三國屋物語 第48話
昼をすぎた頃、新選組の沖田と土方、そして永倉が訪ねてきた。
篠塚は不安げな瞬につきそい客間へとむかった。
「三國屋さん、昨夜はとんだ災難でしたね」
沖田がいつものごとく気の置けない態度で話しかけてきた。三人とも隊服をつけている。公務の途中だろうか。
「はい。もう生きた心地がしませんでした。いまも思いだすだけで震えがとまらなくなります」
「そうでしょうとも。とにかく無事でなによりだ。ところで、篠塚さん」
「はい」
「あなたには参ったな。稽古の途中でいきなり、どろんでしょう。神隠しにでもあったんじゃないかって皆で話していたんですよ」
篠塚が哄笑(こうしょう)した。
「面目ない」
「いったい、どうなすったんです」
「逃げました。なにせ『待った』のきかない稽古は初めてでしたので」
「それにしては見事な太刀さばきでござった」
永倉が屈託のない口調でいった。
「最後の一太刀、大上段からの斬りは、わたしです。あの、すりあげからの払いは見事だった」
「あれは、永倉さんでしたか」
おぼえている……。
斬りこまれるまえから挑みかかってくるような殺気を感じた。竹刀(しない)稽古のみで、あれほどの気を練るのはむずかしい。土方にしてもそうだ。抜刀から突きにいたるまでの速さは並ではなかった。土方の脇におかれた刀にちらと視線を投げる。土方の身長からすると、かなり短めの刀だ。土方は居合をつかうのか。
それまで無言でいた土方が、
「三國屋。昨夜の賊に見覚えはないか」
と、低くいった。
瞬が表情を強張らせる。沖田も永倉も聞き耳をたてている様子だ。
「暗いうえに恐ろしゅうて、とてもとても賊の顔をみる余裕など」
いいながら、瞬が懐から手ぬぐいをとりだした。そそくさと額の汗をぬぐう。
土方はしばらく瞬を凝視していたが、やがて湯気のたつ湯呑に手をのばした。
すこしは疑いが晴れたか……。
篠塚は内心胸を撫で下ろした。ここで疑われたら、さらなる追求が待っているだろう。瞬をこれ以上危険な目に遭わせたくなかった。
「ときに。篠塚さんは免許の腕とききましたが、国許(くにもと)を離れた理由はなんでござるか」
永倉がさりげなくきいてくる。興味があるのか、沖田が身をのりだしてきた。
「剣術修行です」
「おなじだ」
「永倉さんも」
「わたしの父は松前(まつまえ)藩の江戸詰めなのですが、松前藩は武術奨励としてニ男、三男は塾で修行せしめるというのが藩の方針でござった。ところが、わたしは長男。家督相続のため塾通いが許されなかった」
「それで、家を」
「十九の時でした」
「藩からのお咎(とが)めはなかったのですか」
「まあ、剣術修行といっても同じ府内の道場に住み込んだだけのこと。殊勝(しゅしょう)なこととてお構いなしと」
篠塚が感心してうなずく。沖田が喉の奥で笑いだした。
「一度、永倉さんと篠塚さんの仕合(しあい)を見てみたいな。篠塚さんの驚く顔が目に浮かびますよ」
「驚く?」
「とかく我武者羅(がむしゃら)な人ですから。新選組で我武者羅といえば永倉新八(ながくら しんぱち)といわれるくらいで」
沖田が茶化すようにいう。永倉が咳払いをひとつした。
「それは是非とも拝見したい。……ところで天然理心流(てんねんりしんりゅう)は居合(いあい)もあるのですか」
湯呑を茶托(ちゃたく)に戻そうとした土方の手が、ぴたりと止まる。沖田が土方をちらと見て横からわりこむように答えてきた。
「たしかに居合はあるんですが、新選組の中で居合を抜くのは土方さんだけなんです」
しくじった……。
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