消防士を犯人と間違えた話 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

消防士を犯人と間違えてしまった医療の話をふたつご紹介します。
不幸にも犯人扱いされてしまったのは、コレステロールとケトン体です。
医学の常識が覆された歴史でもあります。

その1:コレステロール
血管が狭くなって血液が流れにくい「動脈硬化」の場所には「コレステロール」が存在していました。このため「コレステロール」が犯人とされ、「コレステロール」を低下させる薬剤が多数開発され、処方されています。しかし、「コレステロール」は、実は細胞膜や血管の修復を行っていたことが判明しました。他にも「コレステロール」は脂肪代謝や神経修復にも重要な役割を担っています。脳の主成分は脂肪、特にコレステロールです。このため「コレステロール」を低下させると、脳神経に異常をきたすことがあります(認知症やうつ病など)。

厚生労働省が2015年4月に改定した「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、コレステロールの摂取抑制目標値が撤廃されました。つまり、コレステロールは無制限に摂取して構わないということです。残念なことに、この事実はニュースに取り上げらませんでしたので、ほとんどの方はご存知ありません。繰り返しますが、「コレステロール」を下げる必要はないのです。言い換えると、脂肪摂取の制限は必要ありません。卵は1日1個までというのもウソです。善玉、悪玉の話もなくなりました。

その2:ケトン体
重症の糖尿病ではインスリン不足のため「アシドーシス」が起こりますが、「アシドーシス」が生じている時には血中の「ケトン体」が多くなっていました。このため「ケトン体」が犯人とされ、「ケトン体」を出さないようにすることが重要と考えられました(これを「糖尿病性ケトアシドーシス」と名付けました)。しかし、「ケトン体」はインスリン不足のためブドウ糖をエネルギーに変えられない非常事態における代わりのエネルギー源として働いていたことが判明しました。インスリンが補充されると非常事態は解除され「ケトン体」の役目は終了するので、血中の「ケトン体」はなくなります。このことから、最近まで「ケトン体」は真犯人だとされてきましたが、本当は「ケト」の文字を除き「糖尿病性アシドーシス」と呼ぶべきでした。

妊娠初期のつわりの時には、食事ができないため「ケトン体」が出てきます。「ケトン体」は悪者とされていましたが、実は胎児は胎盤から「ケトン体」を摂取してエネルギー源としていることが判明しました。妊娠すると「コレステロール」が高くなりますが、これも胎児のエネルギー源です。妊娠糖尿病は母体が糖質を拒否している状態であり、糖質制限をすることで治療が可能です。糖質制限をすると「ケトン体」が高くなりますが、これが胎児のエネルギー源になります。

「糖化」は身体の健康の大敵ですが、「炭水化物=糖質」ではなく、「炭水化物=糖質+食物繊維」ですので、すべての炭水化物が悪者ではありません。つまり、炭水化物制限と糖質制限は異なります。糖質制限すると、様々な疾患の予防につながることが最近の研究で明らかになってきました。たとえば、認知症、アルツハイマー病、がんの予防あるいは進行の抑制が可能との報告があります。


コレステロールとケトン体は、どちらも火事を消そうとしていた消防士だったのです。しかし、最初は犯人扱いでした。知識のアップデートがされていない方には、今でも犯人とされています。詳細は宗田哲男先生が執筆した「ケトン体が人類を救う」に詳しく載っていますので、ぜひご一読ください。2015.12.1「最近読んでよかった本 その11」