12.メメント・モリ
「だからさぁ、会いたいなら、会いにいきゃーいいじゃん!」
私の目の前で、ノダさんがぐい飲みを振りながら力説している。
「今更、合わす顔なんてないですよーぉ…」
私も私で、グラスのふちをがじがじと齧りながら答える。
その隣では、ハルカワさんが、もくもくと焼酎の水割りを飲んでいて。
「だーからぁ!女は度胸よ、度胸!腹括りなさいって!!」
さっきから、大体、こんな内容がずっとループしている。
酔っ払いの会話なんて、大体こんなものだ。
事の発端は。
私が事務所に勤めて、一ヶ月程した、ある日の夕方。
ハルカワさんに書いた報告書を見せていると…。
「ウチの息子達がさ、今田舎に帰ってるのよ」
ノダさんの、唐突な発言。
息子さん二人だけで敬老の日の三連休を利用して行くそうで。
夏休みには行けなかった、旦那さん側の実家の方へいく予定らしく。
家帰っても、今日は旦那いないし、さみしーの。と。
ノダさんは、髪の毛を人差し指でくるくると弄びながら、言う。
そして、
「調査ひと段落したんでしょ?」
「え、まあ」
「じゃあ!酒盛りしよ!ヒナちゃんの歓迎会もやってないしね。よし決まり」
その、ノダさんの鶴の一声で、酒宴が決定。
ハルカワさんが、しょうがないなあ、といいながら。
何故か、所長室の扉をあけて、中に入り。
木製のキャビネットの一番下の引き戸を、がらりと開けた。
「え?」
そこに入っていたのは、焼酎とワイン、それから
ぐいのみ、グラス、その他もろもろ。
「え、いいんですか?」
「いいのいいの」
「社長は?」
「彼女も時々混ざるし」
「混ざるんですか…」
「うん」
…事務所の中で、酒盛りかあ…。
かつてない体験に、ちょっと度肝を抜かれたけれど。
その後、依頼人から急遽調査にストップがかかって
時間が空いた、ホソノさんとモリタさんから、電話が入ったので
ついでとばかりに酒やつまみのお使いを頼み…。
そんなこんなで、みんなでわいわいがやがやと、酒盛りが始まった。
ホソノさんのしょうもない武勇伝とか
ノダさんのお子さんと旦那さんの自慢話とか
ハルカワさんの怖い話とか
そんな感じで、盛り上がって。
でも、多分、あれがいけなかった。
モリタさんの、恋話。
ノダさんに突っつかれるまま、話していたモリタさんだったけれど。
途中で、逃げるように、「明日朝早いんで」と、
モリタさんが仮眠室に逃げ込んでしまうから。
いつもはフォローに回ってくれるはずのホソノさんも
釣られたように「俺も寝なきゃ」と、追ってしまったから。
その矛先が、私に向いた。
「ヒナちゃんのコイバナ、私聞きたい~」
にこにことしながらノダさんが言う。
助けを求めるようにハルカワさんを見たのに
「あ、俺も聞きたい」
そんな風に言われたら逃げ場もなくて。
お酒の入った頭では抵抗もむなしく。
請われるがままに、シヅオの事や
それから、シノさんのことを話してしまっていて。
そして、冒頭に戻る。
いい加減、ノダさんとのループに疲れて。
「私がそれでいいんです。もういいんです」
そんな逃げ口上で、強制終了しようとしたら。
「イクシマちゃん、さあ」
今までずっと黙っていたハルカワさんが、口を開いた。
そして、グラスを持ったほうの人差し指を立てて、すっと私を指差す。
「『メメント・モリ』って、何だか知ってる?」
不思議な響きのする言葉だった。
どこかで聞いた事あるようで、ないような。
結局判らずに、私が首を振ると、
ハルカワさんはグラスを傾けて、一口ごくりと飲んでから
もう一度、口を開いた。
「日本語にするとさ、"死を想え"」
どくん。と、心臓が跳ね上がる。
「自分は、いつか死ぬのを、忘れるなって事みたい」
「死を、想え…」
「イクシマちゃんはさ、本当にそれでいいの?」
もし今死んじゃったら、後悔も出来ないよ?
そんな言葉に。
ヨシノお姉ちゃんの、青白い顔がフラッシュバックして。
死んだら、後悔するのかな。
シノさんに、会いたいけれど。
これが、どういう気持ちから来ているのか、判らなくて。
恋のような。違うような。
もやもやする、こんな気持ちで。
会いたいと言うのは、なんだかすこし、後ろめたいような。
こんな気持ちなら、いっそ会いたくないような。
でも、真っ白な、お姉ちゃんの顔が、私の頭を横切る。
メメント・モリ。
ねえ、私は本当にそれでいいの?
私が俯いていると。
ノダさんが、ハルカワさんの背中を、ぺしっと叩いて。
「ね、ハルカワくん。も、やめとこ?」
「あ…すみません」
「あ…」
ハルカワさんは、きっと。
慰めてくれようとして。だから。
「ありがとう、ございました」
そうやって言ったら。
にっこり笑って、頭を撫でてくれた。
その手の暖かさにじんと来て、なんだか泣けて来たけれど。
お酒の所為にして、誤魔化した。
<前の話|次の話>
私の目の前で、ノダさんがぐい飲みを振りながら力説している。
「今更、合わす顔なんてないですよーぉ…」
私も私で、グラスのふちをがじがじと齧りながら答える。
その隣では、ハルカワさんが、もくもくと焼酎の水割りを飲んでいて。
「だーからぁ!女は度胸よ、度胸!腹括りなさいって!!」
さっきから、大体、こんな内容がずっとループしている。
酔っ払いの会話なんて、大体こんなものだ。
事の発端は。
私が事務所に勤めて、一ヶ月程した、ある日の夕方。
ハルカワさんに書いた報告書を見せていると…。
「ウチの息子達がさ、今田舎に帰ってるのよ」
ノダさんの、唐突な発言。
息子さん二人だけで敬老の日の三連休を利用して行くそうで。
夏休みには行けなかった、旦那さん側の実家の方へいく予定らしく。
家帰っても、今日は旦那いないし、さみしーの。と。
ノダさんは、髪の毛を人差し指でくるくると弄びながら、言う。
そして、
「調査ひと段落したんでしょ?」
「え、まあ」
「じゃあ!酒盛りしよ!ヒナちゃんの歓迎会もやってないしね。よし決まり」
その、ノダさんの鶴の一声で、酒宴が決定。
ハルカワさんが、しょうがないなあ、といいながら。
何故か、所長室の扉をあけて、中に入り。
木製のキャビネットの一番下の引き戸を、がらりと開けた。
「え?」
そこに入っていたのは、焼酎とワイン、それから
ぐいのみ、グラス、その他もろもろ。
「え、いいんですか?」
「いいのいいの」
「社長は?」
「彼女も時々混ざるし」
「混ざるんですか…」
「うん」
…事務所の中で、酒盛りかあ…。
かつてない体験に、ちょっと度肝を抜かれたけれど。
その後、依頼人から急遽調査にストップがかかって
時間が空いた、ホソノさんとモリタさんから、電話が入ったので
ついでとばかりに酒やつまみのお使いを頼み…。
そんなこんなで、みんなでわいわいがやがやと、酒盛りが始まった。
ホソノさんのしょうもない武勇伝とか
ノダさんのお子さんと旦那さんの自慢話とか
ハルカワさんの怖い話とか
そんな感じで、盛り上がって。
でも、多分、あれがいけなかった。
モリタさんの、恋話。
ノダさんに突っつかれるまま、話していたモリタさんだったけれど。
途中で、逃げるように、「明日朝早いんで」と、
モリタさんが仮眠室に逃げ込んでしまうから。
いつもはフォローに回ってくれるはずのホソノさんも
釣られたように「俺も寝なきゃ」と、追ってしまったから。
その矛先が、私に向いた。
「ヒナちゃんのコイバナ、私聞きたい~」
にこにことしながらノダさんが言う。
助けを求めるようにハルカワさんを見たのに
「あ、俺も聞きたい」
そんな風に言われたら逃げ場もなくて。
お酒の入った頭では抵抗もむなしく。
請われるがままに、シヅオの事や
それから、シノさんのことを話してしまっていて。
そして、冒頭に戻る。
いい加減、ノダさんとのループに疲れて。
「私がそれでいいんです。もういいんです」
そんな逃げ口上で、強制終了しようとしたら。
「イクシマちゃん、さあ」
今までずっと黙っていたハルカワさんが、口を開いた。
そして、グラスを持ったほうの人差し指を立てて、すっと私を指差す。
「『メメント・モリ』って、何だか知ってる?」
不思議な響きのする言葉だった。
どこかで聞いた事あるようで、ないような。
結局判らずに、私が首を振ると、
ハルカワさんはグラスを傾けて、一口ごくりと飲んでから
もう一度、口を開いた。
「日本語にするとさ、"死を想え"」
どくん。と、心臓が跳ね上がる。
「自分は、いつか死ぬのを、忘れるなって事みたい」
「死を、想え…」
「イクシマちゃんはさ、本当にそれでいいの?」
もし今死んじゃったら、後悔も出来ないよ?
そんな言葉に。
ヨシノお姉ちゃんの、青白い顔がフラッシュバックして。
死んだら、後悔するのかな。
シノさんに、会いたいけれど。
これが、どういう気持ちから来ているのか、判らなくて。
恋のような。違うような。
もやもやする、こんな気持ちで。
会いたいと言うのは、なんだかすこし、後ろめたいような。
こんな気持ちなら、いっそ会いたくないような。
でも、真っ白な、お姉ちゃんの顔が、私の頭を横切る。
メメント・モリ。
ねえ、私は本当にそれでいいの?
私が俯いていると。
ノダさんが、ハルカワさんの背中を、ぺしっと叩いて。
「ね、ハルカワくん。も、やめとこ?」
「あ…すみません」
「あ…」
ハルカワさんは、きっと。
慰めてくれようとして。だから。
「ありがとう、ございました」
そうやって言ったら。
にっこり笑って、頭を撫でてくれた。
その手の暖かさにじんと来て、なんだか泣けて来たけれど。
お酒の所為にして、誤魔化した。
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