白黒写真の外側に | ☆みかっちの「しあわせ感性を高める♡」ブログ☆

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人生のどんなシーンをも、十分乗り越えられる生命力。
あなたには備わっている!
生命力こそがすべての難問解決の秘訣♡



小さいころからご縁があり

京都での思い出はとても多い私です。


嵐山にドライブに行き

そこで、母とコーラを飲んだ思い出があります。


なぜか、でも

そのシーンを思い出すと

さみしいような哀しいような

不思議な気持ちになるのです。




白黒の写真には

楽しげに笑って

コーラを飲む、私と母の写真。


嵐山の素晴らしい紅葉と

せせらぎが聞こえてきそうな

澄んだ川の流れ。


母は、楽しそうに笑っています。

なぜ・・・




母の口癖がありました。


「私は、お父さんより7つも年上だから

 もし、私が先に死んだら

 新しいお母さんができるかもしれない。

 でも、それでも許してあげてね。」




今、現実にいる母と

そして、父と

しあわせな家族を満喫している最中に

なぜ、起こってもいない事を

そんな風に話すのか

小さい私には理解でいませんでした。




でも、いつしか

今、ここにある幸せは

満喫するのではなく

先に起こるかもしれない出来事を

それも、とても哀しい予想をしなければ

ならないのだ…

そんな風にインプットされて行ったような気がします。


その、美しい京都には

母と、弟と私と

3人で出かけることが多かったのも事実です。

そうです、そう思い込んでいました。




ふと


その写真を見つめて

ある重大な事に気づきました。


とても当たり前のことなのですが

この、とてもいい写真。

これを撮ったのは誰?


どう考えても父です。

この、嵐山には

父も一緒に行っていたのです!




記憶というのはとても曖昧で

小さな写真に、私の思い出も

なぜか哀しい感覚も

全てがパウチされたように閉じ込められていました。




たとえ、母が自分が年上だという事を嘆いて

心配し続けていた事実があったとしても

きっと、その事を含めて

全てを見つめて包み込んでいた

父の視点があった。


当たり前ですが

写真という閉じ込められた思い出の

その、外側の世界が合ったと

気づいたのです。



思い込みの外側の世界。

そこには、必ず

誰かのあたたかい視点がある。


「みているよ」

と、気づくのを待っている。




自分は早く逝くからと

そんな哀しい予想をしていた母は

75をとうに越し

今、認知症を患ってはいますが

その、母の大好きな父がつきっきりで面倒をみてくれています。


哀しい予想は

残念ながらあたりそうにありません(笑)



パウチされた白黒写真の外側にある、本当の世界。



そこには、妄想の中での

哀しい運命をたどるお姫様ではなく

とても人間くさい(笑)

でも地に足のついた

本当に、この人生を共に歩んでいく現実

当たり前のように、力強いしあわせがあったように思うのです。