腐りゆく天使 // 夢枕獏 | みゅうず・すたいる/ とにかく本が好き!
腐りゆく天使 (文春文庫)/夢枕 獏
¥710
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 「腐りゆく天使」


 夢枕獏、著。 平成12年。



 情慾


 手に釘うて、


 足に釘うて、


 十字にはりつけ、


 邪淫のいましめ、


 歯がみをなして我こたふ。


 空もいんいん、


 地もいんいん、


 肢體に青き血ながれ、


 するどくしたたり、


 電光したたり、


 身肉ちぎれやぶれむとす、


 いま裸形を恥ぢず、


 十字架のうへ、


 歯がみをなしてわれいのる。


 (萩原朔太郎)


 


ああ・・Myu’s Style / とにかく本が好き!


 冴え冴えとした月光。

冷え切った大地にそそぐその蒼白き闇。

凛烈たる孤独。


 他者を拒絶するかの如き蒼。

しかし、その色は同時に炎の青でもある。

冷たき炎は、朔太郎の情念の色だろうか。


 夢枕獏氏の、「腐りゆく天使」は、朔太郎の

大正三年、人妻エレナとの恋愛を主軸にした

物語です。


 この物語は、三人の視点があり、それぞれの

視点で各章が綴られて行く。


 ひとつは、萩原朔太郎の視点。

二つ目は、神父。

三つ目が、土の中の死体。 これは、やがて

幽霊の形で物語に登場する事になる。


 朔太郎の視点は、もちろん人妻エレナへの

恋慕と情慾の物語として展開される。


 神父の視点の物語は、この神父が幻視する

天使についての物語。

宙に浮かぶ、大きな天使がゆっくりと腐って行く。

そのイメージが何を意味しているのかは、章を

追って行くごとに明らかになって行く。


 そして、土の中の死体は、当初、単に思考する

だけの存在として登場するのだが、やがてある

きっかけで、幽霊として物語に現れる事になる。


 これらの物語に加えて、朔太郎の詩や、室生犀星

への手紙などが別の章として散りばめられる。

その、中には夢枕獏氏の創作物がまぎれ込み、

虚実が混在する。


 物語は、朔太郎の背徳と、神父の背徳がやがて

交差して行くのだが、作品の主眼はあくまでも

「萩原朔太郎」を描く事にある。


 しかし、悲しいかな、「天使が腐ってゆく」という

イメージは、グロテスクではあるものの、朔太郎の

グロテスクなまでの美に及ばない。


 さらに、朔太郎を描くべきこの物語に、

神父と「腐りゆく天使」、土の中の死体=幽霊の

物語などが上手くリンクしているとは言い難く、

かえって朔太郎の存在感を希薄にする。


 朔太郎の実話の凄さまじさにも及ばない。

また、無論、朔太郎の詩のイメージに対抗する

術もあろううはずも無い。


 意欲ばかりが空回りして行く。

そんな印象を、私は受けました。


 本来、「好きな本のことだけを書く」のがこの

ブログのスタイルですが、我が愛する獏作品に

ついては、いずれ全作品について書きたいので、

あえて私が「失敗作」であると感じる作品についても

書こうと思います。


 「腐りゆく天使」についても、書くべきかどうか迷った

のですが、この酷評もファンゆえの評価であると

思って頂ければ幸いです。


 獏さん、今回は相手が悪いわ!

朔太郎にイメージで対抗するような展開では、

あまりにも分が悪すぎるよ。


 そして、朔太郎の詩を散りばめるべきじゃ

無かったと思う。

あれは、あのイメージで完結してしまうよ。


 無垢な詩人の魂などと言うが、それは同時に

精神的に子供のままで、わがままであるだけの

場合もある。


 朔太郎などは、その典型だ。

彼を描くなら、もっと大正期の雰囲気など描写して、

ストレートに内面に迫ると言うアプローチが有効だと

思う。


 あるいは、事実と完全に袂を分かつか・・・。

今回は、実に中途半端に感じたよ。


 残念ながら、私の判定は「失敗作」です。

でも、読んで見ても良い失敗作と言っておきましょう。