疑惑-13 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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 それに父親は少し前からあまり具合が良くないと言われた。今すぐどうのこうのというような状態ではないし、そんな事は考えたくもない事であるが万一の事があった時にこのまま和解出来ずではお互い辛いのではないかと言われた。それで繁太郎は父親に会いに行く事にした。南美の事をずっと財産目当てで父と結婚していたと思っていたが実際に話してみるとそんな思いは払拭した。

「彼女には感謝している」

と繁太郎は結んだ。あの時、南美が来てくれなかったらきっと和解出来ないまま父を亡くしていただろう、それを思うとどれほど感謝してもしきれないと。父親が亡くなった後、繁太郎は南美から今まで知らなかった事実を告げられた。言わなくても良いと口止めされていたが「お父様の本当の気持ちを分かって欲しいから」と。

 実は繁太郎が転機を迎えた製麺工場の社長は父親の古い友人で、彼は繁太郎の父親に頼まれて繁太郎に声を掛けたのであった。父親は繁太郎を追い出したものの、やはり心配でずっと様子を見守っていたのだ。その事を聞いて繁太郎は製麺工場の社長にも確認した。そしてそれが紛れもない事実である事を知った。その社長もその事はいつか話をしようと思っていたと言った。最初は頼まれて面倒を見ていたが今では会社の大事な戦力である、入って貰って良かったとも。そして大事な戦力ではあるが、父親の残した会社を立て直す為にそこに戻るというなら喜んで送り出すし、応援も惜しまないと言ってくれた。繁太郎は家には戻ったが父親の会社には戻らず今でも製麺工場で働いていた。それを聞いて繁太郎は泣いた。今までずっと見守ってくれていた父親の思いと、黙って繁太郎に手を差し出してくれた製麺工場の社長の優しさに胸が熱くなったと言った。

 修三も袴田も繁太郎の話に胸を打たれた。親の思いというのはこういう物なのかと改めて感じた。

「それでにしても…」

「なんだ?」

「それにしても何だか出来過ぎな感じがするな」

繁太郎と会った翌日の昼に袴田は呟くように言った。

「出来過ぎって何だ?」

「亡くなった高橋社長と倉田南美の出会いだよ」

「ああ、そこか」

修三も引っ掛かっていたところである。

「やっぱりお前も思ったか」

「何となくな」

「高橋の奴は何も疑っていないし、今更親父さんの思い出を汚すものどうかと思って言わなかったが、どうもしっくりこない」

「確かにな…」

繁太郎の話では貧血を起こした南美に手助けをした高橋を後日訪問して高橋の面倒を見て結婚に至ったという事である。

「赤詐欺の手口に似ている」

「俺もそんな気はしたが、でも実際に結婚してずっと一緒に暮らしていたという事だし、出て行った時も特に金品は持ち出していなかったという事だしな」

「そう、だから違うと言えば違うのだが、なんだか偶々ってのがなあ。偶々金持ちの男の前で貧血を起こし、家を訪問したらその男が偶々独身でって、普通そこで夕飯まで作るのか?なんか魂胆見え見えって気がするが」

「つまり、初めから高橋社長に的を絞って、彼の行動を調べわざと貧血を起こし、お礼だなど言う口実で自宅を訪れ、親切ごかしに夕飯を作った。長い事やもめ暮らしで息子も出て行って寂しい生活をしている男にはそりゃグッとくるものがあるだろうっておまえは言いたいんだな」

「お前だってそう思うだろう」

確かに話を聞いただけでは修三だってそう思う。しかしそれがあの清子の話となるとそんな手の込んだ芝居じみた事をするだろうかと思うのだ。修三の知っている清子とは結び付かない。

「分からん…」

「分からんって、お前は高橋社長の奥方だった南美っていう女とお前の嫁さんだった清子さんと同一人物だと思っているのか?」

「それも分からん」

「だって、それはちょっと無理があるだろう。第一結婚していた時期が重なっている。お前が結婚したのと高橋社長が結婚したのはほぼ同じ五年前、結婚生活が被っているという事になる。同一人物だとすると彼女はお前の妻と高橋社長の妻との二役を演じていた事になる。同時期に二つの家庭を持つなんて事可能だと思うか?」

「俺は結婚しても家に帰るのは週に二、三度だった。俺が家を留守にしているときはどこに居るか分からん」

修三の言葉に袴田は溜息を吐いた。

「あのな、俺達の仕事はいつも前もって泊りになるってわかっているわけじゃない。今日は帰って来ないと分かっているならその日はあっち、今日はいるからこっちという風にできるかもしれないがいつ帰ってくるか分からないんだ。それともなんだ、不意に帰った時には嫁さんはいつも家に居なかったのか?」

「あ、」

そうだ、清子はいつも家にいた。帰れないときは連絡するときもあったが出来ない事もある。そう言えばどんなに夜中に電話しても彼女はいつも家にいた。少なくとも二年前までの三年間、彼女は毎日修三のあの家で過ごしていたのだ。

「確かにそうだ。だが俺が見たあの女は清子に間違いなかった。そこは確信があるんだ」

あの葬儀場で絡んだ視線は間違いなく清子の物であったと修三は思っている。だがそれではどういう事なのだ。

 

 

  <疑惑-14へ続く>