うちの学校の社会科の先生が書く黒板は
どれもまとまりや形をなしていません。
政経・倫理・日本史・地理・世界史
どの先生も、ただ重要な単語を黒板に殴りがき。
これは何故でしょうか。
今日考えて、答えが分かったような気がします。
そもそも‘社会’とは混沌としており、
何か単数の秩序で成り立つものが全くありません。
それは、政治や経済や、まして歴史でさえも。
それなのに、
社会にルールを見出だして
その縮小した案内図をひけらかすとは
社会科の先生とはなんとおこがましいのでしょうか。
こんなことを思えば、
数学に何の価値も見いだせない
アンチマスの私は、
なぜ、それらを高校生が求めるのか
少し分かるような気がします。
そして、天才デカルトが
全ての哲学の大本として確固たる教科の数学を基調とした理由に
納得がいきます。
小さな頃、私は
医者になるのためには、
医学部に入るためには、
数学が必要なのが
何よりも不思議だった。
まぁ、それについては今でも不思議かな。