落月-21

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その言葉に桂木はぽかんと口を開けた。そして暫らく考えるような顔をして口を開いた。

「それはどういう意味ですか?」

桂木は清香が冗談を言っていると解釈したのだろうか。

「言葉通りです」

「あなたは人を殺したという事ですか?」

「ええ、そう申し上げています」

「人の命を奪うという事はそう簡単な事ではないと思いますが」

「そうですね、きっと簡単ではないと思います」

「それは一体、どのような方法で?否、それよりも何故?お付き合いされていたのですからその方をお好きだったのでしょう」

「勿論、好きでした。あの方との会話はとても楽しく興味深いものでしたし」

「なら、どうして」

「私の事をとても好きだといつも熱心に仰るのです」

「それはお付き合いしていたのですから普通でしょう」

「きっとそうですね。でも、私よく分からなくて。だって、ほら人の心のって目で見えないじゃないですか。私、その言葉を試してみたくなったのです」

そう言って微笑む清香に桂木の心臓が大きく脈打った。

「試す、とは?」

「だって、先生、仰ったでしょう。相手の為に何かをしてあげたいという気持ちが愛情だと」

「あ、ええ。確かに言いました」

「でもそれって、誰にでも普通に出来る事じゃ分かりませんよね」

「と、言いますと?」

「例えば、何か欲しい物を買ってくれるとか、どこか行きたいところに連れて行ってくれるとか」

「そうやって相手の望む事をしてあげたいと思うのは愛情の表れでしょう」

「だって、物はお金があれば買えるじゃないですか、行きたいところだって時間とお金に余裕があればどうにでもなりますわ。相手が究極の貧乏で、私の欲しい物を買う為に強盗などしようものならその愛情を計り見る事が出来ますけど、生憎彼はそれ相応の資産を持っていて大抵の物は簡単に手に入るんです。そんな簡単に手に入る物を提供されても愛されているとは思えませんよね」

「あなたは何が欲しかったのですか?」

「私、自分が何を欲しいのかも分かりません。きっと特に欲しい物もないんです。そう言えばあの方は私の事をかぐや姫のようだと仰っていた事があります」

「かぐや姫?」

「ええ、でもかぐや姫ってない物ねだりをする高慢なお姫様って感じでしょう?あまり良い例えではありませんよね」

「そう言う風に捉える人は少ないと思いますけれど、でもさっき蒲生さんの仰った事はそれに当て嵌まりますね。簡単に手に入る物では駄目なのでしょう?」

「あら、そう言えばそうですね。では、あの方の言葉は言い得て妙だったのかしら」

「あなたはその方に何か望まれたのですか」

「私の為に命を投げ出す事が出来ますかと尋ねました」

「それで彼は何と?」

「それも一興だと」

「それはただの会話の流れですよね。その方はそれで亡くなったわけではないのでしょう」

「ええ、流石に実際に命は投げ出せないようでした」

そう言って清香は視線を床に落とす。清香の脳裏に生前の喜一の言葉が蘇る。

 

――大切な人を守る為なら命を投げ出す事もあるかも知れないけれど、ただ愛を証明する為だけに命を絶つ事は馬鹿げていると思いますよ――

 

「とても残念でしたわ。折角愛情を試す事が出来るかと思いましたのに」

「命をかける事で愛情を知る事など到底できませんよ。本当の愛情は生きて相手をずっと見守る事です」

「だって、先生がそう仰ったのじゃないですか。だから私、試そうと思ったんですよ」

「私のせいだと?」

「ええ」

「でもその人はあなたの為に命を投げ出す事はしなかったのですね」

「そうなんです。だから、私今度は自分があの方を愛しているのかどうかを試そうと思ったの。だって、一緒にいる時間を愉快だと思うようになっていましたからこれが愛情というものなのかもしれないって」

「相手を殺す事がどうしてあなたの愛情を試す事になるのですか?」

「だって、愛していたらその方が亡くなったら悲しいでしょう。私は自分が嘆き悲しむ事を想像してワクワクしていましたのよ」

「ワクワク…?」

桂木は何か異質なモノを見るような目で清香を見る。

「それで殺そうと思ったのですか?」

「ええ、だって自分で死んでくれそうにないのですもの。仕方ありませんわ」

「それで結果はどうだったのですか」

桂木の言葉に清香は項垂れて首を横に振る。

「何も、感じませんでした」

「もう会えないという事に悲しみは無かったのですか?」

「そんな風にも考えませんでした。本当に何も思わなかったのです」

これ以上にがっかりした事は無いと言わんばかりに清香は俯く。桂木は暫く黙ったまま清香の様子を伺ってまた口を開いた。

「それで、どうやって殺したのですか?」

桂木の質問に清香は顔を上げてにっこりと笑う。

「毒を盛りました」

 
 
  <落月-22へ続く>
 

 

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