元気です。

ほいで幸せです。意外にも😁

日々細かい事件はありますよ。夫は無駄にうるさい(体も声もでかくて自分大好き)し、チビトラはもうちびじゃなくなって身長も150cm、ひょろ長トラになり、宿題が大嫌いで算数が異常に苦手だったり、ミニトラはもう7歳だけどやっぱりまだミニ気味でのーんびり成長するので、まあ発達障害な訳だけど、将来の心配が尽きる事は無い。

でもねえ、そういうのぐるっとひっくるめて人生に取り立てて悔いなしというか、楽しく生きてます。

それもこれも家族を含めいい人達と出会う縁に恵まれているお陰なので感謝の日々。

生かされてるなあ❤、と思うのです。

何か怪しい宗教してるっぽい事書いてるけど相変わらず無宗教です😏

そんなこんなでー。
約一年ぶりの更新。

その後すったもんだして、去年の12月に、ミニトラは無事(?)軽度発達障害と軽度知的障害の診断をもらいました。発達障害の診断をもらえると色々と政府から補助が出てスピーチセラピー諸々に行きやすくなったので良かった。

まあね、正直「何だか色々遅れてたけど、いつの間にか追いつきました~」ってな展開を夢見たりもしてたので、診断をもらうアセスメントの間は結構なストレスがありました。とにかく「この月齢でできるべきだけど出来ない事」を探す作業なので、「あれもできない、これもできない」を見せ付けられる連続。

わかってるけど、やっぱり他人に客観的に言われたくなっていうか・・、でもそんな事を言ってても話は始まらないので。

今は、『追いつくかも』って言うよりは『障害はあるけど、きっとなんとかなる、何とかするべえ』ってスタンスで行ってます。先の心配ばかりしてもしょうがないので、とりあえず今出来る事をストレスためない範囲で、って感じ。

来年は小学校に入る年だけど(年長さんから小学生なので)、チビトラの行ってる小学校の近所に軽度知的障害児専門の小学校があるので、そこに入れる事にしました。

補助をつけてもらってチビトラと同じ学校に、って言う選択肢もあるにはあるんだけど、何しろ障害が比較的軽度なのと、人にあまり迷惑をかけないので、多分補助って言っても一日多くて二時間程度のアシスタントがついてくれるだけ。ミニトラの理解の遅れ具合から言ったらそれじゃあ全然足らない・。日本のように通常の小学校の中に支援学級があればよかったんだけど、オーストラリアにはそういうシステムはなく、他の補助が要らない子供たちのクラスの中に、一緒に入る。

今現在、ミニトラは生徒が最大でも8人程度の療育クラス二週二回と、その外に普通の幼稚園に個人的に補助の先生を付けて週一回通ってる。療育クラスでは先生の話を聞いて、与えられた作業をちゃんと座ってこなして、ゆっくりではあるけど自分のことは最大限自分でやって、お話もそれなりにお友達や先生としてっていう生活。一方、普通の幼稚園では話すのはほとんどオウム返し、粘土やお絵かきの道具も皆が自由にしていいように置いてあるけど、あまり何かを作ることもなく、もっぱら補助の先生と一緒に本を読んでる。何しろ、生徒が20人以上もいるからミニトラのような子供にはざわざわと情報が多すぎて落ち着かないんじゃないかな。

こういうのを見てると、普通の小学校はミニトラには向かないんだろうな、っていうのがよくわかる。

軽度知的障害専門の学校のほうは、一クラス最大でも8人、子供たちのレベルに合わせた授業、その合間にスピーチセラピーやその他の運動訓練等々をしてくれる。ミニトラにぴったり。

ただ、ちょっとだけ迷うのが、今ミニトラはひらがな、カタカナ、数字は勿論、アルファベット、簡単な単語なら自分で読める。例えば、”I see a cow","I want new socks", Find the umbrella", ”I like to swim" 等々。 名前もアルファベットでなら書ける。ここまで色々出来るようになってきてるんだけど、そこの専門学校では、初年度はあまり読み書きを重要視して教えてくれないらしい。多分、平均的なその生徒達の発達に合わせてのことなんだろうけど。そこは入ってから先生と話し合って何とか得意な所を伸ばすカリキュラムを与えてくれるようにしてもらわないと。

とにかく英語でも日本語でも本が大好きで本棚から次々出しては眺めてる。

ただ、ミニトラも読めるからといって、読める事がすらすら話せるわけでもなく。内容はまあまあわかってると思うけど、必要な時に口から言葉が出てこないし、仮にわかっていても質問に答えたがらない。失敗を極端に恐れる。そこがこれからの課題。

何とか出来る事からこつこつと、で最終的に何かしらの仕事を出来る人にする事を目指す~!

まあね、そうは言っても、大きくなるまであまり問題なかったのに気が付いたら仕事の出来ない人だった、っなんて言う事も世の中にはたくさんあるからやっともうすぐ5歳のミニトラにあまり気張ってもしょうがないんだけども。

去年まではちょっと喘息気味だったり、体もぐにゃぐにゃして抱っこ抱っこ言ってたのに、今年は散歩で軽く3キロくらいは歩くようになったし、喘息のスプレーも全然使ってない。調子のいい時は日英共に会話っぽい事も出来るようになってきた。何よりでございます。

チビトラもあれよあれよと八歳。

益々元気に、勉強はそこそこだけれど、友達に不自由する事がないのでそれでいいのかな、と思ってる。学校にいる間は勉強が一番大事、みたいな所があるけど、一旦社会に出てしまえばあれもこれも結局は人間関係なので。

授業態度も、お友達への親切さも良く褒められているので、親としても鼻が高い。

とは言っても、授業態度がいい割に勉強の理解はぼちぼちなので、とりあえず、現地学校も、日本人学校も遅れない程度には宿題の他に家でワークブック諸々やってます。もう必死、私が・・。

そんなこんななのでした。

オーストラリアの家の辺りにも春が来ました。


桜が咲いて、暖かい日があったり急にまた寒くなったりしながら、じわじわと。


基本天気は不安定なので、今日はすんごい雹が・・、びっくりした。


ふと時間が余ったので、近況を書き留めておきます。


ミニトラはそれなりにお話をするようになりました。まだまだ会話と言うよりは言いたい事を言いたい時に言う、って感じだけど、私は彼の興味や日常がわかっているので、唐突にお気に入りのDVDや絵本の事を言われても、それなりに対応してコミュニケーションをとってます。


つたないけど一生懸命色々言っているので、話していると本当に和む。


面白いのが、人が言ってる事を聞いていて、「~~って言ったね」と独り言のように確かめる事。自分がわかってるのを確かめてるのかも。


ちょっと困るのが、とっさにどう返事をしていいかわからない事を言われた時、または、何を言われたかわからなかった時、とりあえず、「やだ」と言ってくる事。


「食べる?食べない?」「やだ」「食べないの?」「やだ」「じゃあ、食べない、でしょ?」「食べない」

「行く?行かない?」「やだ」「行きたくないの?」「やだ」「じゃあ、行かない、でしょ?」「行かない」


しかも、必ずしも、NOでない時も、とりあえず「やだ」率高し。


別に早く返事をする競争じゃないんだから、冷静に考えて、判断して、返事をしてもらいたい~。


まあこれで困るのが、英語で話しかけられた時。


とりあえず、何でも、「NO!」


・・まあ、たいていの英語がわかってないので、わかる努力をすると言うよりは、とりあえず「NO」と返事をしてしまう。そして、話しかけた人は戸惑うばかり。


療育ではとんちんかんな事を言ったりしたりする子供たちに慣れたものなので、それでもうまく誘導して色々学んだりお友達と遊べるようにしてくれる。でも、行けるのは週二日に限られていて。


問題は、残りの日に行く幼稚園。今は三歳キンダーで療育との兼ね合いもあって週三時間しか行ってないけれど、来年四歳キンダーともなれば、おそらく週二~三回5時間ずつ。生徒も多くなるし、先生達は二人だし、という事でどの程度アクティビティーに入れてもらえるのか疑問・・。しかも、日本のように皆で何かをしましょう、と言う時間は多分30分程度。後はそれぞれ、粘土の所に行ったり、絵を描くコーナーに行ったり、好きな時に好きな事を、好きなようにするのみ・・。身体的にも発達がのんびりなミニトラは、外遊びでも他の子にすいすいとは付いて行けない。所謂、健常の子だったらそれでも色々学ぶ事はあるのかもしれないけれど・・、いかんせん、ミニトラはおっとりしているし、まだまだ英語もわかるのに時間がかかりそう。ああ~、どうするべか。脳の発達に貢献してくれそうなのは、今行っている日本語のお教室たちだけれど、英語を何とかして伸ばしてやらないといけないし・・、でも、普通ののんびりキンダーに入れていて英語が伸びるんだろうか。いっそ家庭教師でも付けたいけど、四歳だしなあ・。


ともあれ、その他にはようやく、トイレに行くようになりました。まだまだ、行きたいのをこっちが察してやってトイレに乗せる、と言う感じなんだけど、失敗はほとんどなく、大きい方は「ママ~、ミニトラ、うんち」と言いに来るように。オムツは夜のみ。ズボンとパンツの上げ下げは、上げるほうはかろうじて、下げる方は時間がかかりすぎて危ないので、つい手伝いつつ。


カバンのジッパーは何とか開け閉め可能。筆圧は中々あがってこないので、お絵かきの時イライラする事が多いみたい。お絵かきといっても、何か、を描く事はまだなくて、好きなように線を引いたり点々をつけたりするだけ。


ちなみに、せっかく覚えて毎日すらすら読めていたひらがな、カタカナは、ブームが過ぎてしまったらしく、読まなくなって、忘れつつあり!!いや~ん、もったいない。まあ、しょうがないのでまた必要になったら覚えなおしかな。


アルファベットはさすがに療育でもやるので大丈夫。


チビトラの方と言えば、特筆する事もなく・・。日々ほどほどにうまいことやってます。


学校でも勉強は特に問題はなく、お友達関係でも、トラブルがあったらその都度それぞれで話したり、先生に助けてもらったり、家で話を聞いている限りは、私が出て行く幕は全くなく済んでます。まあ、滅多な事じゃあ出て行かないけどね。子供の事は子供同士で解決するべきだと思ってるから。


でも、だから、つい突き放し気味かなあ、とか考える時もあったり。


ついミニトラに手がかかる、というか、ほっといたらそれはそれで平気になってしまう子だから、あえて手をかけてやら無いといけないので、その分チビトラにも同じくらい目をかけてやりたけど、時間は限られているので中々・。とりあえず、宿題や補修をする時は、なるべく側に付いていて集中が続くように、楽しく出来るように、ちょっとずつ声かけしたりしています。まあ、ぼ~~っとしたり無駄話して中々進まないとつい、イラッとして怒ったりしてるけど・。


あわてんぼうなのに、いざって時にはとろい、喜怒哀楽も無駄に激しい母と、子供は大事だけど、自分もとにかく大事な父とに囲まれて、よくやってくれてると思っております、はい。


そんなこんななのでした。

ミニトラ、相変わらずゆっくりゆっくり育っております。


前の記事見たら三歳の記録じゃありませんか・・。口数はあまり変わってないかなあ。


元々人に囲まれているのは大好きで所謂社交性には全然問題ないんだけど、いかんせん言語が追いついてこないし、態度が幼い事と、常に機嫌がいいのでテンションが普通よりも高目といいう事で、同じくらいの子供たちと“お友達”として遊ぶのはちょっと難しい。


それでも幼稚園では追いかけっこしたり、他の子を真似て同じ事をしようとしたり、まあまあ関われるように。


今年の二月からは日本で言う療育に週二回、幼稚園の年少に週一回、日本語の幼稚園のようなお教室に週三箇所、通ってる。始め疲れるかと思ってたけど、私もミニトラも楽しいので、このまま今年はこのペースで行きそう。


幼稚園や療育の行き帰りには、一緒に遊べるお友達の名前を言ったり、「今日何したの?」「お絵かきしたよ」「何色使ったの?」「ピンク使った」、「お弁当食べた?何食べた?」「チーズ食べた」程度のやり取りはまあ何とか。調子がよければ「お名前は?」「何歳?」にも答えられる。


全くトンチンカンな独り言を唐突に言ったりもするけど・・。


家で私と二人でいる分には必要なコミュニケーションはとれるし、癇癪のような事もない落ち着いた性格なので何の問題もなし。一緒に本を読んだり、ゲームをしたり、穏やかに楽しい。もうこのまま、ずっと家の中だけで小さいままでいたら良いんじゃない?って思ってしまう位。


社会に出ていく事を考えさえしなければ、何の問題もないというか・・。


でもまあ、そんなわけにも行かないので・・。


ただ、手先の器用さが中々育ってこないので、着替えやトイレができるようになるまでまだまだ時間がかかりそう。


問題点と言えば、幼稚園で自力でかばんを開けられない、し、自分で開けてお弁当を出そう、なんて発想がそもそもない。また、手を洗う時や、何かもらう時に“並んで”といわれても並ばない。並ぶ事自体が嫌なのか、並ばないといけない、という事が理解できていないのかわかりかねる所。ともかく、並ばないといけないくらいなら、手も洗いたくないし、シールやスタンプも貰わなくてもかまわない、という感じ。なので、結局何でも最後になり、私に促されて、になる。


そんなミニトラなんだけど、何やらこの一、二ヶ月で不思議な事が起きた。


話し言葉や言われる事の理解の発達がこれだけ遅れてるのに、ひらがなのほとんどと、アルファベットの大文字、数字の1~10を覚えて読めるように。別に熱心に教えたとかでなく、チビトラの為の教材があちこちにあるので、それで自然と。まあ、「これ何?」って聞かれるからその度に答えてはいたけど。


車で出かける道すがら、「ママ、見て~、135」とか表札を読んでみたりする。


いいように考えれば「まあすごい、家の子天才!」だし、悪いように考えれば「発達障害の凸凹発達ってやつか」と、どっちにも。


・・ま、まあ、天才!でいっとこう、、うん。


これからもこうして、予想の出来ないジグザグ道を一緒に歩いていく事になるんだろうな。まあ、そんな景色を楽しむのもいいかな、と最近思えるようになってきた。


一方、チビトラ、七歳になりました。


小さい頃は散々エライ目にあわされて悩んだけれど、一年生になってから嘘のように落ち着きだし。


二学期の終わりに三者面談があったんだけど、担任の先生に「とってもいい生徒です。いつもよく授業を聞いてます」と言ってもらえた。どの科目もちゃんと理解してると通信簿にも書いてあるし、授業態度と努力も最高ランクを貰った。どの科目の先生もとてもよく書いてくれている。去年は体育についていけなかったけど、今年は大丈夫。


別に成績がすごくいい、ってわけじゃないんだけど、理解していて、授業を楽しんでいるのなら母として言う事なし。


友達にも不自由してないし、友達関係で問題を起こした話も全くなし。


宿題は相変わらず、「やりなさい」「嫌だ~」を三回くらい繰り返してから始めるし、やってる間中私がべったり付いて指導しないといけないけれど、、やってみれば特に行き詰る事もなく。


改善点と言えば、落ち着いて丁寧に文字を書く、問題をよく読んで理解してから答える、という事くらい。これも担任の先生もわかってくれていて、それように宿題をくれたりする。有難い、本当に。


土曜日に通っている日本語の学校でも同じく。


以前は「どうせできないからやりたくない」とよく言って新しいことをするのを嫌がったけれど、いつしか自信もついたようで、言わなくなった。


私が欠点よりも長所を見るようにした事も関係してると思う。そう思うと、私が”いい親”として見られたい、と言う自分勝手な欲を出して疲弊してしまっていた時の事をものすごく申し訳なく思ったり。


チビトラにも、このまま寄り添って同じ景色を楽しみながら歩いていこうと思う。


色々あるけど、心は穏やかで楽しい2014年前半でした。




8月に三歳になったミニトラ。


発達具合からみると、全体的に二歳位じゃないかな~、と思う。


二語分はすらすら出る。「パンちょうだい」、「テレビ見る」、「DVDつけて」、「お外行く」、「早く動いて」エトセトラ。なので、日常の必要なコミュニケーションはあまり困らない。動物や食べ物の名前、物の色、形、大きさも、まあ、なんとなくわかってるかな、と言う感じ。


日本語の幼児教室に行ってるんだけど、名前を呼ばれれば「はい」と手を上げて返事をするし、手遊び歌もたどたどしいけど、楽しく真似してる。先生に食べ物のカードを見せられて「これは何?」と聞かれればちゃんと答えられる。「大きな太鼓、小さな太鼓」と言う歌で、先生の見本にあわせてタンバリンを大きくたたいたり、小さくたたいたり、もそれなりにできる。


身体的には、まだ歩く様子が安定してないけど、一応走れるし、階段も上り下りできる。両足ジャンプもする。


なので、小児神経科医では、MRIで何も異常がみつからなかったし、病的な反応が見られないので、「もう来なくて良し」という事になった。


ただ、今お世話になっている療育の担当者とミニトラの発達状態を詳しく見ようとしたけど、長く落ち着いてテストすること事態が難しいしかったので、三歳程度では難なく答えられるはずの質問、例えば、コップやフォークが並んでいて「水を飲むのはどれ?」と言うような質問に反応しない事で、まあ、今二歳程度ですかね~、という事になった。自力で学ぶ能力に問題がある様子。


と、いう事は、通常の7割くらいの発達という事で。日本だったら障碍児枠に入るのかも?


で、子供の発達を見るときには、何年の遅れ、ではなく、何割くらいの遅れ、で見るようなので、今は一年遅れだけど、仮に10歳になったときには恐らく7歳くらいの発達になってるだろう、という事で、三年遅れになってしまう。


さらに、高校卒業時、18歳の時には、12歳くらいの発達かと予想されるようで。


・・ええ~、マジで~??


とか言ってる場合じゃないんだけど・・、まあ、それならそれで、しょうがないと言うか。もしか、実はある所でぐぐ~んと伸びて通常の発達に近い所まで追いつくんじゃないかな?てへ?なんて楽観したいところだけど、そういう希望を全く捨てられないんだけども、それで何もしないのは最悪の状況を招きかねないので。


とりあえず、療育の担当者は専門がスピーチセラピーなので、重点的にどうやって子供と接したら言語面で発達を助けられるかを教えてくれるので、それを常に気をつけるようにして過ごすのが、私に今できる事。これ、基本的に今子供としている事をわかりやすく解説しながら生活する、というのがメイン。私は何かしながら他の事をする、と言うのが得意でないので結構神経を使う・・、でも出来るだけやっていきます、はい。


まあその、ほっといたら12歳と予想される18歳時の発達を、本人に無駄なストレスを与えることなく押し上げてやるのが親の役目だと思う。


とにかくね~、ミニトラ、いつもニコニコしてて、たいてい機嫌が良くて、周りの人がいう事をよく真似して、すっごくかわいい。


・・・ただ、そこが、その、いつまでも続く赤ちゃんっぽさが、心配される由縁。


とっても複雑・。


そんなこんななのでした。

もうブログ更新半年に一回のペース。


前回何書いたか忘れてるし。


そうこうしてる間にチビトラは小学校の準備コース。日本だったら年長さん。


家で私とは日本語一本で来てるので、英語力が心配な所だけれど本人は意外と楽しくやってて一安心。何しろ、三歳半から週数回のペースで保育園や幼稚園に行ってるのにさっぱり英語力は付かなかったからこのままどうなっちゃうのかしら・・、とちょっと不安にもなったりしてて。


地元の子に比べたら赤ちゃんレベルだと思うけど、まあまあ追いついて行きそうかな、と思えるようになってきた。


小学校始まる前に私もちょっと焦りがあってアルファベットの読み書きくらいは出来てないと・・、と無理やりやらせたりして、チビトラに「もう小学校行きたくない~、勉強嫌だ~」と言わせたり(深く反省)してたんだけど、ふたを開けて見れば「勉強苦手じゃなくなったよ~、わかるよ~」と。焦りは禁物・・。


何せ、自分が小学校も中学校も全然付いていけなかったから、それを思い出すと動悸がして汗が出てくる。今考えると、当時の自分は、その「付いていってない自分」を意識するのがあまりにストレスだったから、な~んにも感じてない子供、って感じでいつもぼ~~~~~~っとしてた。


今でこそ、発達障害やら色々言われて、「付いていけない子供」をある程度助けるシステムがあるけど、当時はただ、自覚と努力が足らないあほな子と認識されて、忘れ物した、テストが出来ない、と言っては教師に頭や顔をひっぱたかれたり、学校の校庭を走らされたりした。親にはひたすら「やれば出来るんだから」と言われた。つまり、今出来ないのは、やっぱり、「お前の努力が足りないから」と。


自分の子供たちには、そういう思いはさせたくない・・。「自分は出来ない子だ、頭が悪い」とは絶対に思わせるような事にしたくない。生きている事そのものの自信の有無に繋がるから。これは経験してきた人間にしかわからないと思うけど・・。


よく、皆違って皆いい、って感じで「勉強は出来ないけど優しいからいい、とか、運動は出来るから」とか言う人が多いけど、私に言わせれば、そんなのは教育者や親の怠慢の言い訳だと思う・・。そりゃあ、皆が頑張ればすらすら勉強が出来るようになるとは思わないけど、どの子も平均位までわかるように工夫してあげる責任が大人にはあるような気がする。


だって、これは声を大にして言うけど、腹の底から「皆違って皆いい」なんて思ってる教育者はごくごく少数派。誰だって、内心「出来るほうがいい」と思ってる。口に出さなくたって、態度に出てる。そうやって、子供を無言に追いやってる。じゃあ、出来るようにしてやる工夫をしてるか、というと、そうでもなく・。


で、話が戻るけど、ぐるっと回って「何とかして、常に学校でやってることを理解できている状態を保ってあげたい」と強く思う。


でも、だからって「あれやれこれやれ」とプレッシャーをかけては逆効果。「出来ないかもしれない」と自信をなくさせてしまう。自信がなくなると、わかっている事も「間違ってるような気がする・・、他の答えを」とわざとではないけど、あえて、間違ってしまう。


チビトラは特にそういうタイプの子だという事が去年から今年前半にかけてよ~くわかった・・。思い起こせば、自分もそうやって「あえて」間違って小中過ごした。高校はもうずっと授業中寝てた・・、ってか今思うとよく高校入れた・・。


なので、今はとにかく宿題を毎日こつこつ根気よく、その上で私が更に足して練習した方がいいと思った物も、何とかして本人をやる気にさせてから、嫌にならない程度に。


文章で書くとすごくシンプルで当たり前の事なんだけど、こうしてチビトラの勉強に付き合うと、自分がどれだけ短気な人間かが見に沁みる・・。


何十回・・、いや、物によっては何百回繰り返しても読めない単語、書けないアルファベッがトある時・・、「ぎ~~~!」ってなってます・・。「何で?」って・・。いやいや、自分を振り返ってみよう、チビトラは数十倍マシよ、私に比べたら天才よ!と思い直し、またこつこつ。


こうやって書いてたら、また「チビトラがいつか私みたいになったら・・、勉強で辛くなったら・・、自信をなくしたらどうしよう・・」と思い始めて動悸がしてくる・・。・・正直、ここに来るまで自分にとってこんなにも学校生活がトラウマになっていたとは知らなかった。


こういうとき、深呼吸をして自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせないとどんどん辛くなってしまう・。当時の教師達や、両親はどれだけ自分達が私を追い詰めていたかなんて全く気が付いていないし、今でも多分悪いのは私のあり方のみ、と思っているだろうし、私が今現在もこうして苦しむことがあるなんて全く思いもよらないはず。


ふ~・・。


何だか混乱して何の話かわからなくなってきた・・。


まあ、そんなわけで、私は自分の子供時代の経験からは「どうやって子供に接することがより良いのか」と言う事を導き出すのはすごく難しいので、色々本を読んでみたりしてる。

子どもへのまなざし/福音館書店
¥1,785
Amazon.co.jp

最近読んだ本の中でやっぱり現場の人の言葉はすごい~、と思った一冊。


その子そのまま、丸ごと受け止めて愛する。


子供が期待通りになるかどうかで愛情を増減しない。


親は、子供のために子供を育てているのであって、自分のためではない。


なんかもう、色々反省した。


去年あたり、私は何だか子育てに焦ってて、チビトラをどうすればうまくコントロールできるのか、に視点を置いてしまっていたような気がする。幼稚園のお迎えに行っても、他の子は皆お母さんの言うことを聞いて一緒に歩いているのに、自分の興味優先でさっさと走っていってしまう我が子を見て、他のお母さんに自分がどう思われているのか考えると怖くなってきて。怖い顔して低い声で厳しく注意すれば言う事を聞いてくれて、自分も人並みのお母さんとして認められるかな、と思ったり。


でも、全然そうじゃなかった。


結局、毎日、いっぱい話を聞いてあげて、隣に座って本を読んで、「大好きよ」って言いながらぎゅっと抱きしめて。そしたら、いつも言うとおりにしてくれるか、て言えばやっぱりそうじゃないけど、こっちの話をもっと聞こうとしてくれるようになった。こっちの気持ちを察して言葉を選んでくるようになった。もちろん、チビトラ自身が成長してるのもあるだろうけど、決してそれだけじゃないのを肌で感じる。


この経験を、勉強のサポートにも活かす事が出来て、本当に良かった。


で、何でこんな事をだらだら書いてるかと言うと、実は単に自分への戒め。


子供に何か問題があると思ったときは、実は問題があるのは自分側。子供を責めるよりまず自分を見つめる。


子供が素晴らしいのは、親の手柄でもなんでもなく、その子そのものが素晴らしいから。


と、胸に刻むべし~!自分。








もう12月ですね~、師走。


2012年も終わるので、一家の近況をまとめておこうかと。


まず、夫。日本で言うところの会計士の資格をとろうと経理の仕事の傍ら、ぼちぼち勉強中。チビトラ出産の年から始めた大学で会計を学び、その後卒業するも一年以上も希望する仕事が見つからず随分心配したけど、仕事が見つかってからは本人なりにこつこつ頑張っている。日本だと、会計士資格って言うと会計事務所で働く人、ってイメージだと思うけど、他の国ではたいてい会計や経理を生業としてる人が出世したいなら必須な資格。せいぜい頑張ってもらいたい・・、でなきゃ万年平で終わるかも・・、ひらひら~。


チビトラは毎日楽しく5歳児を謳歌。相変わらず自分の世界に入りがちだし、叱られても三歩歩くとケロッと忘れてまた同じ事をしたり、ま~、世話する身としてはしょっちゅうぶち切れそうになるけど、ぐっとこらえて時々プチ切れ、位に留めようと努力中。


それと言うのも、去年あたりからチビトラよりも数段しっかりした同じ年の子を見かけるに付け、「・・もしかして、私の接し方が悪いから、厳しさが足りないから、チビトラがしっかりしてこないのかな~?」と思ってもっと躾をきっちりしようと一時期頑張ってみた。・・まあ、そんな事を人に言われたりもしたし・・。


ちょ~~~う逆効果ヽ(;´Д`)ノ


チビトラ、すっかり自信をなくして出来てた事が出来なくなったり、嘘をついたりするように。さらに元々苦手だった「新しい事に挑戦」は以前より更にしなくなり・・。名前の書き方の練習等々「出来ないからしない」の一点張りで私ともめるもめる・・。


そうこうしてる間に何冊かの本に出会い、躾(と呼ばれている物)が子供に与える悪影響を考えさせられ。


やっぱり、原点に戻って「人や自分をわざと傷つけるような事をしたり、言ったりする」事以外ではなるべくきつく叱らないようにしようと努力する事にした。


こうやってると、時に人の目が厳しいんだけど・・、もうしょうがない、「躾をちゃんとしろ」と他人に言ってるような人がいったいチビトラの人生の責任を取ってくれるのか、って言ったら全然、そんな事考えてないと思うし。


躾至上主義の人にとったら私は「ダメな親」。・・もういいんです、それでも。自分の評判よりもチビトラの心身の健康のほうがずっと大事だ。・・まあ、この状態、結構きついけどね・・、何で、世の中には親が厳しくすれば子供が「いい子」になる、って信じてる人がこんなにいるの?第一、それって本当に「いい子」なの?ただの「扱いやすい子」の間違いじゃない?その状態は、本当にその子の一生に価値があるの?


大体、子供が子供らしくあって何が悪いんだよ~、子供は喜怒哀楽を表現するほうが健全だよ。


・・と微妙に愚痴づいてきましたが・・、実際のとこ、幼稚園の先生から読ませてもらった来年から行く学校に送るリポートは思いのほかよかった。「よく自立していて誰とでも仲良く遊び、物の貸し借りができ、順番も守ってます。お話の時間も集中して聞いてます。お絵かきや歌も好きですすんで参加します。」等々。ほっ。


最近感心したのは、夫がいつもテレビのリモコンを違う場所に置いて困るんだけど、チビトラは自分で決めた場所にきっちり戻す。その事を褒めたらとても喜んで今朝はミニトラがちらかしたご飯を何も言ってないのに掃除してくれた。


親はじたばたするより信じて見守らないとな~・・、第一その方が横でごちゃごちゃ言ってるよりよっぽどその子を良く育てる・・、としみじみ思った・・。


さて、ミニトラ。二歳三ヶ月を過ぎた。


謎です。


ものすごくマイペース。言葉も良くわかってるように見えるときと全然そうじゃない時とあるし。何か言われると、一旦じっくり考えてから行動。この、考えてる時間が長い・・、どって事ないことでもやけに熟考。


滑舌がものすごく悪くて、例えば消防車も清掃車も「とうとうた」。はっきり言えるのは「ママ、パン、抱っこ、ケーキ、にんじん、はっぱ、食べる」。果物、野菜、動物の名前や鳴き声は把握していて、絵本を見ながらならどれが何か指差しや言ったりで答えられる。今朝、「牛乳飲む?」と聞いたら「ぬうぬうぬむ!」と全身に力を入れながら言った。・・ものすごい決意表明をしてるような言い方・・、しかも、これが返答なのかオウム返しなのか曖昧だし・・、野菜や果物の名前も同じように力を入れた言い方をする。


身体的にも発達がかなりのんびりで、まだ歩く姿は安定してなくて時々よたよた。走るのなんていつになるのかわからない。


大丈夫か?と問われれば、正直、よくわからない、と答える他無く。


一応、小児神経科医に診てもらったら「確かにゆっくり育ってるけど、学習能力や社会性には問題ないよ。ただ、体が安定してないのが気になるね~、二月まで様子見て発達が進まない様だったらMRI撮ろうね。後、視力もチェックしておいてね(時々斜視のような目線をする)」との事。なので、小児眼科医も行く事に。


ここまで発達について出来る事はしてきてると思うので、こちらも後は見守るのみ。


さて、私。何も新しい事は起きず。


はっ、5キロ程太ってしまった・・、何とか7キロ減らしたい・・。運動不足だ~、体がぎしぎしいっちゃう。


こんな事してる間にもクリスマスカードの準備でもしないといけないんだけど、まだそれ用の写真が撮れてない。夫が週末となると試験の為に勉強部屋に入ってしまうので物事がにっちもさっちも進まん・・、裏庭なんて妖怪が出そうなジャングルになってる・・、うお~。


そんなこんななのでした。

ミニトラあれよあれよと二歳二ヶ月過ぎました。


何だかね~、発達の事は正直良くわかりまっせん。


毎日一緒に暮らしてると、別になんら困った事もないし、まあ、リモコン勝手にカチカチしたり、色んな物口に入れてべたべたにしたり、いたずらはそれなりにするけど、それ位で、特に癇癪おこしたりしないし、他の子供とも楽しく一緒にいられるから、だんだんどうして発達について神経質にならなきゃいけないのかわからなくなってきました。


それというのも、オーストラリアにも一応療育みたいなものがあって、そこに入れてもらうに当たって担当の人が付いて本人の様子を見に来てくれたのですが、「この子を育てている事で何か困った事は?」と聞かれました。


・・べ、別に何も・・。


それなりにいたずらはするし、何か家事をしてる時でもお構いなして「抱っこ抱っこ」言ったり、本を持ってきては読め読め騒いでるけど、そんなん別に「困った事」には数えないと思うし・・。


むしろ、いつもニコニコしてて子供にも大人にも愛想が良くて、家でも基本的に機嫌がいい。散歩していても、じわじわ様子を見ながら車道に近づいたりはするけど、「ダメ、危ない」と言えば決して飛び出したりはしない。


むしろ、姉のチビトラは同じ頃棚でもどこでも入ってる物は全て出したし、登れる所はあらゆる手段を使って必ず上ったし、「ダメ」なんて聞いちゃあいないし、どこまでも走っていくし、ま~、手がかった。それなりに面白かったけどね。


それに比べたら、ミニトラの楽な事!ちょっとした事でよく喜ぶから遊んであげても楽しいし。本を読んであげてても、上手に音は真似出来ないけど、口の形だけ真似して「ぽっかー」と口を開けてる事もあってそんな時は本当にかわいい。


ただ、問題ははたから冷静に見て、成長が全体的に平均より半年遅れている、という、だけ。


まあ、この言語の伸びの遅れが数年の内に追いつかないと、「本人が言いたい事が表現できないイラつきで困った事をするかもしれない」と言われてるけど。だから、出来るなら言語面での早めのサポートを、って。


でもね~・・、この言語面でのサポートって言っても・、セラピーに行けば英語なのよね・。せっかく日本語でたいていの果物や動物、乗り物の名前がわかってきてて、散歩してても、葉っぱを指差しては「はっぱ、はっぱ」言ってるのに、セラピーに行く事で混乱しないだろうか・。


実は二回ほど行ったんだけど、その人とは相性が悪くて。ま~、ひどかった。言われる事を実行してたら明らかにコミュニケーション後退したし・・、前進しないならともかく、後退させてたら最悪だ。ので止めちゃった。


例えば、ミニトラは一歳半ちょっとから「牛乳飲む?」や「パン食べる?」の返事は片手を挙げて「は~い」と言っていたんだけど、「は~い、でやってあげちゃダメ。食べる、や飲む、を言わせるように誘導して、言うまでやってあげないで」とかなりキツク言われた。ので、やってみた。・・ミニトラ、「食べる、飲む」どころか「は~い」も一切止めてしまった・・。それからしばらくは、二人の間がギクシャクして、私もすっごく悲しくなった。きっと、本人の中でものすごくがっかりしたんだと思う・・、まだ二歳前後なのにやたらにコントロールされようとしてる事に気が付いて。「ありのままを受け止めてもらってない」という違和感を、二歳児だってわかるんだよね・。


今現在は、言葉は足りないながらも楽しくコミュニケーションとってるし、ちょっとボーっとした所はあるけど、多分私もそんな人な様な気もするし、やたらに専門家の意見ばっかり聞いてないで、しばらくは母の勘でミニトラを育てていこうかな・、と思い中。


思い起こしてみれば、チビトラだって同じ年頃の時は発達の遅れは無かったけど、ちっともじっとしてなくて、これっぽっちも言う事聞かないし、他の子と一緒に絵本を一緒に聞くなんて三歳過ぎてもできなかったし、多分冷静にはたから見ればちょいヤバな子供だった。・・あれ?もしかして何か問題が?みたいな。


でも、当時の私は発達の基準について全く無知だったし、危なくなければたいていの事は好きにさせて育てた。


今、どこに行っても、年相応に喧嘩をしたり(暴力はしない)はするし、すぐに私や先生の言うことを聞けるか、っていうとそうでもないけど、思いやりがあってたくさん友達もいるし、いよいよとなればするべき事はそれなりにちゃんとできるし、5歳児なりにうまく社会生活を送ってる。


だから、ミニトラももう少し信じてあげようと思った。・・一歳半検診と、その後の自分のリサーチに脅されすぎたんだよね・・。もう考えすぎるの止めて、ただ楽しく一緒にいてあげよう、そうしよう。


そんなこんななのでした。


ミニトラ、二歳まで後一ヶ月とちょっと、という所まで来ました。


この一ヶ月は、「あ、こっちの言ってる事わかってる」か「わかろうと考えてる」と感じる事が多くなり、一緒にいるのもより楽しくなったので本当に良かった。


とにかく、私が語り掛けると一生懸命目を見て聞いて、わかっていれば頷いたり、同意に対する「はい」と挙手も目的を持ってやってる事がこちらから自信を持って見て取れるように。


以前は「ハイは?」と言われればとりあえず挙手、と言う感じだったけど、今はご飯、牛乳、本、歌、テレビどれもちゃんと自分で判断して欲しければ返事と挙手、いらなければ首を振るか黙ってる。


相変わらず、本の読み聞かせや歌を私に歌わせるのが大好きで、本は展開にあわせて自分も一緒に動いたり(手を出すシーンでは自分も出すとか)、歌は時々一緒に歌おうとして、ちょっと歌詞もあってる。


実は先月かかりつけの小児科医に行って一歳半検診で「半年遅れ」って言われてますけど・、って聞いてみた。実際一歳半検診の寸前あたりに行った時は「子供は遅いとか比べちゃだめなんだよ~!心配しすぎだよ!」とちょっと怒られたんだけど、先月になってまだ一人歩きができてなかったので、さすがにお医者さんも「確かに遅れてる」と認めた。


ただ、一応ここまでやってきた血液検査や染色体検査では何の異常も認められず、ビタミンDがちょっと足りない位。一応今後遺伝子検査もしてみて、必要なら小児神経科に紹介するとの事。


その時に、お医者さんが注目したのは、なんとミニトラの手相だった。


いわゆる手相用語で、感情線、生命線、頭脳線ってあるけど、占いとは関係なく、ちゃんと意味があってあの線があるので、線が極端に乱れているのは手先の器用さに影響するそう。お腹の中で赤ちゃんの手が出来ている時に、何か問題がおきてしまったかもしれない、と言うサインだそう。確かに良く見てみたら、ミニトラの左手は、感情線と頭脳線がくっついて一つになってしまっている・・。


ただ、その時に経験豊富な小児科医として「この子は必ず歩くし、話す。読み書き計算レベルの発達の心配は全くない。そういう段階で問題のある子は顔を見て目を合わせればわかる」と言ってくれたので、そこは信頼したいかな。


とるもとりあえず、紹介してもらった理学療法士と、スピーチセラピーに先月行った。


理学療法士の方は、体の動きや反射、背骨や腰骨のバランス等々見てくれて、問題はなく、「心配しすぎ」と笑われ・・、だってもうすぐ二歳なのに~・。でも、行ってよかったのは、それまでは前から両手を取って歩かせようとしても全然だめだったのに、後ろから両手を取って一緒の向きで進むのなら問題なくミニトラが前へ歩いて行くことがわかった事。結局性格が慎重って事も歩き出しの遅さに拍車をかけてる事がこれではっきり。・・な、なんて単純な・、でも教えてもらわなかったらわからないままだった。本当に盲点。


結局、二回目に行ったときには自力で二メートルくらいは歩けるようになってたので、とりあえず理学療法は終了。「二歳までには走るようになるよ」って言われたけど・、でも歩く発達の遅いのが能力だけじゃなく性格だったらまた時間かかるんじゃ・・、ともかくも、理学的には問題なしでよかった。


そして、スピーチセラピー。バイリンガル環境の子供としては、ひどく言葉が遅れている、と言う段階ではないのではないか、と言う見解。ただ、理解も話すほうも、セラピーに通っておいた方がいい遅れ具合があるのは確かとの事。


私も一歳半検診あたりでは、まだ「ママ」もイマイチはっきりしてなかったし「この子、もしかしたら話すようにならないのでは?」と言う不安が頭をよぎり内心パニックになりそうだったけど、最近はものすご~く活舌が悪いものの、牛乳を飲みたければ「ぎゅうゆう」と言いに来て、キッチンを指差したり、とりあえずは、コミュニケーションが取れて話すことはわかったので一安心。


結局、今の段階で言える事は、すごくゆっくり育つ子。


親としては、最終的に私が死んでからもちゃんと自力で生きていけるだけの能力があればそれでいいので、ゆっくりでも育って、私が死ぬまでには自立してくれればと。


でもねえ、今回本当に色々色々考えさせられた。ミニトラに限ってはこれからどうなるかわからないけど、もしかしたら今の心配が笑い話になるかもしれないし、これからも心配の尽きない子として学校生活等々助けないといけないのかもしれないし、それはその時になってみないと本当にわからない。


そして、今、親にとっては時々元気が良すぎて大変なチビトラだけど、幼稚園や外では意外に(もちろん完璧とはいいがたいけど)うまくやっていて、それなりに空気も読みながら、日本語でも英語でもお友達には不自由していない(もちろん喧嘩はする)。


でも、そのチビトラだって、これからどんなことがあるのかわからないし。


チビトラについてもちょっと考えてしまう事が多くなってきた。


この辺はまた頭の中がまとまったら書く事とします。


ちょっと中途半端ですが時間がなくなったので、そんなこんななのでした。



さて、もはや21ヶ月、一歳9ヶ月になったミニトラ。


まったりまったり暮らしてます。


夜9時に寝て、朝6時に起き、朝ごはん、遊び、早いと午前11時に寝てしまい、午後の3~4時まで起きない。一日に寝てる時間が本当に長い。


それでも、日々成長はするもので、ここまでずっと伝い歩きのかに歩きから進歩しなかったのに、昨晩突然つかまって歩くタイプのウォーカーをがっしと掴んで立ち上がり、押しながら前進!


「おお~、初めて前に進んでるよ!何だろう、どうしたんだろうねえ」、と夫婦で感想を述べました。・・どうしたんだろうって、私たちはいったい、ミニトラをどんなんだと思ってるのだ・。彼なりに歩きたいに決まってるじゃないの!・・なはず・。


ここ最近は、機嫌がいいと絵本の中の気に入った物を、質問に答える形で指差すようになりました。特に、野菜が転がる話の載ってる絵本が好きなので、「じゃがいもは?」「ぴーまんは?」「トマトは?」等々。


指差す物の数は、犬を入れても5個位かな~。言葉の数は、あまり増えてきてません。


ただ、言葉が遅い子の専門書に目を通してみると、話しているかどうか、言葉が出てるかどうか、よりも、「言われた事をわかっているかどうか」のほうが発達についてより重要視される模様。


それなりに日常の言葉は通じてるみたいだし、毎日とにかくべったり一緒にいて話しかけたり、歌ったり、が彼の脳のコミュニケーションに必要な部分をそれなりに刺激していてくれるのかな、と。


少し前までは、保育園にいれたり、プレイグループに行ったりしたほうがいいのかな、と探していたけれど、落ち着いて考えてみると、保育園に入れたところで、私が居ない所で保育士さんが私以上に彼をかまってくれたり、他の子と遊ぶようにより仕向けてくれるだろうか、というと決してそうではないと思う。さらに、プレイグループは子供同士の交流もあるけど、やっぱり母親たちの交流がメインになってしまって、ミニトラはかえってかまえない可能性も。家に居ればチビトラが居る時が多いので、子供同士でも十分遊んでる。


最近、とみに参考にしてるのが、澤口俊之(脳科学者)、金子保(教育相談センター所長)、中川信子(言語聴覚士)の著書。私の中では、この方たちの著書がお子さんの発達が心配な親御さんにとてもお勧め。


さらに、チビトラの教育についても、と思って本を買ったんだけれど、「家の子、何だか扱いづらい・」と思ってる親御さんには、東ちひろのコーチングの本がお勧め。


そして、「ただ、扱いづらいだけじゃなく・、何かが違う・」と思われる方は一度「お母さんはしつけをしないで」長谷川博一著、「育てにくい子にはわけがある」木村順(作業療法士)著に目を通してみるといいかも。


どの本も、その道のプロフェッショナルが書いているので、筋が通っているしわかりやすいです。でも、どれか一冊だけを見るのではなく、それぞれ反対意見を書いてある本を対にして読んでおいた方がいいかも。どれも全てが正解、と言うわけでもないと思うので。


全然関係ないけど、チビトラは土曜日に日本語の幼稚園に行っている。先日その送る車の中で突然


「お札、お札は?お札つけないと!!」と勝手にパニック。


へ・?お札?何で?御祓い??


・・名札でした・・。持ってきてるよ。ってか、覚えてよ、お札と名札の違い・。


そんなこんななのでした。