疑惑-14 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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「まるで清子が二人いるみたいだな」

「二人…?」

修三の言葉を受けて袴田が考え込む。

「もしかしたらそうだったのかも」

「何言っているんだ、そんな事はありえないだろう」

「否々、全くあり得ない話でもないぞ」

袴田は何を言い出すつもりなのだろうと修三は聞き耳を立てる。彼は時々、修三が思いもつかないような発想を思い着く。

「五年前、おまえと高橋社長が結婚したときは女は二人いたんだ。お前の妻だった清子と倉田南美だ。で、途中から一人になった、どうしてだ?答えは簡単だ、一方が死んだからだ」

「は?お前、何を、」

「良いから俺の推理を聞け。当たっているかどうか後で検証しよう。ここに二人の女がいるとする、蜷川清子と倉田南美だ。二人は何らかの事情があって入れ替わった。倉田南美は蜷川清子になり、蜷川清子は倉田南美となってお互い別々の男と結婚した。それが結婚三年目にして何か問題が起きた。そいつが何か今のところ全く見当もつかないが、それで一方が殺された。お前の家で殺されていた女、それが倉田南美になった蜷川清子だ。清子になっていた南美は慌てて逃げた」

「逃げたっていう事はあの清子を殺したのはやはり彼女って事か?」

「それは分からないが、今の段階では限りなく黒に近い灰色だと言わざるを得ない。実質、重要参考人のままだしな。何もしていないのに姿をくらましたままというのは疑われても仕方がないという状況だろう」

「それはそうだが、じゃ、彼女はあれから高橋のところに逃げたのか?それじゃ、高橋は自分の妻を殺したかもしれない女を匿ったって事か」

「その辺の事情はよく分からんが、何かそうしなければいけない事情があったとか」

「例えば?」

「さあ、な。今のところまだ見当もつかない」

「何か、脅されていたとか?」

修三は自分でそう言ったもののあの清子が人を脅すというのも想像し難い。それともやはり清子には修三の全く知らない一面、否、裏の顔があったという事なのだろうか。

「う~ん、それはどうかな。高橋の話では亡くなった父親は妻である南美を随分信用していたと言っていた。あの高橋が二人と一緒に居たのは一年程ではあったが二人はお互いをとても労わっているように見えた、親父は最後に良い伴侶に巡り合えたのだと思ったって話だったから脅迫関係と言った関係ではなかったのじゃないか。だが高橋社長は結婚する時もした後も、周りの者に妻を紹介はしなかった、誰も彼女の顔をはっきりと見知っている者はいなかった。入れ替わっていても誰も気付かない、高橋だって一年前まで親父の細君には会っていなかったのだから、結婚当初の人間と違っていたって分からない。第一そんな事初めから疑いもしないだろう」

確かに辻褄は会う、入れ替わっていたのなら五年前から本物の蜷川清子の消息がぷっつりと消えた理由も分かる。彼女は倉田南美になっていたのだから。だがそれでは亡くなった高橋社長の心情も分からない。本物の妻を殺したかもしれない女と信頼関係など結べるのか。第一、そんな事が現実にあるのか。戸籍を入れ替えて生きて、また元に戻る。不可解極まりない。何の為に別人になったのだ。お互いにとって何かメリットがなければそんな事はしないだろう。それは一体なんだ。

「まあ、これは一つの仮説だ、ちょっと思いついただけだから絵空事かも知れんが、案外的を得ているような気もする、そう考えるといろんな事が見えてくるような気がしないか。俺の仮説が当たっていればお前が葬儀場で見た女がお前の嫁さんだったっていう事も確かだからな」

「それは、まあ」

「取り合えず、倉田南美の事を調べてみるか」

「それは俺がやる」

元よりそうするつもりであった。よしんば袴田の推理が事実だとして清子、否、倉田南美はどうしてまた姿を消したのだ。修三に見られたからか。それとも蜷川清子を殺したのは清子、否、倉田南美なのか。頭がこんがらがりそうだと修三は思った。

 それから修三は倉田南美の情報収集をした。そうして分かった事は彼女の生い立ちもまた蜷川清子同様、安穏としたものではなかった。倉田南美の父親は銀行員であったが顧客の金を流用し、南美が高校二年の時にその金を持って女と逃げたがお金が尽きた時に女に捨てられ無一文になりコンビニで万引きをして捕まった。一億近いお金を着服していたのに捕まった時には所持金は三十円しかなかったらしい。六年服役して現在は出てきている筈であるがこちらの消息は掴めなかった。母親は父親が逃げた後、南美を連れて今まで住んでいたところを追われるように移り、誰も知らないところで小さなアパートを借り南美と二人で細々と暮らしていたが心労が重なり倒れた。南美は高校も退め、母親の入院費と生活費を稼ぐ為、年齢を誤魔化して夜の店で働くようになった。母親の病状はすぐに良くなったが退院してきた母親はすっかり自暴自棄になり、アルコールに溺れ毎日パチンコ屋に行っては持っているお金を使い果たした。南美が働いたお金も殆ど母親のパチンコ代と酒代に消え、喧嘩の絶えない毎日になった。南美からお金が取れない日はどこからかお金を工面してパチンコに行く。そうして閉店まで帰って来ない、気が付いた時には借金の山になっていた。借金は南美の肩にも重く伸し掛かってきた。どんなに働いても追いつかない。

 

 

  <疑惑-15へ続く>