよ」
土方が脇においた刀をみおろし険しい表情をやわらげる。
永倉がうなずきながら口をほころばせた。
「まず得物(えもの)に目がいく。わかりますよ」
沖田が軽い口調で、
「ねえ、篠塚さん。新選組にはいりませんか」
などといって、勧誘をはじめた。
土方があわてて沖田の袖をひく。
「篠塚さんなら即戦力になるじゃないですか。あの闇稽古から無傷で抜けだすなんて、かなりの腕だ」
「芹沢先生は、ご立腹だったのでは」
篠塚がきくと、沖田が鉄扇(てっせん)を肩にあてる素振りをした。どうやら芹沢の真似であるらしい。
「あやつめ、まわりが雑魚(ざこ)ばかりで退屈したのであろう、ってね。大笑いしていましたよ」
潮時だとおもったのか、土方が腰をあげた。すでにいつもの温和な面持ちにもどっている。
「三國屋」
「はい」
「邪魔(じゃま)をした」
瞬がようやく笑みを浮かべた。
沖田と永倉が土方の後につづく。
永倉は篠塚がよほど気に入ったのか、今度、酒を酌(く)み交わそうと、しきりに誘ってきた。
篠塚は、必ずそのうちと返答し三人を店の外まで見送った。
三人の姿が人ごみに消える。すると、瞬がびくりとして店の中に逃げこんだ。
後から追っていき声をかける。瞬が暖簾(のれん)ごしに外をのぞき篠塚の袖をひいてきた。
「あの男でございます。先日、店をうかがっていたのは」
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