追想五断章//米澤穂信 | みゅうず・すたいる/ とにかく本が好き!
追想五断章/米澤 穂信

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 「追想五断章」

 米澤穂信、著。 2009年


 本だとか小説を探す話は、なぜこんなに
面白いのだろう?
読書好きな人間は、日常的に探索を続けて
いるようなものだから…でしょうか。

 まだ見ぬ物語を探し続ける。
飽くことなく。
渇きが癒えることはあるのでしょうか?

 「面白い! 最高!」
そう思っても、探索行は終わらない。
私たちはボス・キャラを倒してラスト・シーン
を見る事の出来ないプレーヤーです。

 強欲でバチあたりな奴ら。
それが我ら本好き人間たち。
永遠に渇きを感じ続けるヴァンパイアの如く
ね…。

          ※


真実は沈黙のうちに眠る。

古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬
に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里
可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末
の伏せられた五つの小説(リドルストーリー)を
探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決
のままに終わった事件“アントワープの銃声”の
存在を知る。二十二年前のその夜何があったの
か? 幾重にも隠された真実は?

 (帯より引用)

          ※

 依頼者・可南子の母は自殺したのか?
それとも、父が殺したのか?
その時四歳の可南子は、何かを見たのか?
いや、あるいは…。

 それを知らぬ可南子のアイデンティティは
宙に浮いている。

 芳光もまた、家庭の事情で大学を休学し未来
を決めかねている。
自己を確立しかねて、彼もまた宙に浮いている。

 未来を選ぶためには、自分の中で過去を認識し、
確定する必要がある。

 五つの小説を探しながら、二人はそれぞれの
過去を認識する作業を行う事になる。

 ミステリーは謎解きの楽しさのみでも存在し
得るけれど、米澤穂信氏は人間を描く事を忘れ
ない。

米澤氏の描く人間は、蒼く透き通った悲しみを
纏っているように感じます。

 そこに引きつけられる。
いつも、何かたまらない気分にさせられる。
その気分を味わいたいがために、氏の作品を読む
のかも知れない。

 面白い作品でした。
ほろ苦く、切ない作品だと感じました。

人間は切ないですね…。



※脱線あるいは蛇足、又は戯言として…

 人間は過去しか見る事が出来ないのですよね。
「現在」ですら、同時進行で認識は出来ない。
見て、脳が情報として処理し、認識する以上は
何らかのタイムログがある。

 さらに、その情報を「認識」するという作業
には主観が混じる。
主観の混じった情報が集積されたもの、それが
過去です。

 人間の認識し得る時間には、厳密な意味での
現在も未来もない。
全ては過去の記憶。

 未来は、過去の記憶から類推出来る可能性で
しかない。
故に、未来の想定、つまり進路を決定するため
には、過去を確定しなくてはならない。

 まあ、そんな事をしなくても、物理的時間は
経過してゆく訳で、生きて行くことに不都合は
ないのですが…。

 アイデンティティが確立出来ない。
常に同一の自己であるという認識?
まあ、そのようなものです。

 過去の確定が出来ないと、京極堂の友人・関口
のようになる。
困ったことです。

 まあ、普通の人間は無意識に過去を確定して
生きているので心配はいりません。
普通は関口にならない…と思います。